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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
番外編1

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番外編 辺境で垣間見た一面 前編

「ちょっと町に行ってくる」

「……は?」


 既視感のあるギルベールの表情と言葉。口に運びかけていたフォークが宙で止まった。

 その目はぱちりと瞬いてわたしを見る。そんな目にもう一度告げる。


「町に行ってくる」

「……いつぞやにも聞いた言葉だな」


 既視感を覚えたのはわたしだけではなかったようだ。

 そう思う傍らで、ギルベールが食事の手を止めて考え込んでいる。そんな傍ではギルベールの守護獣が食事を物珍しそうにじーっと見つめている。

 数十秒の思案の後、渋々という表情でギルベールは頷いた。


「……トニスとリグテールを連れていくように」

「護衛なら必要な――」

「連れて、いくように」

「わ、分かった……」


 重く強く有無を言わせないように念押しされ、少しのけ反りながら頷いた。護衛はいらないと思うが、ギルベールがそう言う以上そうしないわけにはいかない。

 トニスとリグテール。王都を出発してから何度か見ている姿を思い出しながら、食事を再開させた。






 辺境領にて帝国兵との戦が収束して半月。

 現在の辺境領の状況は、未だにギルベールたち騎士団が留まり帝国の出方をうかがっているというもの。その間も砦では緊張が続きつつも、ぴんと張った糸のような張りつめはない。


 ギルベールたち主要級は緊張と余裕を飼い慣らして部下たちにも気を配りつつ、会議も重ねている。

 おかげでわたしはそれなりに今自由な時間が多い。


 というわけで、町に行ってみようと思い至った。


(辺境領の商売状況は知っておきたかったし、役人の不正についてもどうなっているか……)


