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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月


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8,視線と言葉、痛むのは誰の傷か

 ♢




 屋敷から町まで歩くとどうしても時間がかかり、同時に体力も必要になる。リアンとわたし互いのために休憩をはさみながら歩いてきた。が――……


(この体、体力がない……)


 おかしいな。シルティの情報用本には生国ファルダ国での思い出が書かれてもいて、それを読んだ限り体力はかなりあると思っていたんだが……。


(――……こちらに来てから落ちたのか)


 それなら納得だ。体力維持のために動き回れることはなかったんだろうし、この国でシルティにそれなりの体力が求められることもなかったんだろう。


 とはいえ、これは少々困る。なるべく体力を作っていくことにしたいが、今のわたしがシルティとは違う言動ばかりしているとギルベールを始め屋敷の者たちも妙に思うだろう。

 ギルベールは驚きながらも、わたしとの関係上、屋敷内での行動に大反対はしない可能性が高い。だが使用人は違うだろう。

 となると、体力作りは少々先になる。


 今後の計画を立てつつ、リアンの様子を見ながらベンチに座らせる。なにか飲み物でも買ってあげたいところだけれど、生憎とわたしに金はない。

 ……ふむ。こんなことなら馬車はいらないから金をくれと言っておくべきだった。


「リアン。手持ちの金はあるかな? なにか飲み物でも――」

「とっ、ととととんでもありません奥様にそんなことさせられません!」

「そ、そう……?」


 なんだかとても勢いよく拒否されてしまった。……わたしが飲み物を買うのはよくなかったのだろうか?

 別に気にしなくてもと思って再度告げるも、リアンはぶんぶんと首を横に振る。……そんなに駄目なのか。仕えられる身というのも不自由なものだ。


(うーん。やっぱりこういう立場は慣れないな……)


 とはいえ慣れるしかない。

 物は考えようだ。前世とは違う生き方だと思えばいい。二度目の人生ならば違う生き方をしてみなければつまらない。


 リアンの疲労が回復するのを待ちながらさりげなく周囲を見る。

 ここは町の商業街というのだとリアンが教えてくれた。貴族向けの品を売る店もあれば、演劇なんかを見せる劇場もあるそうだ。貴族街に近い、貴族向けの物も揃っている一帯だけれど平民でも立ち入るし、商人や豪商も出入りする。

 そういった場所と縁がない平民は、ここからは少し離れた商業街の一帯に出入りして娯楽を楽しんでいるらしい。わたしの目的はそっちだ。


 リアンの回復を見計らい、またちょっと歩く。

 そうすれば明らかに貴族や身なりのいい人が減る。行き交うのは平民か、少しだけいい服を着ている者くらい。


 噴水のある広場が中心のようだ。買い物客も多く、どこからかいい匂いもする。優れた嗅覚にこれは毒だ。釣られてしまう。

 店にはそれぞれ看板らしい絵が掲げられている。木の板を押して入るような酒場もあれば、扉できちんと閉ざされた店もある。全体的に明るい色合いで活気もある。経済的にそれほど貧しくないのか、王都だけがそうなのかはまだ分からない。

 とはいえ、貴族向けの場所だけが賑わっているわけではないようだ。


「入ってみよう」

「えっ」


 すたすたと店の扉を開けて入る後ろでリアンがおろおろしているのが見なくても分かった。けれど意を決したのか「えいっ」と閉じかかっていた扉を開けて入ってくる。


「いらっしゃ――」


 カランッというベルの音は来客を告げる。それに反応して威勢のいい店主の声が聞こえたけれど、それはすぐに途切れた。

 けれど気にはせずに店内を見てみる。置かれているのは平民向けだろう服や布地、アクセサリー、ぬいぐるみなんてものもある。可愛らしい店だ。


「ちょ、ちょいとお客さん。あんた……」

「ん? ああ。フードを被ったままでは失礼だったか」


 フードに手をかければリアンが「お、奥様っ…!」と小さく咎めるような声を出す。ふるふると首を横に振っているのも見えているけれど、わたしはやめない。

 ――解っていて。やるのだから。


「わたしは、こういう者だ」


 フードを取ればそこにあるのは銀色の髪とその頭に生える大きな耳。

 王都民にとって見慣れないそれは、見た者の表情を驚愕に変え、顔色を悪くさせるのだと実感した。


 店主が身体を震わせ、震える唇が怒声を放つ。


「出てっておくれ! うちはけだものに売る品はないよ!」


 その表情と言葉に目を細めて店主を見遣ると、店主はそれでも気丈にわたしを睨んできた。


「そうか。お邪魔した」


 フードを被り直して店を出る。後ろからは慌てたようにリアンが付いてきた。

 虚しいドアベルの音を聞きながら、その音が小さくなるように早々に立ち去る。


「あ、あの…奥様……」

「予想通りだ。別に気にしない」

「でも……。獣人ってだけであんなの…」

「この国、いや、王都民か……獣人嫌いは相当だな。なにか理由があるのか?」

「戦争は何度か起こってるらしいです。でも、こっちが負けてることのほうが多いとかって……。その度に「獣人はこんな奴らだ」みたいな話が出回って……。三年前もそうでした。見たことない人たちばかりなので、たぶん、そのせいじゃないかと……」


