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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
番外編1

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後日談 とある暗部の話 その5

 さも当然のようにリーダーが獣人姫の下で働くことが決まっている。おそらくこれまでと同じような仕事になるんだろう。

 そう考えて、俺ははたと目の前を見た。


「ロイジーのことを考えてくれて感謝します。ただ……そこまでしてもらって申し訳ないが、俺たちには返せるものがありません。……俺はリーダーと同じ仕事をしてましたが、それはもう……」

「求めてないから構わない。――さて」


 獣人姫は一度席を立つと、扉の傍に置いてあるベルを鳴らす。数十秒後、応接室の扉がノックされた。


「失礼いたします」

「リアン。しばらく彼女をたのむ。ロイジー、少し兄たちと話をさせてくれ」

「はいっ……!」


 席を立ったロイジーが一度だけ俺を見る。頷いて返せばててっとメイドのもとへ行く。同じように働いていたからか、ロイジーもぺこりと頭を下げている。そして二人で出ていった。

 見送った俺たちのもとに獣人姫は戻ってきて、席につく。


「ゼノンには今後、わたしの下で密偵として働いてもらうつもりだ。君たちがどういう仕事をこれまでしてきたのか想像がついているが、わたしは暗殺については積極的に求めるつもりはない。今後もないとは言い切れないが」

「はいよ」

「アラン。君は自由にすればいい。わたしは人を求めているが、やる気のない者を求めはしない。ロイジーが大事ならそっちを優先させればいい。こちらとしてもできることはする」

「……なぜそこまで?」

「別に君たちがなにかをしたわけではないだろう?」


 ……している。目の前のあなたを殺そうとしたことを、この人は忘れているんだろうか?

 顔に出ていたのか、俺を見て獣人姫は薄らと笑みをこぼした。


「君たちがわたしを狙ったのは、その裏にギルベールの完全失脚を狙う主がいたからだろう? わたしが潰すのはそちらであって君たちじゃない。わたしを狙おうとした点において、わたしは別にどうも思わない」

「……アラン。この姫さんはどうも変わってんだ。あんま気にすんな」

「失礼だな。わたしはわたしの目的に応じて思考している」

「目的ねえ。で、それは一体なんで?」

「ギルベールを幸せにすること」

「な? やっぱ変わってんだろ」


 リーダーが失礼にも「な?」と指で示している。貴族相手に怒りを買ってもおかしくないそれも、獣人姫は「どこが」と別のところに不服をみせているだけだ。

 ……確かに、変わってるな。


「変わってんだろ。じゃなきゃ殺しにきた相手をスカウトするか?」

「は……?」

「やり方と腕がよかった。ちょうど密偵が欲しかったんだ。なにせ情報に疎くてな。君ならきっとわたしが満足できる仕事をこなしてくれるだろう。期待している」

「すげえブラックな気配……」

「安心しろ。君に万が一があってもわたしが助ける。尽くしてくれる者には相応を返すのがわたしのやり方だ」

「お、おぅ……」


 ……なんだこの姫は。なんだこの豪胆な気質は。

 どこに殺しにきた相手をスカウトして、さらにはそんな奴のために助けに動くと言える奴がいる。しかも元は一国の姫が。


(ちょっと待ってくれ……。思考が回らない)


 一度視線を落として息を整える。その合間にリーダーは獣人姫となにか言い合っている。

 ……そんなの今まで見たことない光景だ。リーダーも随分と楽に、素のようにしている。


 俺たちはいつだってただ命令を受けるだけ。「やれ」と言われればやる。それだけの関係でしかない。

 暗部なんてものはそんなものだ。仲間内でさえ平気で見捨てるような、自分だけが信じられる、そんな組織。


「そういや、公爵サマはいいって言ってんのか?」

「いや? まだなにも言ってない」

「おい! 俺らがお命狙った相手ってことは!?」

「知らない。そもそもスカウトの件も言ってない」

「あんた本当に公爵サマ幸せにする気あんのか!?」

「それしかない」

「絶対嘘!」

「失礼だな」


 ……リーダーはすっかり打ち解けているように見える。俺は戸惑うばかりでしかないというのに。


 リーダーが唖然としていると扉がノックされ「奥様、セバスでございます」と向こうから声がかけられた。それを聞いて獣人姫はすぐに「どうぞ」と招き入れる。

 この屋敷で初めて見る男は皺ひとつない綺麗な執事服に身を包み、ぴんと伸びた背を綺麗に曲げて礼をする。


「奥様。お医者様をお連れしました」

「ありがとう。彼らを診せてやってほしい。それから、この二人と今リアンに任せている少女をしばらく客人として滞在させる。ギルベールにはわたしから説明して承諾をもぎとる」

「ほほっ。承知いたしました」


 セバスという男がまるで微笑ましいものを見守るような笑みを浮かべる。

 ……この屋敷、随分と獣人姫に当然のように従うんだな。突然来た得体のしれない客をもてなす獣人姫の気質にも慣れているように見える。


 半ば感心というか唖然としていると、リーダーがすっと目を細めた。


「なんで医者を?」

「君たちは怪我をしてるだろう。僅かな血と薬草の匂いがする」

「お見通しかよ……」

「怪我が癒えるまでゆっくりしなさい。アランはその間に今後のことを決めなさい」

「……感謝します」






 それから俺とリーダーは客室に連れていかれ、医者の手当てを受けた。医者は俺たちの傷になにも言わず、獣人姫もなにも聞いてはこなかった。

 治療も終わってベッドの上の住民となった俺とリーダーの前でロイジーは安堵を顔に出し、獣人姫はロイジーにも進路を決めるように告げた。ロイジーは真剣な顔で聞き、頷いた。


 夕刻には帰宅した公爵が顔を出した。すでに獣人姫が事情を説明したようだが、その表情はまあ……予想通りのものだった。しかし反論はないのか「……まずは身体を治すことを優先しろ」とだけ口にした。

 公爵の肩には見慣れない生き物がいたが、なんでも公爵の守護獣らしい。守護獣はいないと聞いていたし、暗殺実行のあのときの生き物だと知ってさすがに驚いた。


「リーダーはあの姫の下で働くのか?」

「今更表に出てもな……。俺にはこれくらいしかできねえよ。それに……あの姫さんはあの男とは違う。あの姫さんの下は面白そうだ」


 そう言うリーダーの目はこれまでとは違うようにみえた。

 言われて俺も思い返す。


(求められていることは同じ。なのに……どうしてああも違うのか)


 浮かぶのは二つの背中。

 片や、どす黒く汚れ、目的を達成するためなら駒にどんなことでもさせ、駒が壊れようが消えようが気にしない、私利私欲の腐った背中。

 片や、目的を達成させるためなら手段を問わないだろうに、駒に手を伸ばすことを当然のように返すものとし、自信に溢れ不敵に笑う、眩しいくらいの背中。


「俺は――……」






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