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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月


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7,いざ外へ

 これまで彼女にはできるだけ関わらないようにしていた。それがいいだろうと思っていたから。

 だが彼女は昨日、それを不要だと笑った。その言葉が本当なのか、俺にはまだ分からない。


(……判断ができない)


 できない理由くらいは解る。

 情報が少ない。材料がない。――それだけ、彼女のことを知らない。


 知る必要などない。そう思っていた。

 なのに、なぜ、今の彼女を視線は追ってしまうのだろうか。


「――……っ、町に」

「ん?」


 彼女の頭にある銀色の大きな耳がぴくりと動き、半身で俺を振り返る。

 金色の眼差しがまっすぐ俺を見ることに、一瞬、喉の奥が乾いた気がした。


「町に……行くなら、一つ言っておく。王都民は……獣人を見慣れない。なにかあればすぐに巡回の騎士に訴えろ」

「分かった」

「それから……気をつけて、いってこい」

「ふふっ。いってきます」


 ひらりと手を振って彼女は食堂を出ていく。

 彼女とは所詮仮初の夫婦関係なので、先に出ていこうが後に出ようがどうでもいいのだが、彼女が先に出てくれたおかげで緊張から解放された気がした。


(……緊張? 俺が?)


 視線を彼女が座っていたそこへ向ける。給仕がすぐに食器を片付けるのが視界に入りつつ、先程までそこにいた姿を思い浮かべた。

 彼女との食事は別段話に華が咲くというわけでもない。時折料理について彼女が出す言葉が一言二言、返す俺の言葉が一言二言くらいというその程度のものだ。


(彼女と目を見て話すのも、記憶にないことだな……)


 夕食も一緒に摂れるだろうかと考え、考える自分を笑ってしまった。






 ~*~*~*~*~*~






「ほ、本当によろしいのですか……?」

「よろしい」


 目の前にいる使用人、なんでも屋敷の馬車を操る御者だというその人は動揺しながらも確認してくれる。それにそう返しておいて、わたしは屋敷の門へと歩き出す。

 御者君はわたしが町へ出るならと馬車を用意しようとしてくれたのだけれど、わたしが断った。


『せっかくだから足と目で見てみたい。他の者が何か言うならすべてわたしがそう言ったと言ってくれ』


 そう言うとぎょっとした顔をしていたけれど生憎とわたしはこういう冗談は言わない。言ってくれて構わない。


 動きやすい簡素なワンピースに着替え、靴も踵の低い歩きやすいものを履いている。耳と尻尾を隠すために外套をまとい、いざ出発。

 そんなわたしの後ろには、まだ少女というに相応しい同行者が一緒だ。わたしはいらないと言ったけれど屋敷の一切を預かるという執事君が「なりません」と譲ってくれなかった。


 執事君は名をセバスという、屋敷の者たちの中でもギルベールの従者君と同じ、いい人だ。

 わたしを見ても表情を変えることもない。挨拶もちゃんとしてくれるし、突然の外出にも冷静に同行者を選び出し、駄目なことは駄目だとはっきり言ってくれる。


(他の使用人で使えそうな人材はどれくらいいるか……)


 考えながらカツカツと石畳の上を歩いていくと、屋敷の門が見えてくる。

 ふむ。門から本邸までなかなかの距離だ。敷地全体もかなりの広さだな。


(たしか、ギルベールは公爵という立場なんだったかな)


 あまりそういった貴族関係というものは分からない。屋敷にある書物からある程度は理解できているけれど、人間の世は流動的だから追いつくのが大変かな。


 門までやってくると、見張りの騎士たちがわたしを見てぎょっとした。


「え!? あ……お、奥様…?」

「見張りお疲れさま。ちょっと出かけてくる」

「あ、はい――…っていやいやそうじゃなくて! 馬車は!?」

「ないよ?」

「ないよ!?」

「まっ、町まで歩いていく気ですか!?」

「ああ。自分の足で行くほうが時間をとれる。体力と足腰の限界を知るにもまたよし」

「「は、はあ……?」」


 唖然としているというかそれとも呆れているというか、そんな顔をする騎士たちを見てからひらりと手を振って歩き始めた。


 屋敷の周囲は似たように広大で豪奢なんだろう屋敷が多いようだ。全体的に緑もあって風もいい。道も馬車が通ることを考慮しているんだろうちゃんと整備されている。

 歩いている人はさすがにわたしたちだけのようだ。静かで馬車が通る様子もない。


「さて、同行者ちゃん」

「はいっ……!」

「まずは君の名前を聞いておこう」

「リアンと申します!」


 後ろをついてくるその子は丁寧に足を止めてぺこりと頭を下げた。足を止めて振り返ってそれを見ると、頭を上げたリアンと目が合う。驚いたように瞠られる目に小さく笑みを返しておいた。

