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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
番外編1

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番外編 辺境で垣間見た一面 後編

 店主に少しだけ頼みごとをすれば驚きながらも快く引き受けてくれた。それに感謝しさらにいくつかの装飾品を見ていると、タタッと近づいてくる足音と「みゃあ」という鳴き声が聞こえた。そちらに視線を向ければ急いだ様子でやってきた一人の男の姿がある。

 トニスとリグテールは少し警戒したが問題ないと制する。少し息を乱しながらやってきたその人は、言葉を発する前に一度だけ大きく息を吐いた。


「久しぶりだな、ヒュリオス」


 少しだけ呼び方を変える。その意味を察したかのようにヒュリオスは力の抜いた笑みを浮かべた。


「お久しぶりです、奥様。辺境領(こっち)に来ていたのは知っていましたが、町にいらしていたとは」

「知っていたのか」

「砦の出入り業者、一端はスワダント商会(うち)も担ってますから」


 把握しているだろうなとは思っていた。

 ヒュリオスは前領主、つまりは国境を守る砦の兵たちの大将と縁のある商人だ。今では前領主というと顔をしかめられることも多いだろうが、砦には前領主の部下であった者も多い。


(だからこそ、新旧の者たちで面倒なこともあっただろうな)


 長い付き合いをとるか、刷新を図るか。

 まあ、ヒュリオスのスワダント商会は幸い小さな商会だ。それほど大きな力はない。


 ヒュリオスは獣人商団の面々とも気さくに挨拶を交わし、わたしを見る。


「お買い物ですか? うちを使っていただいてもいいのに」

「今回はせっかく辺境に来たんでな。こっちは石を投げられる心配もない」

「ははは……。そりゃまあ……」


 ヒュリオスの乾いた笑みはその傍で目の色を変える者がいるからだろう。頬が引き攣っている。


「姫様。まさかこの国で何か……?」

「ん? 大したことじゃない。王都は獣人蔑視が強くてね。獣人を快く受け入れてくれるのが辺境領だけという話だ」

「なんと……! 始祖の再来たる姫様になんたる無礼……!」

「奴らうちの姫様をなんだと思ってやがんだ……!」

「海に沈めてやろうかアァン!? それとも樹海の奥地へ放り込んでやろうかあ!?」

「落ち着きなさい。国境を越えるというのはそういうものだ。構築される文化や教育で存外あっさり変わる」


 血管が浮き出るほどに拳をつくり、獣人商団一同が怒りを迸らせているのを宥める。

 声音が本気だ。事になればまあよろしくないというか、面倒だ。


「しかし姫様! 誰よりも力に秀で、戦場にてもその御力と慈悲深き御心で多くの敵味方をお救いなさった姫様に対する許し難き暴挙……!」

「そうです! それに加え、民の暮らしに目を向け一人ひとりの言葉に常に真摯に耳を傾ける慈愛に満ちた御心……! そのようなお優しい姫様にそんなことをされたとあっては我ら一同のみならず陛下も王太后様も黙っておられません!」

「我らファルダ国の民はっ……姫様が嫁がれ、まるで太陽からぬくもりが消えたような心地なのです……!」

「そ、そうか……」


 皆が涙と悔しさを浮かべて膝をついている。悲痛なほどの落胆と無力感がひしひしと伝わってくる。

 ……なんと声をかければいいのか分からない。


(シ、シルティは随分と慕われていたんだな……。もし今後ファルダ国と関わることがあれば気をつけないと……)


 日記からはここまで読み取れなかった。……まあなにせ、その本人が書いてあったものだから。


「慈悲深い……え? 敵にも? この間の敵には――」

「トニス。口は閉じておきなさい。味方の犠牲は最少限だった」

「民一人ひとりへの慈愛……。公爵様の幸せのために手段を選ばないあれが、慈愛……」

「師団長への愛は最上級の慈愛だと思っておこう」


 後ろの三人がなにやら言っているが、リグテールが注意してくれているのでいいとしよう。


 それからも少々世間話と情報収集をしてから商団を後にした。


『皆にも王家にも、姫様がお元気であられたとお伝えしておきますぞ!』

『ついで、とても幸せであると伝えておいてくれ』


 ファルダ国がシルティのことでいきり立ってはいけない。まあ、わたしの夫が前国王を討ったギルベールであり、あの守護獣持ちであるということが騎士たちから広まるだろうから、その心配はあまりしなくていいかもしれないがそれはそれとされる可能性もある。……難しいものだ。


