過去話 第九師団師団長 その3
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俺が第九師団の師団長となり月日が経った。
異動願いは受理するという最初の通達後、やはり異動や退団を願う要望が多く出された。異動に関してはガードナーの助力を得て力になってもらえそうな師団長に交渉、本人にも異動後の厳しさは伝えておいた。退団に関しては引き止めることもなく受理。
さらに問題になったのは、俺が師団長になったことに不服を抱く者たちの存在だった。悪態陰口などは別に気にもしていなかったが、俺が指導する中で好意的に受け取ってくれていた者たちとの衝突に発展した。
言葉を交わして仲を取り持てるならそうしていったが、そうできない者もいた。ただ給金だけを貪らせるわけにはいかない。騎士団の騎士たる者、しかと実力で示し、身の振り方を検討させた。
そうしたことで、また、第九師団は数を減らした。
ここまでくるとさすがに騎士団長に苦言を呈された。「その数でどうする気だ」と呆れと怒りが混じる声音に言われては仕方ないのだが、俺としても「個々の実力を伸ばすことに努めますが、人手を寄越してください」と自力ではどうにもならないので求めた。他師団長たちは唖然としたり呆れたり、いろいろ反応を見せてくれた。
会議が終わったあと、第二師団団長のジェラル・バートハート殿には「はっきり言うんだな、君は」と少し笑いながら言われた。
人数が少ないならやれることをやればいい。
各小隊、各部隊を集めて垣根なく鍛錬をさせる。俺が指導し、時に試合相手にもなる。素振りよりも打ち合い稽古を重視し、守護獣の力は使わない鍛錬を進める。第九師団の鍛錬はそうして進めていった。
新しく配属された者も当初はどこか暗い表情だったが、すぐに全員との鍛錬に放り込むと途端にその表情が消えて食らいつくように鍛錬に励むようになった。
俺が師団長となり、およそ十月が経った頃。――とうとう、その日を意識するようになった。
「えっ! 師団長結婚するんですか!?」
「ああ……まあ」
「え、どこどこどこの家のご令嬢!?」
鍛錬の休憩時間。
こういうときは多く、他愛ない雑談や騎士団のことで分からないことを「教えてくれ」と言って話題にすることがあるが、今日はこの話題になった。
騎士たちは俺の婚姻に関する詳細を知らない。知っているのはそれを協議した王家と重鎮、そして貴族たち。平民も多い騎士団では知らない者が多く、民の中には広まっていない。
理由は分からないが、おそらく、獣人が来るということによる混乱を避けたいのだろう。国として正式な発表もされていない。
(まあ、俺もあまり目立ちたくはない)
他国の姫を迎えるということで大掛かりな式でも挙げねばならないのかと少し身構えたが、ファルダ国側から「戦後ということで一切不要です」という言葉を陛下を通して受け取っている。なので、式などは挙げない。
迎え入れる姫君はそのまま屋敷へ来て、そのまま過ごす。
頭の片隅で考えつつ、俺は一つ疑問に思ったことを興奮気味で興味津々な目をしているトニスに問う。
「トニス。おまえはクミルトン家からなにも聞いてないのか?」
「へ? うち? なにも? 入団してからずっと宿舎生活ですし、なんていうか、その……あんまり俺に話が回ってこないというか……」
「トニス、貴族様って考えに向いてなさそうだもんな」
「それ兄貴にも言われるんですよ。そうみえますか? イーサン先輩」
「みえるみえる」
……トニスは顔に出やすい上、少し単純なところがあるからな。兄君たちの考えも解る気がする。
思わず笑みが浮かんでしまうが、トニスはすぐに俺に視線を戻し「うちが知ってるような家ですか?」と話を戻した。心なしか他の者たちも聞きたそうにしているようにみえる。
ちらりと視線を向ければ、平民であるエルヴィンやイーサンはトニスと同じ表情を浮かべ、貴族家生まれのガードナーやリグテールは聞き知っているのか苦笑いが浮かんでいる。
