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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
番外編1

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過去話 第九師団師団長 その2

 ~*~*~*~*~*~






 整列する一同の前に立つ。ざっと見回して、まあ当然かと頭の片隅でぼんやりと思った。


 騎士団第九師団。陛下より正式な任命を受けてやってきたそこには、およそ三百に満たないだろう人数しかいなかった。

 第九師団についてまだあまり情報を得ていない。どういう隊で、どんな者がいるのか、これから探っていくことになる。


 思考は一旦置いておき、目の前に集中する。

 誰も彼も表情が暗い。どこか諦めが漂い、悲観しているのだろうと察せられる。


(……。あいつは違う顔だな)


 諦めや悲嘆をみせる者、特段の感情をみせない者。そうした者が並ぶ中に一人だけ、まるで希望に満ちているようにきらきらとした目をしている者がいるのが見えた。

 おそらく小隊所属の若い騎士。まだ入団して間もないのかもしれない。


 そんな者からさらに視線を動かして全体を確認した俺は、就任挨拶のため口を開く。


「本日付で第九師団団長に就任したギルベール・ロザロスだ。俺のことは説明などしなくても知っているだろう」


 返事は返ってこない。必要もないし、その表情が充分な返事になる。


「陛下より師団長位を任された以上、全身全霊をもって応えていく。だが俺は守護獣に関して力にはなれない。故に、徹底的に個人の実力を伸ばす方向で今後の訓練を組む。異論反論悪態陰口好きにしてくれればいいが、鍛錬する者の邪魔になるようなことはするな。以上だ」


 さっと挨拶を終えて身を翻す。しばらく後になってから「は、はいっ」と騎士たちから返事が返ってきた。






 団員への挨拶を終えた俺はその足で執務室へ向かう。

 執務室ではすぐにガードナー前師団長が第九師団の現状、人数、団員の情報、これまでの仕事、日頃の鍛錬内容の報告書などの引継ぎをしてくれる。おかげで大体の現状を掴むことができた。


(辺境の騎士団とはまた違うな……)


「ありがとうございます。ガードナー殿」

「いえ。引継ぎも補佐も副師団長として当然の務めです」


 彼は、俺が師団長に就任する前まで師団長だったそうだ。俺は彼よりも二回りほど若く訳ありの身だ。いくら陛下の決定とはいえ思うところはあるだろう。


(ここまで第九師団を支えてきた彼の目の前で、俺が第九師団を壊すようなものだ)


 それでも、陛下から任された以上、俺にはしかと務める以外の選択肢はない。


 ぱらぱらと団員の名簿に目を通す。その数はおよそ二百と少し。全員の情報を頭に入れるには少し時間が要る。


「……ずっとこの人数で?」

「……最近少し退団者が」

「そうですか。……退団を願う者がいるなら遠慮なく言うよう伝えていただけますか? 可能なら退団後にも助力すると」

「分かりました。ですが……よろしいのですか?」

「私の下は不満でしょう」


 希望のある方へ。少しでも明るい方へ。行かせてやりたいと思う。

 俺は、自分がここに配属された理由も、招かれざる者であることも理解している。


 名簿を見ていた俺になにを思ったのか、ガードナー殿がとりなおすように口早に続けた。


「そんな者ばかりではありません! とくに、第五十二小隊のトニスはギルベール様の就任をとても喜んで待ちわびていたほどですから」

「それは……風変りな者がいるものですね」


 心底驚く。……喜ばれる理由など一切心当たりもない。

 なにか妙な……幻想がないといいんだが。


「それに、私も同じです。私は正直……師団長という立場は荷が重いと感じていました。上に立つなど似合わぬのです。……ギルベール様のご活躍はお伺いしています。それほどの実力者がこの第九師団を導いてくださるなら、私も心置きなくお任せできるというもの」

「……。そのように言われることなどなにもありません。私はただ……為すべきことを為しただけです」


 この肩に乗ったのは未来への期待などではない。……ただ大人しく無害であれという圧力と警戒。

 それが俺に望まれるものなら、そう在ろう。


 そんな俺なのに、ガードナー殿は気にしていないように微笑む。


「ギルベール師団長。今後、私にできる限りで補佐の役割を果たしてまいります。なんでもおっしゃってください」

「……ありがとうございます」

「いえ。それと、私に敬語など不要です」

「いえ。それは……」


 少し、困る。

 ガードナー殿の言うことは理解する。しかし俺は騎士団では新入りで、訳ありで、ガードナー殿より遥かに若い。経験はガードナー殿のほうが豊富であり、第九師団のこともよく知っている。

