後日談 とある暗部の話 その2
誰かに見られるんじゃないかと警戒したがそんなことはなく、いつの間にか外に出ていた。
屋敷から少し離れた森の中。リーダーの足が速度を落とすとやがて止まり、俺はそっと下ろされた。
「リーダー……」
「……あのままおまえを死なせたくなかった」
「……」
地面を掻いた爪に土が入るのが分かった。目の前のリーダーの表情は俺にはよく分からない。
部下を失った悲しみなのか、奴らへの怒りなのか、俺を助けた戸惑いなのか……。
「リーダー……。助けて…くれたことは感謝する。だが俺は……戻らなければ……妹が…」
「……お兄ちゃん?」
声が聞こえた。こんな所にはいないはずの声。
がばりと振り向けば、茂みの中から恐る恐るというように姿を見せる。間違いない、妹のロイジーだ。
「ロイジー……どうして、ここに……」
「おにい――……どうしたのこの怪我!? な、なにがあったの!?」
ほっとした顔をして、俺を見てすぐに青ざめる。
慌てて駆け寄ってきて、あわあわと俺を見て絶句する。安心させたいのに腕を上げる気力もないのが辛い。
「大丈夫だ」
「だ、大丈夫って……そんなわけ…」
――ああ、頼むから、泣かないでくれ。おまえを泣かせるようなことはしたくないんだ。
今にも泣きそうな妹を見ていると、その陰からひょいと姿を視せるもう二つ。
それにはリーダーも反応を見せた。
「おまえら……」
そこにいたのはネズミとカワウソ。俺たちの守護獣だった。
躾と称する折檻中には守護獣は必ず離される。でないと守護獣が暴れだすからだ。
離れていた守護獣が俺とリーダーに近づいてきて、案じるようにすりすりと身を寄せる。それを撫でて、しかしどうしても疑問が浮かぶ。
「ロイジー、おまえなんでここに……。それに守護獣はどうやって……」
「アラン。それは後々だ」
リーダーに言われて俺も口を閉ざす。
そうだった。そういうのはいつでもいい。今はこれからどうするかだ。
ロイジーも俺とリーダーを見て表情を強張らせている。ぎゅっと握った手が震えていて、恐怖を抱いているんだろうことがよく解る。
俺とロイジーを見て、リーダーはまっすぐな目で言葉を紡ぐ。
「俺はこれから、ある人の元へ向かう。……その人が俺をどうするかは分からねえ。だが、奴よりはずっといいだろうと思う。それに……行くあてねえなら来いって言われてんだ。おまえらが来るなら、俺がなんとかその人におまえらのことも頼む。たぶん……無下にはしない」
「……それで、リーダーはなにか罰を……無理を、受けるんじゃないのか? リーダーに迷惑をかけるなら――」
「分からねえよ。ただ、話は通じるはずだ」
リーダーにはどこかにあてがあるのだろう。そしてそこに俺たちも連れていってくれようとしている。
それは……ありがたい。だが、こんな体だ。遠くへ逃げるのも難しい。
「だが……今の俺じゃ足手纏いだ。リーダー。ロイジーを連れていってくれ。俺ならなんとか――」
「やだ! お兄ちゃん置いていくなんてそんなことできないっ! そんなこと言わないでよっ!」
涙ながらにそう訴える。そんな顔をさせることが辛い。涙を拭ってやりたくても腕が動かない。
(リーダーのそのあてが、もし、また俺たちに仕事を任せるような人だったら……また、ロイジーが…)
それだけは避けたい。ロイジーにはもう、表の社会で好きに生きてほしい。
そんな想いを込めてリーダーを見ると、リーダーは俺とロイジーを見て、少しだけ視線を下げた。
「妹に恨まれるのはごめんだ。無事に行けるかは分からねえが、何かしら手を――……」
「な、ならっ!」
そのとき、はっとしたようにロイジーが声を上げた。
「私っ、ここまで鳥さんと鼠さんに連れてきてもらったの! お願いすれば、もっとどこかへ連れていってくれるかも!」
「「……は?」」
♢
怪我の手当てだけでもと山にある薬草を使って処置をした。暗部の人間は生死に使える薬学や医学も教え込まれる。それが活きた。
追手はすぐにかけられた。正直に言って、見つかる確率が高いと思っていた。そうなってもロイジーだけは逃がしてやりたいと、そう思い続けて足を引きづって歩いた。