俺も内心苦笑いつつも、隠しても仕方がないので答える。
「ファルダ国のシルティ姫だ」
「へえ! お姫様がお嫁さんなんてすごいですね!」
「馬鹿。そんな単純な話なわけないだろ」
「そうなんですか?」
純粋に感嘆していたトニスをエルヴィンがやや呆れ気味に窘めた。それを見てガードナーが後を引き継ぐ。
「一年前の戦のあとに国が決めたことなんだ。まあ……師団長をよほど警戒してるってことだろうな」
「警戒? なんでです? 師団長は別に誰彼構わず剣向けたりしないじゃないですか。国のために戦うすごく強い人ですし」
「トニス。おまえはそのままでいいからな」
「?」
トニスはきょとんとしているが、俺もガードナーに同感だ。
気遣いや遠慮より、時にはこういう相手がいると心も軽くなる。
(とはいえ、後でエルヴィンかリグテールからいろいろ聞けば、青ざめてしまいそうだが……)
そういう無遠慮な奴ではないのだ。慌てて俺に謝罪にくる様が想像できてしまう。
「あっ。ってことは、そのお姫様に御前試合を見てもらえるってことですか?」
「どうだろうな。彼女が見たいと思うかどうか……」
御前試合。二年に一度開催される騎士の試合であり、それは王家の方々も観戦される。勝利すれば栄誉と褒美を与えられるというもので、騎士たちは張り切っている者も多い。
……しかし、この第九師団では張り切っている者はいない。トニスはやる気に満ちているが、他の者はそうでもない。
俺はこの御前試合に参加したことがない。
父が存命の頃には社交時期に短期間王都へ来たことはあり、観戦したことがあるだけ。参加は今年が初めてだ。
今年の御前試合は、シルティ姫が嫁いできてすぐに行われる。彼女も観戦することは可能だが、戦を想起させる御前試合を見たがるかどうか分からないし、俺も無理に勧めるつもりはない。
(それに、俺が戦うなど見たくないだろう)
夫となる男が父を殺した相手だと、シルティ姫は知っているのだろうか? 俺は王家がどう伝えているのかを知らない。知る必要もないと思って聞いていない。
どのみち、この国にいればいずれは知ることになる。社交界などに出れば間違いなくその話をされるだろう。そのとき、彼女に不快な思いはさせたくない。
「師団長。御前試合の参加者はどうしましょう?」
「そうだな……」
「はい! 俺出たいです!」
「おまえは本当張り切ってるなあ」
イーサンも微笑ましいものを見るような、やれやれと肩を竦めるような様子でトニスを見ている。ガードナーも笑いながらトニスを見つめる。
俺もそれを見つめ、しかし厳しく教えておく。
「意気込みは結構だが、御前試合を糧にできる者を選びたいと思っている。それに見合う日々の鍛錬を見せてくれ」
「はい! ……って、どんな?」
「ん? それはおまえ次第だな」
勢いよく頷いて、けれど純粋な眼差しでこてんと首を傾げるから、俺もガードナーも笑ってしまった。イーサンもリグテールも喉を震わせるが、エルヴィンは少々呆れ気味だ。
一人「うーん」と真剣に考えるトニスを横目に、リグテールは俺を見ると眉を下げる。
「御前試合は全師団と騎士団長直属隊、地方選抜隊、それに近衛隊からの選抜者で行われるトーナメント戦ですが、どこまで狙うおつもりですか?」
「行けるところまで、とは言わないのか?」
「……師団長のお立場上それは難しいかと」
「リグテール」
「いい、ガードナー。リグテールの言うとおりだし、上位へ入ることは俺もするつもりはない」
リグテールはきちんと解っている。俺の微妙な立場を。だからこその言葉であり、俺の意思の確認だ。
リグテールも決してそれに納得しているわけではないのだ。――その表情を見ればそれくらい分かる。
「……どういうことですか? 師団長がいれば優勝間違いないって、俺思ってるんですけど…」
