表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
番外編1

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/87

番外編 落ちこぼれ公爵の新しい日 その2

 俺は出勤に馬を使う。馬の調子が悪ければ徒歩で出勤する。

 地位ある貴族家の者となると馬車を使うことがほとんどなのだが、俺は馬車は使わない。


 今はまだ公爵邸を維持管理ができている。しかし父の反逆後に資産を一定額接収された我が家は、屋敷の維持管理と使用人の雇用、生活にかかる金もそれなりにあり、いつかガタがくる可能性が高い。領地を持っていればその運営利益があっただろうが生憎と領地はないし、縁のある商会も父のことがあって関係は消えた。唯一繋がっているのが、ヒュリオスのスワダント商会。

 商会からの金、俺の給金、残っている資産。今はまだなんとかそれで生活ができる。


 あけすけなく言ってしまえば、俺が馬車を使わない理由は金のためだ。

 そもそもに我が家は馬車を一台しか有していない。それも公爵家が所有するにしては簡素なものだ。馬も三頭しか飼育していない。


 財がなくなり没落しても、俺は市井でも生きていける。辺境領は王都ほどに豊かではなかったから。

 だが、彼女は違う。産まれも育ちも王宮だ。俺のようにはいかないだろう。


 ――……とはいえ、そんな生粋の姫君がここまで豪胆な人物であったと知った今、意外と市井でもやっていけるのではないかという想いが薄らと胸中に芽生え始めている。彼女には言えない。


「ではいってくる」

「いってらっしゃい」


 彼女の見送りを受けて出勤する。俺の愛馬の頭の上には小さな守護獣が、朝のことなどすっかり忘れて朝食でご機嫌になった笑みのまま乗っている。

 公爵邸から王城まではさしてかからない。悠々と歩いても充分に間に合うくらいには時間に余裕もある。


 騎士団の拠点は二カ所ある。

 一つは、万が一の事態に備え、すぐに王家からの指示で動けるようにという面で、王城に。

 もう一つは、万が一のときにすぐに王都を守れるようにと、王都内に。


 王城には騎士団長とその直属隊、そして第九師団を含めた三つの師団が務めている。

 王都の拠点『第一支部』には他の六つの師団が務めている。バートハート殿率いる第二師団はこちら側だ。


 とはいえ、第九師団が王城勤めになっているのは、ある意味では俺の監視のためでもあるのだろうと思っている。

 それまでの第九師団は『第一支部』勤務だったのだ。そこを、俺が師団長に就任することになり、配置換えになったとガードナーから聞いている。

 俺に守護獣がいることが判明し、貴族たちはさらに煩いだろうなと思うと内心重く息が出る。


 城門をくぐってそのまま騎士団へ向かう。厩舎に馬を預け、仕事前に自己鍛錬をするため、まずは訓練場へと向かった。

 まだ勤務前で第九師団の団員たちの姿はない。日によっては自己鍛錬に来ている者もいるが、今日はまだいないようだ。


 腰から剣を抜き、構える。目を閉じてかつての強敵をイメージする。

 襲いかかるその相手に応戦するように剣を振り、斬り込む。


 幾度と打ち合い、幾度と躱す。記憶にあるそれよりもずっと強く鋭くなっているような錯覚すらさせる相手は、俺の剣を払い、首を落とす勢いで剣を払い――……


「っ!」


 はっと目を開けた。

 僅か呼吸が上がり、心臓が早鐘を打つ。

 敗北を意識させる強烈な存在感。戦ったあのときよりも記憶は薄まっていそうなのに、薄まることなく俺の中に刻まれている。


 ふっと息を吐くと、肩に乗っている守護獣が俺を覗き込んで首を傾げた。


(……そういえば、こいつはあのときには風で俺を助けようとしなかった。音はいつものように拾えていたから、そちらで支えてくれたのか?)


 帝国兵と戦ったときはその暴風で俺を助けてくれた守護獣。しかし記憶上、それはあのときにはなかった。

 あのときの戦いは先日の戦い以上に命の危険を感じたし、敗北も覚悟していたというのに……。


「……何か、理由があるのか?」

「きゅ?」


 なんのことかと問うように傾げる首。くるりとした目を見て自然と笑みが浮かび、頭を撫でてやった。

 剣を鞘に戻し、訓練場を出る。その足で騎士団棟にある師団室へ向かった。






 がちゃりと扉を開けて入室すると、そこにはまだ誰もいない。数年で慣れた室内、床を踏んで足を進め、執務机の脇に剣を立ててから椅子に座る。すると、俺の守護獣はたんっと机に飛び乗る。


