番外編 落ちこぼれ公爵の新しい日 その4
午後。
先の戦に関する事後処理の会議が始まる前、俺は急いで陛下の御前へ向かった。
執務室にいる侍従に取り次ぎを頼むと、予定にない俺の来訪を陛下はすんなり通してくださった。
足を踏み入れる執務室。執務机を前に仕事をしていたのだろう陛下は、今はその手を止めて笑みを浮かべている。陛下の傍には側近が控え、その逆には顕現している白い三つ首の獣の姿をした陛下の守護獣がいる。
陛下の守護獣の傍には落ちこんでいる様子の俺の守護獣がいた。苦手意識を持っている相手だが、今はその傍にいることに恐怖はないようだ。……相変わらず泣きそうな顔だが。
そんな守護獣は俺を見ると耳をたてて顔を上げ、ぱっと明るい顔をするとばたばたと飛んでやってくる。
「きゅ。うきゅぅ!」
俺の前へやってくると必死に鳴いて、短い手を挙げて俺に呼びかけてくる。なにかを訴えたいのか必死な様子に「どうした」と問うと、これまたどうしてか「うきゅ!」と非常に嬉しそうに鳴く。
落ちこんでいたのかと思ったが元気そうだ。すぐに俺の肩に乗って頬にすりすりと頬を寄せる。
それに少しほっとする俺を「ギルベール、こっちへ」と陛下が呼ぶ。執務机から少し離れた距離を保ち、膝をついて頭を下げた。
「この度はご迷惑をおかけし、お手を煩わせてしまったこと、誠に申し訳ございません」
「私も驚いたぞ。守護獣が珍しく顕現したと思えば泣き声が聞こえるからな。それで、何があった?」
「はい。……その…鍛錬中の騎士たちの気を引き締めるため、守護獣に隠形してほしいと言ったのですが……そしたら、泣かれました」
「隠形してくれと言うと泣かれる……。聞いたこともないな。理由は予想できるか?」
問われ、俺は肩に乗った守護獣を視る。守護獣は俺の頬に短い手を回しすりすりとしていたが、陛下の守護獣が「グルル…」と唸ると、びくりと反応してからしゅんとした。……叱られてしまったかのような反応だ。
「……実は、王都へ戻ってくる道中でも似たようなことがありました。そのときは泣かれはしなかったのですが、傍を離れることを非常に嫌だと拒まれ、なんとか説得を。二日前には傍を離れたときに泣き、使用人が失神しました」
「なるほど……。おまえの守護獣は少々幼子のようでもある。それほどに離れるのが嫌ということか……」
「初めて守護獣を知った日から一切隠形しておりません。それも関係あるのでしょうか?」
「ふむ……」
考えながら、陛下は「立て」と俺に起立を促すので従う。
俺は、守護獣のこととなると一切分からない。どこまでが守護獣にはよくある行動で、なにが珍しく、変わったことなのか。
仕事中は隠形している部下たちの守護獣も、家に帰れば顕現しているのだろうか? そのときはこういうふうに触れ合っているのだろうか?
守護獣の行動から意思を読み解くことも、俺は不出来だ。
(こいつは、なぜこうなのだろうか……?)
自分の守護獣のことすら俺には分からない。
守護獣を視てみるが「うきゅ?」と問うように目を瞬かせるだけで答えをくれそうにはない。
「……存外、単純かもしれんぞ」
「と、いいますと?」
「これまでの反動というものだ。おまえのような経緯は前例がない。当たり前であるからこそそうでない場合のことを特殊であるように考えてしまうが、幼く素直な反応や態度を見ていれば、そう難しいことではないという可能性もおおいにあり得る」
「それは……確かに」
守護獣のことを知らぬ俺にも、守護獣を生まれたときから知っている他の者も。誰にも、人生途中で守護獣が判明したという事例については、分からない。
陛下は俺の守護獣に視線を向けるとふっと口端を上げた。
「なあ、ギルベールの守護獣よ。おまえはギルベールから離れたくないのではないか?」
「きゃう」
「これまで離れていた分、傍にいたいか?」
「きゃう!」
ぶんぶんと首を縦に振る。加えて、俺の頬に手を回すようにしてすりすりしてくる。
そんな様子に陛下も声を上げて笑った。
「分かった。しかしギルベール。今後こういったことがないよう対策は考えろ。城内が停滞してしまいかねない」
「はい。なにかしらを講じます」
……さて。どうしようか。
離れたくない上に隠形もしない。非常に難しい問題に頭を悩ませる俺の肩の上で、守護獣はにこにこと機嫌よく尻尾を揺らした。
