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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
番外編1

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番外編 落ちこぼれ公爵の新しい日 その5

 手を動かしながら思考を戻し、視線を彼女に戻す。


「では、遠ざけないほうがいいのか? 今更守護獣の成長は、難しいか?」

「人間だっていつからでも成長はできる。君がちゃんと育てれば数年で二十年分は成長できるだろう。教育次第だ」

「……ある程度は厳しくしたほうがいいということか。しかし、離れると泣かれる……どうすればいい?」


 成長してほしいと思う。こいつ自身のためにも。

 しかし、その成長のためにどれだけを許し、どれだけを厳しくすればいいのかが分からない。本来は共に成長する守護獣を後に一から育てるというのも、経験者は俺くらいだろう。

 彼女も目の前で「そうだな…」と呟くと、守護獣を視る。その視線に気づいたように、守護獣が俺の手から飛び立ってローテーブルにちょこんと乗った。


「離れたくない?」

「きゃう。うー、うきゅきゅ、きゅぅ」


 まるで会話をしているようだ。彼女は守護獣を見つめ、守護獣も短い手を精一杯動かしてなにかを訴えているように見える。

 口を挟めずにいると、やがて、彼女は頬杖をついて息を吐いた。


「隠形も嫌となると……まず、視界に入る場所にいるなら問題ないようになりなさい」

「うー……」

「なりなさい」

「うー……」

「じゃなきゃ、ギルベールは毎度君のせいで叱られひどいことを言われる。陛下にまで怒られるとギルベールはきっと辛いだろう」

「うぎゅ!? うぎゅぎゅぎゅ!」

「そう。だから君がしっかりギルベールを安心させないと」


 非常に嫌そうだったのに、はたとした様子で彼女に向かってなにかを訴えるようにあわあわとした動きをみせている。……なにを言っているんだろうか?

 理解できない俺の前で、守護獣は彼女の言葉に「うきゅぅー…」と思案するような声を出し、ちらりと振り返って俺を見る。


「どうした?」

「うー……」


 ……なぜだか、だんだんと目に涙が溜まりだしている。

 やはり嫌だという意思表示だろうか? そうならばここで無理を言えばまた泣きだす可能性が高い。


 少々慌てる俺の前で、彼女は守護獣を視て平然と告げる。


「今日だってギルベールはちゃんと迎えにきてくれた。安心しなさい」

「うー……。……きゃう」

「よろしい」


 ……話がまとまったらしい。

 くるりと俺を振り返った守護獣が「うきゅうきゅ」と少しだけしゅんとした様子でとてとてと近づいてくる。


「頑張ってくれるか……?」

「……きゃう」

「ありがとう」


 とはいえ、あまり気乗りはしない様子だ。礼を込めて撫でるとすりすりと俺の指を掴んで頬を寄せている。


「部屋や鍛錬場でも、視界に入る位置で離れることから始めるのはどうだ? 隠形するでもなく、完全に見えなくなる位置でもない。守護獣もそれならいいと承諾してくれた」

「承諾……まあ、そうしておくが…」

「今朝の泣きも要はそういうことだ。君が見えるところにいないから泣いたんだ。鍛錬場でも隠形してしまうと君から視えなくなる。だから嫌なんだろう?」


 守護獣がローテーブルから俺の肩に戻り、嫌な決定の反動のように俺にしがみつく。それに手を添えつつ、少し驚いた。

 これまでの反動だろうと俺も陛下も予想した。彼女が出したのはそれとはまた違う推測だ。


「……なぜだ? 隠形してもまた顕現すればいいし、俺がいなくても探せばいいだろう?」

「二十年だ」

「?」

「二十年、その子は君に視てもらいたくて傍にいた。叶うまでに二十年を要した。今はまだ不安もある」

「不安……」


 出てきた言葉を反芻して、想像してみる。

 俺は生まれたときから守護獣がいないとされ、自分でもそう思っていた身だ。それは守護獣からすればどうだったのだろう?


(俺には視えなかった。守護獣からすれば……視てもらえなかったということ。それでも俺の傍にいて、視てほしいと思っていたのだろうか……? それが叶ったから今は喜んでいる。それでも不安だというなら――……)


 ふと、頭に浮かんだ姿があった。


 仲睦まじい様子を見ていた。――それを奪ったのは、俺だ。

 もう三年会っていない。――会いたいと思うより、怖いと思う。

 怒りも恨みも甘んじて受け入れる。それでも、そう決意していても、いざとなると足が向かない。


 俺の指を掴んですりすりと頬を寄せる守護獣を視ると、丸い瞳がくるりと輝いた。


(こいつも、不安なのか……)


