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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
番外編1

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後日談 とある暗部の話 その1

 失敗した。

 リーダーの策は決して悪くなかった。騎士団内を疑心暗鬼に陥れることも、主犯を擦り付けることも、こちらの手を読ませずに主の意に沿う。ちゃんとその点を抑えていた。


 なのに、失敗した。要因はすぐに浮かぶ。


(なんだったんだ。……あの、見たこともない姿のあれは)


 帝国側との国境の戦。そこに加わったファルダ国。

 そこへの深入りはこっちの存在がバレる可能性があった。勝利しようが敗北しようがこっちの狙いは変わらなかった。


 その混乱に乗じて……というのも作戦としてはあった。

 だが、俺たちはあくまでその戦いには無関係。下手に動き回れば両国間で動いているだろう密偵に見つかる危険が高い。


 俺たちは、俺たちの力量を正確に把握している。リーダーは一か八かなんて賭けにはでない。

 俺たちが求められているのは、結果だけだ。


 戦の終わりを衝く。味方として戦い、攻撃なんてしてこないと踏んでいる奴らの隙を衝く。

 そう思っての、作戦だった。


「おい。のこのこ逃げ帰ってきた役立たず」

「っ……」


 わざと傷を踏みつける男が目の前にいる。痛みに呻く声を吐き出せばさらに折檻は強くなる。それを知っているから、口の中でのみ堪える。

 相手もそれを知っているから、集中的に傷をついてくる。


「落ちこぼれ公爵一人、それも騎士がたった十人しかいねえ中。どうやったら失敗すんだよ。馬鹿かてめえら」

「ぃ、っ……」

「一人も殺せず全員逃げ帰って。公爵どころか獣人の女一人も殺せねえ。なんのためにここにいる?」


 バシンッと背中に強烈な痛みが走った。死角からわざとしてくるのは分かっていたから、また、歯を食いしばって耐える。


 ここに入れられて何日経った? 鼻を衝くのは自分の体から流れている血の匂いだけ。視界はすでにぼやけ気味。

 もう、痛みすら感じない。体中の感覚が麻痺して、ずきずきと傷が熱と鼓動を訴えてくる。


 上げる力もでない視線。俺の視界に見えているのは複数の足。

 薄暗い視界の中では周りの状況も分かりづらいが、ここがどこかというのは知っている。


 膝をつかされ、両腕は吊られ、抵抗することさえ許されない。そんなことをすれば更なる痛みが襲ってくる。


「ったく。全くもって使えねえ奴らだ。こんな簡単な仕事もできねえとは」

「おかげで面倒になるじゃねえかよ。どうするつもりだ」


 ……どうもなにも、もう見えている。

 そのつもりでいるくせに。失敗を許すなどありえないくせに。


 頭に痛みが走った。髪を鷲掴まれ、思いきり頭を上げさせられる。頭と首に痛みが走ってうめき声が出た。

 なんとか目を開ければ、そこに見えるのは俺を痛めつける男たちの顔。その中の一人がぐっと近づいた。


「てめえがここに置いといてもらえる理由、解ってるだろうな? 主人のご恩を無駄にするなよ」


 痛みに堪える口の中に鉄の味がした。


(何が、恩だ……)


 そんなものを感じたことはない。こっちに選択肢を与えることもないあの男はこっちを駒としか思っていない。

 他者の大事なものを奪って、無理矢理従わせて。やりたいなんて思ったことは一度もない。


 だがそれでも、逃げられない――……。


「アラン。ここで死ぬか、もう一度行って死ぬか。おまえとあいつは他の奴らとは違ってまだ見込みがある。選ばせてやるよ」

「そろそろ主人が戻ってくる頃だ。早めに選ぶのが身のためだぜ」

「っ……」


 知っている。――俺がいた牢の並びに同じように入っていた仲間たちは、誰も帰ってきていない。

 主はそういう人だ。ここはそういう場所だ。


(それでも、俺は死ぬわけには――……)


「ああ、安心しろ。妹は主人が面倒みてくれるだろうからな」

「っ……!」

「たしか……十二歳だったか。もう一、二年待てばいい具合になるだろうってさ」


 怒りが湧いて、どうしようもない。

 俺の唯一の家族を、大事な妹を、人質にした挙句に今度はっ――……!