「トニス、各師団長は強敵だよ? 俺らは他の師団の騎士に比べればまだまだだし」
「そうですけど……。俺らだってこの一年師団長に指導してもらって変わったと思うんです!」
「おお……。入団して一年のひよっこ君が言うねえ」
イーサンは揶揄うように言うが、トニスはまだまだ不満げだ。
トニスはこの御前試合を本気で勝ち抜こうと頑張っている。その気概はなかなかのものだ。
(悪いことをさせるな……俺のせいで……)
――その想いに報いてやれないことが、心苦しい。
「トニス」
「はい」
「俺は……俺の父は、反逆者だ」
トニスが目を瞠り、ガードナーたちも僅か瞼を震わせる。
沈黙が落ちて、トニスの表情が歪んでしまって、やはり申し訳なく思う。
「息子である俺が武力で目立つことはよく思われない。俺も父のように国に反旗を翻すのではないかと、そう見る者も多い」
「そんなことっ――」
「だから、俺は勝つわけにはいかないんだ。……すまない。優勝させてやれない」
トニスを見つめて言うとその顔がくしゃりと歪んで、ガードナーたちも複雑そうに顔を歪めた。
御前試合は平民でも貴族でも観戦できる。本当なら出ることを断りたいところだ。……師団長が出なければいけない決まりはないので、俺が出ないということは可能ではある。
他師団長たちは強敵だ。その指導を受ける騎士たちも強敵だ。第九師団の面々もこの一年真剣に鍛錬に取り組んでいることを俺は知っている。
――だが、ほどほどで、第九師団は、俺は、勝ちを止めなければいけない。俺個人が受ける謗りならば構わないが、俺が師団長であるせいで第九師団の面々に嫌な想いはさせられない。
「――……そんなの、あるわけないじゃないですか。師団長は国を守って戦った人なのに……。なんでそんな馬鹿なこと思う奴がいんのか俺には分かりませんよ……! どいつも師団長がどれだけすごい人なのか知らない馬鹿ばっか!」
「トニス。気持ちは解るが……」
「だってそうじゃないですか! 師団長の父親がなにやったって師団長はそれを止めた人なんですよ!? 辛いこと苦しいことやって全部ひとりで背負いこんでそれでも皆を守った人なんです!師団長だけが辛いなんて変ですよ! なのに、どいつも好き勝手言って師団長笑って! 同じことするかもって、なんですかそれ! ムカつく!」
「それは俺も同意だな。そういう奴らはどうせ、師団長が勝てば気に入らないだの反意がどうだと騒ぎ立て、負ければ負けたでファルダ国の王を討った割にだのやっぱり落ちこぼれだのと言いたがるクソったれだ」
「そうそれ! 俺そういう奴ほんっと嫌い!」
「トニス。エルヴィン。他に聞かれたら面倒だからそれくらいにしろ」
ゴツンッとリグテールの拳が軽く二人の頭に当たり、強制的に口を止めさせた。それを見てイーサンもガードナーも苦笑い、しかしトニスにもエルヴィンにも否定は向けない。
俺は、少し意表を突かれた想いだった。
辺境にいた部下たちは事が終われば俺に同情的だった。王家がどんな判断を下すかと、俺を必死に励まそうとする者もいた。
俺は、俺がやったことに後悔などない。
父を討ったことも。ファルダ国王を討ったことも。どんな困難が先に待ち受けていたとしても俺はそうしただろう。
同情するか。励ますか。嗤うか。嫌悪するか。
だから、怒る者など初めて見たかもしれない。
「――……ふっ、ふふっ」
「なんで笑うんですか! 俺真剣なんですけど!?」
「そ、そうだな。すまない。おまえのそういう反応は他の誰にもされたことがないから、妙に新鮮で」
「ええっ!? 師団長にすごい以外の何を抱くの!?」
「トニス。おまえは本当にそのままでいいからねー。師団長を強烈に尊敬する頭でいてくれー」
――ああ。なんだろうな。
ガードナーが困ったような笑みを浮かべて、トニスが眉を吊り上げて、リグテールがため息を吐いて、エルヴィンが呆れるような目をして、イーサンが笑っている。
(心地いいな――……)