 俺も、まだまだ不慣れだ。どうしていいのか分からないところも多々ある。

 だが、この変化をくれた人を想い、無にしたくないとも思っている。


 その小さな身体を手に収め、まっすぐ目を合わせる。

 自分の守護獣を目にする。そんなこと、これまでの俺は一切想像もしなかった。――それでも今、それは俺の手の中にあり、ちゃんとこの目に視えている。


「俺は、もう、おまえを見逃したりしない。この目にいつだって、いつまでも、映し続ける」


 藤色の目が光る。驚いたような顔をして、うるっと揺れて、その小さな手に力が入る。

 ふるふると体が震えているのは、寂しくて泣くというものではない。


「うっきゅぅぅ……」


 ぼろぼろと涙がこぼれる。盛大に泣くではなく、声を殺してしくしくと。

 そんな姿が胸に苦しくて、撫でてやればまたぼろぼろと涙がこぼれるから際限がない。それでも微塵も困らないどころか、今はただ泣きたいだけ泣かせてやりたい。


 守護獣が落ち着くのを待って、俺は口を挟まず見守ってくれていた彼女を見た。


「とはいえ、やはり、ずっと離すのはよくないんだろう? 少しずつ始めたほうがいいか?」

「そうだな。鍛錬中から始めてみるといいんじゃないか? そこから少しずつ広げて、君の姿が見えなくても平気となるのが目標だが、今はまだ不安も大きい子どもだということは忘れてはいけない。成長にも速度がある。急いで動かす必要はまだないだろう」

「そうだな。……ありがとう。助かった」

「気にするな」

「獣人は本当に守護獣に詳しいな」

「そういうものだからな」


 彼女はあまり詳しいことを言うつもりはないようだ。それが分かるが、あまり不快にはならない。


(以前の屋敷の使用人、奪われた服飾品。……簡単に口にしないのも当然だ)


 言い合える信頼関係が俺たちにはないのだから。俺だってなにも知らなかった身だ。とやかくは言えない。

 だが、だからこそ、この変化を流してしまいたくない。


「その……」

「ん?」

「……また、色々と教えてほしい。守護獣のことも……あなたのことも」


 妙に気まずさを感じて視線を逸らしてしまう。目の前からは視線を感じるが、それに返そうにもどうにも視線が向かないから彼女の表情は分からない。


(……落ち着かない)


 妙に頼りない心地になる。経験のないもので、今すぐに立ち上がりたくなる。


「――ふふっ。わたしでよければ。君のことも教えてくれるんだろう?」

「……俺のことなど、知っても楽しくない」

「おや。妻に隠し事とは……どこぞの女の店にでも入り浸ってるのかな?」

「!? そんなわけがあるか!」

「ハハハッ!」

「揶揄うな!」


 全くこの人は……。

 脱力する俺を守護獣はこてんと見つめたかと思うと、俺の手に自分の頭をぐりぐりと押しつけてくる。撫でてくれアピールのつもりらしい。痛くはないが、掌に小さな角が刺さる。

 それを避けて撫でると嬉しそうに鳴き、俺は彼女に視線を向け直す。


「……そのいい性格はよく知っている」

「君は非常に揶揄い甲斐がある」

「面白がるな!」






 就寝の時間。

 明日も仕事があるので遅くまで起きているつもりはなく、俺は明日の仕事に備えていくつかやるべきことをやってから、寝室のベッドに横になった。


 柔らかなベッドに身を預けると身体から力も抜ける。ごろりと横を向くと、白いシーツの上を白い守護獣がえいしょよいしょと歩きづらそうにしているのが見えた。短い足では沈むベッドが歩きづらいようだ。俺にとっては適度な弾力も体が小さいとそうではないらしい。

 足が前に出ず、ぱたんっとシーツの中に白が埋もれた。もふっと受け止められるので怪我はないが「うきゅ」と軽い悲鳴が上がる。

 シーツの上で守護獣が動けずこける。そんな光景があまりにも微笑ましく、思わず小さく笑ってしまった。


「うきゅぅ……」

「すまない。おまえを笑ったわけじゃないんだ」


 守護獣を抱き上げて、俺の頭の横に連れてくる。満足したようにもぞもぞと動き、翼をたたんで丸くなる。


「うきゅ?」

「おやすみ」

「きゃう」


 目を閉じて、小さな体が規則正しい上下運動を始める。それを見つめてから俺も視線を天井へ戻し、小さく息を吐いた。


(まさか、守護獣とこうして眠るときがくるとはな……)


 このベッドに眠るのはいつも俺だけ。ずっとそうで、これからもそうだと思っていた。

 なのに、思わぬことも起こるものだ。


(守護獣について勉強し直さなければいけないな。それに力の制御も。ガードナーたちに助言を乞うてみようか……。どうだろう、彼女は知っているだろうか)


 俺が実は守護獣を持っていた。

 それが多くの場合、歓迎されないことは解っている。だが、素直に喜びと安堵を表情に出す者もいる。それが数少ない反応だと分かっているが、それでも、充分に嬉しい。


(俺はなんと、恵まれたことか……)


 よき側近と執事、新たに加わった屋敷の者たちや昔からの馴染み。肩身の狭い思いをしながらも残ってくれている第九師団の者たち。裏も表も併せ持ちながらも接してくれる王家の方々。それに――……


「豪胆で人を揶揄うのが好きな妻、か……」


 非常に困る人なのに、どうも胸中はそれを嫌うことがない。不思議なものだ。

 きっと明日も俺を揶揄いにくるのだ。反応しては彼女の思うつぼだが、せずにいると好き勝手に解釈しそうなので否定は絶対である。


(ともかく、まあ……明日の朝は守護獣を置いていかないようにしなければ)


 そう思い、眠りにつく。

 今日も忙しない一日だったが、どこか充足感を抱きながら俺は一日を終えた。






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