 市場を離れて町を歩く。トニスとリグテール、それにヒュリオスも一緒だ。

 ヒュリオスはわたしがあれこれと品を見ている間に獣人商団の責任者となにやら話をしていたようだが、今後の一歩にしているならそれで問題ない。


「奥様は相変わらずですね……」

「うん? なにが?」

「……いや、なんでもないです」


 ちらりと一瞥を向けると非常に疲れ切った顔をしているのが見えた。

 よほどに大変な商談でも交わしたのだろうか。しかしこれからはもっと頑張ってもらうつもりだから、もう少し精神的に強くなれるように手を打ったほうがいいかもしれない。


「……ヒュリオス。敵対しそうな大きめの商会に一月潜入とか、どうかな?」

「なんの話ですかなんですかその恐ろしい状況!? 俺にスパイしろとでも!?」

「いや、そうではなく。少々なことでは揺るがない精神力を鍛えたほうがいいかな、と」

「それ精神以前に下手すりゃ命が危ないですしこっちが潰されますよね!?」

「だから、頑張れ、と」

「放り込み後が雑すぎる!?」


 ヒュリオスが勢いよく首を横に振るから、仕方なくこの案はなしとする。別のなにかを考えたほうがいいかな……?

 考えるわたしの隣で、ヒュリオスが「そ、それより!」となにやら必死に話題を変えた。


「例の商売の話ですが、乗っからさせていただきます」

「分かった。確信は得られたんだな?」

「正直まさかでした。今回の戦いで周知させたのが奥様の策かどうか知りませんが、乗っかるかも分からないのに俺の名前を出してすんなりファルダ国商団と話を進ませた。……わざとですよね?」

「ははっ。君の言うところの信頼というものだ」

「それが俺へのものであるなら光栄なことです。進めることができたのは、奥様がファルダ国で得ているもので、ですけどね」

「それを、君が自分のものにしていくんだ。わたしの名などなくてもよくなるように。――そして握れ。すべて」


 ヒュリオスが足を止めてわたしをじっと見る。その目を見返すと、真剣な目は数秒わたしを見つめてから和らいだ。その目は不安よりも興奮が優っている。

 だからわたしもその背を押すことができる。


「スワダント商会ヒュリオス。やらせていただきましょう。あなたと公爵様は我が商会の最上位のお客だ」

「よろしく頼む。早速だが、商売の話がしたい」

「早っ!」


 町にあるレストランで昼食を兼ねてヒュリオスと話をする。話の間だけはトニスとリグテールに部屋の外で待ってもらい、その上で部屋に防音魔法をこっそりかけてから大事な商談をつめた。

 それを終えてからトニスとリグテールを部屋に入れ、皆で昼食を摂る。二人は遠慮しようとしたけれど座らせた。護衛が腹減りで倒れたら話にならないし、食事は大事な行為だ。






 それからはヒュリオスに町を案内してもらい、わたしたちは砦へ戻った。戻ってすぐにギルベールが足早にやってくる。


「何事もなかったか?」

「ああ。快く店に呼び込んでくれて非常に楽しかった」

「そうか。なら…よかった。リグテール、トニス。ご苦労だった」


 ギルベールの労いに二人も仕事を全うした顔で礼をする。そんな二人にも「何もなかったか?」と問うギルベールはやはり少々心配症だ。しかしそれは気にしてくれているということなので好意と受け取っておこう。

 わたしの夫が繊細な優しさを持つことはもう知っている。


「シルティ様なんかすごかったです! 獣人たちがぼろぼろ泣きながら慈悲深いとか太陽が消えたとか言ってました」

「……? そうか。慈悲深い……太陽……」

「なにかなその顔は?」

「……いや。なにも」


 そーっと視線を逸らすつき主に肩に乗る守護獣が「きゅ?」と首を傾げている。君からもなんとか言ってやってほしいくらいだ。

 少々不満を覚えたが、それはそうとしてギルベールに伝えておくことを思い出した。


「あ、そうだ。ヒュリオスに会ったよ。例の商売の件、張り切ってやってくれるそうだ」

「……。!? ほ、本気か……?」

「当然だ」

「……考え直さないか?」

「断る。君を幸せにするための重要な一歩だ」


 そしてそのために、今後はわたしも色々と積極的に動いていくことにしよう。

 ギルベールを幸せにするためと思えば足取りも軽くなるというものだ。わくわくとしながら部屋への道を歩きだすわたしの耳に「胃が痛い…」「だ、大丈夫ですか?」と、心配される上官と心配する部下の声が聞こえた。






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