 拘束されていようが構わない。この激情のまま暴れてやろうと――


 ドゴォッ!

 ドカンッ


 立て続け室外から聞こえた音に全員の視線が扉に向いた。

 立っている男たちのうちの一人がすぐさま扉に向かい、様子をうかがう。その手がドアノブを捻り――外から扉が蹴破られた。


「!? てめえ!」

「なにしてやがる!」


 そこにいた一人の男。俺ほどではないが傷だらけで、上半身裸の皮膚には打たれた傷が生々しく残っている。どうせ、俺も似たようなものだ。

 そんな男は蹴破った扉の下敷きになった男ごと扉を踏みつけて入ってくると、俺を見て少しだけ目を細めた。


「リーダー……どうして…」

「……生きてるな。よかった……」

「ああ!? なに言ってやがんだてめえは!」

「躾中に逃げ出すとはいい度胸だ。もっと仕置きが必要らしいな」


 ぞろぞろと男たちの足が突然入ってきたリーダーに向かう。

 リーダーも俺と同じように折檻を受けていたのは明白だ。それなのにどうしてかここに来て、その上男たちがさらに攻めようとしている。


 拘束されているのを振り払おうにも、今の俺にその力はない。


(駄目だ。このままじゃリーダーが……!)


 ――殺られる。


 あの身体では戦えない。動けているのが不思議なくらいだ。戦ってどうにかなっても、さらなる折檻が待っている。そうなればもう……死ぬ。

 解ってる。所詮俺たちは唯の駒だ。さほど重宝されているでもない隊の俺たちはいらなくなったら捨てられる。


(でも、リーダーは、あの人だけは……!)


 冷静冷淡に仕事をこなす。けれど無駄なことも賭けもせず、自分が走る。そういう人だった。

 こんな仕事をしてる相手だ。尊敬なんてしないし、深く入り込むつもりもない。


 だが一度だけ、妹と久方に話をしていた俺を見ていたらしく「妹、大事にしろよ」と、そう言ってくれた。

 裏の世界で生きて、なのにまるで、その言葉だけはそう感じさせないものがあった。


 少なくとも、他の奴らよりは……いい人だった。


「リーダー!」


 ふらりとよろめくその人に、数人がかりでとびかかる。どうなるかは一目瞭然で、俺は叫ぶしかない。

 男の鞭がリーダーに――……当たる直前、リーダーが動いた。


 どこにそんな力があるのかと疑いたくなるほど一瞬で、とびかかった男たちが床に倒れた。


「……」

「……悪いな。どうもあれから……まだ、体が軽いんだ」


 にやりと不敵に、怪我だらけで笑う。

 そんな顔から目が離せず唖然とする俺に、リーダーはすぐにやってきて拘束の縄を解いた。


「リーダー……どうして……」

「……どっかで願ってたのかもな。ろくでもねえ生き方でも、一応は育ててくれたって……。でも、やっぱりだめだ。仲間も誰一人守れなかった」


 俺の問いへの答えじゃない。リーダーはどこか悲し気な顔をして、そうこぼした。

 仲間同士でも情なんて持つものじゃない。そんな関係も絆もない。リーダーもそれを解っているはずなのに、その顔は――違う。


「アラン。一緒に来るか?」


 目を瞠る。そんな俺をじっと見て、リーダーはなんの返事も聞かずに俺を肩に担いだ。


「……!?」

「大人しくしてろよ」

「いや、ちょっ――……」


 言うや否や歩きだしたリーダーに問うことなどできない。体中の痛みに耐えてぐっと唇を噛む。

 そうするしかない俺にそれ以上なにも言わず、リーダーは歩き続けた。






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