 リアンの予想に「ふうん」と答える。


 王都は辺境領に比べれば獣人に関する話も情報も入ってこない。口から口への情報ほど信用できるものではないし、尾ひれが生えたり角が生えたりはするものだ。

 おそらくそうして誇張されている部分は少なくないだろうし、入ってくるタイミングも悪い。戦時中にいい話があるわけがないし、まして負け続きなら僻みもあるし相手を貶すが当然の空気だ。


(とはいえ、それが理由なら変化を与える余地はある)


 わたし一人でどうにかなるものではないし、さてさて、人質であるわたしにどこまでの行動が求められているのかも分からない。あ、いいや。別に求められていなくていいのか。したいようにすれば。

 うーん。しかし『奥様』というのは動き辛いものだ。困った。


(一人で自由に動きたいから放っておいて、は……通じないな)


 頭に浮かぶのは執事君の顔だ。「なりません」と頭の中ですでに首を横に振っている。仕事をきっちりこなすのはたいへんよろしいと思っているけど。


 自由に気ままに。それがここでは通じない。

 ある程度の自由はあれど、おそらく面倒がついてくる。それら全てへの対応と想定を重ね、その上で動いて己を守るのもまた必要だ。……あまり得意ではない分野だ。


(ふむ……。見も知らぬ他の獣人のためと言ってもあまり意識が強まらない。シルティができなかったことをやってあげたい気持ちもないわけじゃないけれど、その感情に同調できているとはいえないしやはり他人に感じる)


 思い出すシルティの日記の内容。書かれていた全て。


(違う生き方というのも難しいものだな……)


 足を止めて空を見上げる。

 空というものはどの世界でも変わらないようだ。ちょっと浮いてみたい気もするけれどそれをやってしまうと目立つだろう。今はよくないかな。


 肩を竦めたとき、とんっと足に軽い衝撃を感じた。

 なにかと視線を下げるとそこに、尻餅をついた子どもが一人。どうやらわたしにぶつかったらしい。


「いって…」

「立てるか?」

「うん。だいじょ――……」


 尻餅をついている子どもに手を差し出して、目が合った。子どもの目がわたしを見て、その視線が上に下にずれ、目を瞠る。


「あ……」

「けだものだ!」


 少し離れたところにいた同じ年頃の少年が大声で叫んだ。

 わたしの耳に響いて思わず顔をしかめる。その声は周りにも丸聞こえて、これまでひそひそ会話しているだけだった大人たちの視線までわたしに刺さる。

 見目を隠していてもどうしても分かるものだ。だから、町ではずっと周りの視線を感じていた。


「ユー君……!」

「早くこっちこい! けだものが移るぞ!」


 ……王都の大人はどういう教育をしてるのだろうか。獣人を病気かなにかだと思ってるのか?


 目の前の少年はユー君という友達らしい少年を見て、わたしを見て、視線を交互に忙しなくさせながら「でもっ…」と必死に何かを言おうとする。

 そんな友達にやきもきしたのか、ユー君はばっと駆け出してくるとその勢いのままに少年の手を引き、同時にわたしのフードを掴む。手加減を知らない強さと耳まで掴まれた痛みが走り、フードが頭から外れた。


 ばさりとフードがとれると隠していたものが晒される。

 フードをしていると布が擦れる音が近くて、これはこれで不快だった。それから解放されたのはまあ構わないし、子どものしてくれたことにさして抵抗するつもりもなかったので、まあいいとしよう。


 さて。改めて外野を眇める。


「やだ。本当に獣みたい」

「あれが獣人ってやつ? なんでここにいるんだよ」

「姿だけは人間っぽいよな。獣人ってあれだろ。ファルダの」

「陛下の弟だったって反逆者と共謀してロドルス国(うち)を盗ろうとしたっていう」


 ……なるほど。シルティが嫁いできたことは民は知らないのか。シルティ自身も外に出ることはなかったようだし、貴族社会のことは平民にまでは流れないか。

 よく聞こえるようになった耳はこそこそ話もはっきり聞き取ってくれる。


(この耳だから。王都だから。なるほど、シルティもこれは苦労する)


 日記の内容が実感として身に刺さる。

 わたしはあまりこういうものは気にしない質だけれど、日記を読む限りシルティは周りにも気を配る人だった。受けた傷も大きかっただろう。


 ――わたしにはない傷が、痛むようで、疼くようだ。

 シルティはただ独り、これをずっと抱えてきたのか。そう考えて、日記に書かれていたその心が頭をよぎる。


「どっかいけ! ここはにんげんのばしょだぞ!」


 甲高い子どもの声が思考を現実に戻す。同時に、子どもが道端の石ころを手に取ったのが見えた。






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