 仕入れておきたい情報はいろいろある。


 そんなわけで早速出発するわたしの後ろには、ギルベールの部下で第九師団第五十二小隊所属のトニス、第九師団長直属隊隊長リグテールがついてきてくれている。


 騎士団は小隊、部隊、師団と組織されており、経験や昇格で上へ上へと出世できるものだそうだ。

 その中でも第九師団はあまり守護獣の力が戦闘に特化していないというのは、これまでの戦闘から見て分かっている。しかし、個人の実力はなかなかのものだろう。


 そんなわたしたちは馬で町へと向かっている。

 砦を離れれば風景は長閑で、先日まで戦闘があったとは思えない。


「う~ん! こういう場所いいですよね!」

「そうだな。偶の気分転換と思って楽にしてくれ」

「はい!」

「トニス。シルティ様の護衛であることを忘れるんじゃないぞ」

「はーい!」


 少々お出かけ気分もあるのかトニスは笑顔で楽し気だ。リグテールはそれに肩を竦めつつも水を差すつもりはないらしい。


 しかと護衛に務めてくれるのはありがたいことだ。だが、こういう外出に水を差されるのは楽しくない。そういう塩梅は心得ているのだろう。頼もしい年長者だ。

 そんなリグテールは気軽に問うてくる。


「砦ばかりでは少々退屈でしたか?」

「いや。せっかく来た辺境だ。少し知りたいなと思ったんだ。ここはギルベールが育った場所だからな」

「お。シルティ様、師団長に興味持ってます?」

「わたしはいつでもギルベールのことを考えている」


 にやにやするトニスに堂々と言ってやると遠慮ない笑い声が返ってくる。実に気持ちがいい。

 けれどしっかりリグテールが「トニス」と笑みなのに笑みでない目で咎めている。「ヒッ」と引き攣った声は聞こえなかったことにしよう。

 所属する隊も違えば年齢も違う二人だが、やはり第九師団らしく隊を越えて関係は構築されているようだ。非常によろしい。


 少々お喋りをしながら着いた町は、王都のそれより賑わいが薄く、盛大に栄えているわけでもない。しかし人々の顔には明るさと活気がある。町としてよき顔だ。


 馬を下りて見回っているわたしは王都のそのときのように、外套で獣人の特徴を隠すようなことはしていない。耳も尻尾もそのまま見せている。

 けれど、石を投げてくる者も指差す者もいない。どころか……


「お。そこの勇ましそうな獣人の姉ちゃん! うちの野菜はいらねえかい?」

「うちにも寄っとくれ! 美味しい串焼きご馳走するよ!」


 かなり好意的だ。見て回るのも楽しいというもの。

 呼んでくれる店を順に覗く。王都では見ない野菜や果物、町の皆が着用するような服に安価な装飾品、辺境らしく武器もある。王都よりも薬草なんかも多く売っている。


 場所が変われば品も変わる。市場の賑わいはその地の経済が分かる。非常に有意義だ。

 せっかくだから、トニスとリグテールも巻き込んで店を楽しむ。


「店主。最近の商売はどうかな?」

「おお。なんでも役人が代わったとかでな。前よりかなり商売しやすくなってるよ――っと、こんなこと言っちゃいけねえかな」

「気にしないでくれ。前のことは知り合いの商人に聞いている」

「そうか。これからの商売は明るいぜ」


 役人が代わったことで体制にも変化があったのだろう。商人の顔を見ていれば分かる。

 皆の顔に明るさがある。それが最近になって見えるようになったものなら嬉しいことだ。「ところでうちの商品はどうだい?」「ん? こっちの騎士に聞いてみようかな」と武器を売っていた店主の前に護衛を突き出す。「獣人の姉ちゃんなら身体能力間違いねえだろうがこの短剣なんかは扱いやすいぜ。どうだ? 護身用に」とわたしも逃がさんというやりくちはさすが商人だった。


「あ、あの店主。しつこかったあ……」

「ははっ」

「強かな商人だ。騎士は絶好の客だからこそだろう」

「うえぇ……」


 商売状況を聞きながら店を回る。

 その中に獣人の一団が出す店があった。扱っているのは刺繍品や布地だ。

 それが見えて意識せずに足が向く。獣人たちもわたしに気づいて、目を瞠った。


 気づいた彼らの動きは早い。さっと店の前に出て前後に並び、地面にひれ伏す。

 周囲にいる辺境領の者たちは驚いた顔をして、周りに沈黙が落ちた。


「頭を上げ、すぐに立ちなさい」

「「「はっ」」」


 ……駄目だな。慣れない。

 そう思いながらも、この身体の主を想う。これもまたわたしが引き継いだものだ。


(しかし、今の態度を見ると……)


 彼らは商人だろう。つまるところ、平民だ。

 そんな彼らがわたしを見てすぐに膝を折った。……立ち上がっても口を開かないところをみると、やはりわたしを待っているのだろう。


「……皆、元気か?」

「はい。我々のような者にお心遣いくださり、恐悦にございます。改めまして、獣を統べし尊く偉大なる神の子、シルティ殿下にご挨拶申し上げます」

「今もわたしをそう思ってくれるのは嬉しいことだが、今のわたしはロザロス公爵夫人だ」

「御言葉に従います」


 謝罪の礼を深々と。それを受け取りつつも少々困惑する。


(獣人と会う度にこういう挨拶を受けることになるのか……。この返し……なにか礼に反することがないといいんだが)


 土地によっては挨拶ひとつにも面倒な決まりがあったりする。場合によってはひどく相手に無礼であったりもする。間違えれば面倒だ。


(とりあえず問題はなさそうだが……怪しいときはこの体の記憶に任せるか)


 目の前の男を見てそう感じる。……獣人同士の挨拶を見たい。難しいだろうけれど。

 切り替えるように男を見て話題を変える。


「商売か?」

「はい。先日、こちらとの商売が見直されたと聞きまして早速」

「そうか。どうだ? こちらとの商売でやりにくいところはあるか?」

「先ごろまでは非常に。ですが、改められた今はさらに以前のようにやりやすくなっております」

「それはよかった。なにかあればこの地に拠点を置いているスワダント商会のヒュリオスという者を頼るといい。ロザロス公爵家と懇意にしているから」

「もったいないお心遣い、恐悦にございます」


 深々と皆が頭を下げてくれるが、やはりどうにもこの身体の主の身分が強烈に意識されて少々やりづらい。

 シルティは……いや、ファルダ国王家はそれだけの崇拝を得ているということなのだろう。


 挨拶を済ませ、商品を見せてもらうことにする。

 ファルダ国は織物や染物、刺繍などの技術が優れているようだ。国内では当たり前のように使われていても、国外となると出回る量は減る。

 そのあたりの手に入りにくい希少性という点でロドルス国でも売りこめればいいな……っと、これはヒュリオスの方針に任せよう。


 商品を見せてもらう中、ふと目についた手巾があった。若い葉の色に薄らと染まり、隅には小さな花と葉の刺繍が施されている。その刺繍も非常に緻密で立体感がある。


(これ……使えるかも)


「店主。少し頼みがあるんだが――……」






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