 それを視界の隅に入れつつ、俺は昨日後回しにしていた書類に目を通し始める。

 師団長という立場上、師団全体のことに関して書類も多いし決裁しなければいけない内容も多い。


 こういったことは辺境領にいた頃にあくまで父の補佐としてしていたことで、一組織を任される身としてはまだまだ未熟だ。

 そんな俺をいつも支えてくれるのが副官のガードナーだ。とても助けられているし頼りになる。


「おはようございます。師団長。守護獣殿」

「おはよう、ガードナー」


 がちゃりと扉を開けて頼れる副官が出勤してきた。俺の守護獣もガードナーをよき相手と認識しているのか元気に「きゅっ」と挨拶をした。


 午前のうちに今日中に目を通さなければいけない、決裁しなければいけない書類をチェックする。ガードナーが優先順位をつけ、それを俺に渡してくれる。ガードナーが忙しいときには俺が自分でやる。

 各部隊、小隊の鍛錬内容、師団全体の必要物品の確認、必要手当ての金額確認、先の戦による怪我人の復帰状況や人事考査。師団全体としてしなければいけないことは多い。時に頭を悩ませることも多い。


 今もまた書類を見て悩むのだが、そんな俺など知りもしない守護獣が決裁待ち書類を頭に乗せ、前が見えないせいでこてんと転び、紙の下敷きになって慌てふためいていた。






 ある程度の書類を片付ければ、今度は外に出る。

 鍛錬中の騎士たちの元へ足を運び、鍛錬の様子を見て、時に俺からも指導をする。


 俺が預かる第九師団は、騎士団内でも格下に見られることが多い。

 理由は単純だ。――騎士たちの守護獣の力が弱い、もしくは戦闘に向かない光属性の守護獣持ちが他師団よりも多いから。


 師団が欲しがるのは、実力があり、かつ戦闘向きの強力な守護獣を持つ者だ。個人の実力が少々なくても守護獣でそれを補えるなら、それをとる。

 光属性といっても全員が第九師団へ寄越されるわけではない。中には他師団で活躍する者もいる。


『無能弱者の集まり』……そう言われているのを、就任後すぐに聞いたことがある。

 その中を前師団長であるガードナーは統率していた。本人は謙遜して「できていない」と言うが、俺に言わせればなかなかのことであり、辺境領でも一部隊を任せられる手腕であるのは間違いない。


 すでに自分たちは見放されているのだという意識があったのだろう。第九師団に配属されて気力を失い、他師団の目に耐えられず辞めていく者も多かったという。その上に「反逆者の息子」が師団長就任となると死刑宣告に等しい。

 完全に見放される前にと、俺の就任前にはごっそり人が消えたそうだ。俺が就任してからも、なんとか残っていた者の中でもやはり耐えきれずに辞めていく者がいた。


 俺の就任から三年。なんとか師団の人数は他師団の半分になっている。

 これでも少ないが、まあ、人員不足は急になんとかなるものでもない。今いる者たちに頑張ってもらうしかない。


「あっ、師団長! 鍛錬お願いします!」

「ああ」


 威勢よく手を挙げるトニスを見て、俺は足を向ける。


 人員が少ないことで生まれた利点。それは、俺が各部隊、小隊の者にまで鍛錬をつけやすいという点だ。個人との訓練時間も他師団よりは多く取れていると思われる。

 以前、バートハート殿と師団の鍛錬内容の話になったときも「うちではそれはできてないな…」と言っていたので、おそらく間違いない。


 俺としては、辺境領にいた頃からやっていたことをしているだけなのだが。

 人員が多くてもやることに変わりはなかっただろう。


 俺がしてやれるのは個人の実力を伸ばす手助けだ。守護獣のこととなると一切力にはなれない。

 師団長就任以降、ただひたすらに個人の実力を上げる鍛錬を続けている。


 木剣を部下から借り、トニスの前に立つ。

 こういった試合をするとき、見たい者は見ていいという決まりにしてある。ただし、見るからにはそこからなにかを盗めと。のんびり見学する気で見ていてはなにも成果は得られない。

 試合を挑むときも、見るときも、心構えは同じであれ。


 木剣を構える俺にトニスも木剣を構え……


「うきゅ! きゅきゅぅ! きゃーう!」


 おそらく、人間ならば眉を吊り上げて「頑張れ!」とでも応援してくれているのだろうか、非常にやる気に溢れた声が肩から聞こえる。短く太い足で立って仁王立ちしているのが視界の端に見える。

 それを見て、周りの騎士たちの表情が緩んだ。


「か、可愛いっ……!」

「ちっちゃい身体大きく見せようってしてもうっ……!」

「師団長応援してんのかな?」

「あのデカい姿とのギャップ……! 師団長の守護獣もうっ可愛すぎるでしょ!」


 表情が非常にだらしない。緩みすぎている。なんならトニスまで「可愛い」とだらしない。


 屋敷の使用人たちよりも先に俺の守護獣を知り、その様子を見てきた団員たちもまた、俺の守護獣を可愛がっている節がある。

 それは決して悪いことではない。……ないのだが。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