 それからまた歩きだす。


「リアン。わたしは徒歩を選んだけれど、途中で辛くなったら言いなさい」

「はいっ。でも、大丈夫です!」

「ははっ。元気でよろしい」


 屋敷の使用人についてわたしが知ることは少ない。

 分かっているのは、わたしに対して敵意のように快くない感情を持つ者が多いこと、そういう情は持っていないけれどだからといってよく思っているのかというとそうでもないどちらでもない者、快く思わない者たちに賛同するしかない者。


 リアンは昨日、わたしが廊下で最初に会ったメイドだ。どちらかというとリアンは最後の派になる。おそらく、まだ若いからこそ上の言うことに堂々逆らえないのだろう。

 けれど、こうして二人になるとよく見えるというものだ。


「この辺りは貴族の屋敷ばかりが建っているのかな?」

「はい。ここは一番お城に近い場所ですので、旦那様のような公爵家や侯爵家が多いです。少し離れると侯爵家や伯爵家、子爵家があって、子爵家や男爵家でも町暮らしっていうのもあるそうです」

「分かりやすい序列だ。世襲以外でも貴族は名乗れるのかな?」

「男爵家は仕事で成功してお金持ちになったっていう人もいるそうです。えっと……な、成り上がり? とか」

「富による成功者か……。とはいえ成り上がりとなると貴族の目は厳しそうだ。そうなると婚姻が重要だな」


 ただ財を持っているだけで貴族とはいえない。歴史も血も、国への貢献も大切だ。

 新興貴族が手早く血を手に入れるなら、その血を取り入れるための婚姻が手っ取り早い。そうすれば相手の家の後ろ盾も得られ、跡取りはよき血を持っていることにもなる。


(ギルベールは王弟の息子でいい相手だが、父親のことがあればそんな話も消え飛ぶか)


「ギルベールは三年前の戦で功を上げたけれど、そのときも騎士団に?」

「いえ。旦那様が騎士団に入られたのは奥様と結婚することが決まってからです。その……えっと…」

「言っていいよ」

「は、はい。……その、旦那様はもともとご家族で辺境領におられました。それで戦のことがあって、奥様をお迎えすることになって、騎士団でお仕事なさることが決まって、王都で暮らすことになったそうです」

「辺境領にいたってことは、そこは父君の領地だったということ?」

「え、えっと……たぶん…?」


 よく分からないというようにリアンが首を傾げるのを後ろにちらりと見遣り、思わず小さく笑った。


「ふふっ。その話、さては使用人たちのこそこそ話か?」

「えっ! あ、その……すみません!」

「ははっ。構わない」


 反逆者王弟の息子だ。話題にされやすいだろう。そういうところもギルベールはあっさりと受け入れすぎだと思うけれど。

 がばりと頭を下げるリアンを宥め、彼女に合わせてゆっくり歩く。


(とはいえ、使用人たちに忠義は期待できないな)


 ギルベールが王都へ来たのが戦の後なら、それはつまり反逆者の息子としてだ。元々王都のあの屋敷で働いていたのかそれとも後々に雇用したのかは知らないけれど、不要なものは今後切ったほうがいい。

 そう考えながら歩き続ける。


「リアン。今後も使用人の中で出回る話題があればわたしにこっそり教えてくれ。屋敷の中のことはわたしも知っておきたい」

「はいっ。分かりました!」

「それから、今から行く町だけれど、もしわたしの傍にいることが危険だと思ったらすぐに離れなさい」

「! で、でも……」

「自分の身を守れる?」

「……いえ」

「なら下がりなさい。守ってあげられると保証はできない」

「……分かりました」


 ギルベールはこの外出にいい返事をくれなかった。外出目的が買い物だと思ったようだからだろうけれど、そもそもに外出に対して思うところがあるんだろう。

 シルティの日記からもそれは予想できている。外套で隠そうとしても、どうしても大きな尻尾は後ろでもっこりしてしまうし、フードを被っても耳が立っている。


 見れば分かってしまう身なりだ。だけど、それでいい。

 そのためにこうして出かけるのだから。






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