内心で息を吐きながら陛下の執務室を後にした俺は、その足で城内各部署に午前の泣き声騒動を謝罪に回った。会議前にも集まった面々に謝罪した。
向けられる表情はさまざまだったが、まあ、なにを言われてもとくに気にはしないし、あからさまは守護獣が怒るので避けられ、これまでよりは平穏に会議をすることができた。
♢
夕刻。
出勤と同様に馬で屋敷へ帰った俺は、着替えを済ませてからある部屋に向かった。
出迎えてくれたハインやセバスにも「守護獣が泣かないようにするにはどうすればいいか」ということを相談はしたが、二人も生まれたときから守護獣がいる身だ。経験のないことで悩ませてしまった。
(彼女は守護獣がいないファルダ国の生まれだが、守護獣が視えているならなにかしらの案は思いつくかもしれない)
周囲が守護獣持ちだらけなので、そうでない相手は彼女しかいない。
藁にもすがる想いで彼女の部屋の扉をノックすると、「開いてるから入って」と中から返事が返された。
この扉を開けて中に入ったことは数えるほどしかない。自分から開けるというのはまだどうにも躊躇いがある。
しかし、叩いたのが俺である以上開けないわけにもいかない。そっと扉を開けた先、談話室のソファに彼女は書物を手に座っていた。
「おかえり」
「ああ。ただいま」
「君から来るのは珍しいな。まあ座って」
勧められたので向かい合うソファに腰掛ける。彼女もテーブルに書物を置いた。
柔らかなクリーム色の壁紙も調度品も、嫁いでくる彼女の好みで替えられるようにと思ってシンプルなものにさせてあった。好きに替えるだろうと思っていたが、それに手をつけたという報告は一切受けていない。
シンプルで、必要な物のみを置いたような部屋。一国の王女の私室にしては質素すぎるというのに彼女はまるで気にしていない。
「なにか用だった?」
「ああ。……その…知恵を借りたい」
「? というと?」
こてんと首を傾げるとぴんと立つ大きな耳も傾く。それを見つつ、俺は肩に乗った守護獣を肘掛に乗せた。
「こいつは、これまでの反動のせいか俺から離れたがらない。構わないと思っていたんだが、騎士団で鍛錬中にもそうであると、その……見目もあって、騎士たちの顔が緩む。それに隠形も嫌らしい。今朝のように泣かれた」
「なるほど。愛嬌に目がいって鍛錬にならない。要するに鍛錬の邪魔だな」
「うぎゅ!?」
「……」
……はっきり言わないでくれ。守護獣がひどく愕然としてしまった。
幼くとも理解はできているようだ。
「守護獣のこういう状態に対する対処が分からない。セバスとハインにも聞いたが、二人とも守護獣にそんな経験がないので良案が浮かばない。……陛下にまでご迷惑をおかけする。なんとかしたい」
「こんなことは君が初の事例だろうから、すでに成長している守護獣持ちには分からないだろう。守護獣がこうである場合、つき主も同じような二、三歳か……。まあ、言葉の理解力だけは君と同じかそれ以下だろうが」
「うぎゅぅぅ……」
「ははっ。分析だ。そう怒るな」
至極不服そうな顔をする守護獣に彼女は笑う。
(守護獣は二、三歳……。理解力だけはそれよりも上。俺は二十歳……。なんというか……)
「全く合わないな……」
俺も守護獣もばらばらだ。主と共に生まれる守護獣は、本来なら主と同じ年齢であるといえるのに。
俺がこぼした言葉に彼女は軽く口端を上げた。
「当然だ。本来は共に成長する者同士がばらばらだったんだから。君の成長と共に成長するはずだったこの子にはそれができなかった。だから君が先へ先へ成長しても、守護獣はどこまでも置いてけぼり、生まれたときのままなんだ」
「……」
「だが、それでも君の傍にいたから、人の言葉、表情の変わり方、傷つける相手の表情、傷つく君の様子、楽しいことも悲しいことも、この子は知った。ちぐはぐで当然だろう?」
その言葉を聞いて、守護獣を視る。
俺を見上げる目はくるりと丸く、愛らしく首を傾げる。とてとてと数歩俺に近づくと短い手を伸ばしてくる。――まるで、子どもが抱っこをせがむように。
だからそっと手に抱き上げる。それだけで嬉しそうな顔をして俺の手をきゅっと掴む。過去のことなどまるで気にしていないかのように。
「おまえは……もっと俺に怒っていいんだぞ」
「きゅ?」
どうして、というように首を傾げる。純粋な眼差しにはなんと言っていいものか分からなくなる。困ってしまったのを誤魔化すように撫でると、嬉しそうな顔をしてひとつ鳴いた。