だが、俺の予想はなかなか当たらなかった。
当たらないどころか、王都がある王家直轄領までたどり着くことができた。
「は、はは……。まさか本当に着いちまうとはな」
リーダーも半信半疑だったんだろう。王都が視界に入る場所まで来て乾いた笑みがこぼれている。
俺も驚くばかりだ。その驚きのまま視線を動かす。
そこにいる、鹿や熊という山の動物。守護獣ではないごく普通の動物だ。
「鳥や鼠どころか、まさか熊や鹿や他の動物まで手を貸すとか……どんな状況だよ」
こいつらは俺たちに害を加えることはない。ただ黙って、まるで先導するように付いてくる。
あるときは野宿できる洞穴を提供した上に、入り口に熊が寝そべって巣穴と見せて追手を逸らし、あるときは追手の迫りを察知した鹿がタンタンッと岩壁を先導したり。追手は守護獣を使っていたはずだが、それすら動物が躱したのか……途中から意味が解らなくなっているがなんとかここまでくることができた。
『お屋敷にいたときにね、鳥さんが部屋の窓辺に来て、外に出ろって言うみたいにずっと服を噛んできたの。それで出てきて、そしたらあの茂みまで連れていってくれて、ちょっとしたらお兄ちゃんたちが。それにね、ほら。鼠さんがこんなの持ってきて』
そう言った妹が俺に見せたのは、屋敷の主人がロイジーに署名させた雇用契約書だった。
それが主人の手にある限りロイジーはあの屋敷で働かざるを得なく、抜け出すことはできなかった。
それがまさか、鼠が持ってくるとは……。
そんな鳥と鼠が他の動物まで引っ張ってくるとは……。
(なにがどうなってるのか、全く分からん……)
とはいえ、野生に精通する動物が味方になってくれているらしいことは非常に助かっている。
リーダーは時折「まさかあの女の…いや、ないな」とかなんとかぶつぶつ言っているが、難しい顔をして最後には首を横に振るから、なにも聞かされていない。
「お、おお、王都っ……!? ゼノンさん。あそこに行くの!?」
「ああ。あそこに助けてくれるかもって人がいる」
妹は見たこともない都会に目が輝いている。ここまでのサバイバルを耐えてきた身にはいい気分転換になるといいが、まだまだ油断はできない。
俺がリーダーを見ると、リーダーもそのつもりなのかまだどこか険しい顔で頷いた。
森を抜けて王都へ進む。王都の前まで来ると動物たちは足を止め、空を飛ぶ鳥だけが悠々と上空から王都へ入っていく。
王都への入り口である門の上で翼を休め、その目が俺たちを見ている。
これまで歩いてきた森の中である程度怪我の手当てはできた。ちゃんとした処置はできていないが、歩く分は問題ない程度には動けるようになっている。
俺とリーダーはこういう門を抜けることにも慣れている。妹には「俺たちは兄妹だ」と言い含め、俺とリーダーが門兵と応対する。
こういう門を通るとき、身なりは小奇麗なほうがいい。みすぼらしいと、それだけで怪しまれ通してもらえないことがある。
どこからかの浮浪者と思われ、王都の治安に関わることになるからだ。だからこそ、俺もリーダーも王都へ来る前には身なりを整えた。
怪しまれずに門を通ることくらい造作もない。俺たちは「兄妹で知り合いを訪ねてきたついでに観光する」という体で、門を抜けた。
無事に突破すれば見守っていた鳥が飛び立つ。そして一羽はどこかへ飛び、一羽はまるで先導するように建物の屋根から屋根へ飛ぶ。
ちらりと目線だけでそれを追い、リーダーは歩きだす。
その後ろを俺とロイジーも続くが、ロイジーは珍しい光景に終始きょろきょろしっぱなしだ。
「……ふっ。また、ゆっくり見て回ろうな?」
「うんっ!」
――その笑顔を守るためなら、俺はなんだってできる。こいつがずっと笑っていてくれるなら。
大手を振って王都の町を歩く。そんな日を想像して、少し心が安らぐ。
リーダーはそんな俺たちをちらりと見て、鳥の先導に従って歩いていく。
「……やっぱりあの鳥……あいつの息がかかってんのか……。いや、でもただの鳥に……待てよ。屋敷か、身近な誰かの守護獣か……」
なにかを呟いたが、王都の賑やかな喧騒に埋もれて俺には聞こえなかった。