 しかし反面、ガードナー殿の言うことも理解する。上に立つ者が下の者、それも元はその上の立場にあった者に対して下手に出るのは、隊内の士気にも関わる。


 少し考え、俺は頷いた。


「分かりました。――今後は頼ることも多いと思うが、よろしくたのむ」

「はい。お任せください」


 早速ガードナーにいろいろと聞きながら書類仕事をする。

 辺境領の騎士団でも似たことはしていたが、すべての統括は父がしていたので俺は俺の隊に関することだけで済み、報告を父に上げるだけだった。それに比べれば難儀な仕事だ。


 騎士団に関して俺は無知が多い。師団内に限らず他師団のことも知らないことが多い。


「ガードナー。この予算内訳について聞きたいんだが――」

「はい。どれでしょう?」


「ガードナー。他師団と合同で訓練をするようなことはないのか?」

「はい。うちとしてくれる師団はなかなか……。第九師団は今は王城勤めですが、元は王都内の第一支部勤めで――…」


「ガードナー。ひと段落ついたら騎士たちの鍛錬の様子が見たいんだが……」

「分かりました。後五分で終わります」


 俺は俺自身が不能者であると解っているし、それは覆せない事実だ。

 だからこそ、守護獣というものに関係なく、てきぱきと動いて俺を支えてくれるこの副官が不遇な目に遭わないようにしようと、心に決めた。


(俺にはもったいない副官だな……。師団長には不向きだったというが、相応にできていただろうに)


 誰にも向き不向きはあるのでとやかく言うつもりはないが、俺に言えるのはガードナーがいてくれて助かるということだ。

 師団の情報に目を通していると「終わりました」と五分後きっちりにガードナーが言ってくれたので、俺たちはそろって執務室を出ることにした。


 第九師団の訓練場。室内訓練場と屋外訓練場の両方があるが、晴天の今日は屋外で鍛錬に勤しんでいるだろうと思い、ガードナーを連れてそちらへ向かった。


「……」


 しかし、見えた光景に足が止まった。


 鍛錬をしている者はどれほどいるだろうか。大多数が訓練場の端に座りこんで喋りに興じているようだ。

 訓練しているのは比較的若い年齢層の者。中には歳上も混じっているようだが、それでも全体の一割がいるかどうか。


(自主的な鍛錬……。休憩中か?)


 そう思い、少し離れて見守ることにする。

 しかし、一向に動き出す気配がない。


「……ガードナー」

「……申し訳ありません。これまでも何度と言っているのですが、どいつも気力がないといいますか、諦めているようで」

「諦め? なぜ?」

「第九師団は、騎士の中でも守護獣の力が弱い者、見込みのない者が送られる師団ですので」


 見込みがない、か……。先ほどまで粗方目を通した師団員名簿に記載されていた守護獣も、確かに力の強いものではなかったな。


 守護獣の力どうこうは俺には分からないが、その力が戦闘において活躍するのは知っている。

 しかしそれも万能ではない。衝く隙はあるのだということも、俺は身をもって知っている。


 守護獣の力が個人の実力を決める。……そういうものは何度と俺の前にも立ち塞がった。


(俺は、守護獣の力で己の可能性を諦めるということが理解できない)


 重要なことなのだろう。――だが俺以外の者が持つその当たり前は、俺にとっては最初からないものだった。


「ガードナーはどういう守護獣持ちなんだ?」

「私は馬の守護獣持ちです。土属性の力で、足元を隆起または陥没させることも可能です」

「馬か。辺境にもいた。優れた守護獣だな」

「ありがとうございます。……ただ、他の者たちにはあまりそうは言われません。戦闘になど向かない力を持つ者がほとんどですから」

「そうか……。そういう問題は、難しいんだろうな」


 そう言うと、ガードナーも困った顔をした。


 ガードナーも師団長として奮闘してきたのだろう。しかし、能力がないという師団の中で少し戦闘向きとなると、それもまたいいことにはならないだろうことは予想できる。

 師団内では優れた守護獣持ちの前師団長に代わり、今度は「落ちこぼれ」の師団長。


 目の前の光景を見つめ、俺は鍛錬場へ向けて歩きだす。後ろからは「師団長?」と慌てたようについてくるガードナーの足音が聞こえる。

 鍛錬場に踏み入れば団員たちの視線が向き、途端に慌ただしくなる。しかし中には平然としている者もいて、刺すような視線を感じる。


(動きと視線である程度の態度は把握できるが……。これは、厳しさと掃除が必要になるかもしれないな)


 今後のことを頭の中で考える。

 あまりとりたくない方法が脳裏をよぎるが、それが国のために必要ならば俺も迷いはない。


「師団長!」

「精が出るな」


 鍛錬中だった者たちが姿勢を正して礼をする。それを受け取る中、一人の人物の顔に見覚えがある気がした。


(……ああ。そうだ。挨拶で一人表情の違った……)


 今もぱっと輝くような目をしているのですぐに思い出した。……そんな顔をされる覚えがないので非常に困るが。

 よく見れば、鍛錬中だった騎士たちはそれぞれが異なる小隊や部隊の腕章をつけている。隊を越えて交流ができているということなのだろう。


(こういう関係ができているならこれはいい。今後も活かそう)


 ひとつ、第九師団のいいところが見えた。それが今は嬉しくも感じられる。


「鍛錬の様子を見せてもらっても構わないか?」

「もちろんです! 見るだけなんて言わずにご指導いただけると嬉しいです!」

「おいこら、トニス」

「! あっ! いえ、その、すすすすみません!」

「構わない。俺でよければ、できるだけ指導させてもらおう」

「! あざーっす!」


 これまた輝くような顔で勢いよく頭が下げられた。それを見てガードナーもやれやれと肩を竦め、団員たちも笑みをこぼす。

 元気な青年だ。その明るさがどこか空気までそうさせるようで、師団内の諦めという嫌なそれを払ってくれるようだ。

 そう感じつつ、俺は早速鍛錬に励む騎士たちへ指導を行うことにした。






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