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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
番外編1

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番外編 落ちこぼれ公爵の新しい日 その1

 目が覚めて見えるのは公爵邸の自室の天井。覚醒して、身を起こした。


 屋敷において俺はいつも自室の寝室で眠っている。彼女が屋敷へ来てからも変わらず、夫婦として寝室を使ったことはない。

 彼女もそれについてはなにも言わず、互いの空間は一日を通して完全に区切られている。


 それでいいと思うし、彼女に触れることなど今後もないだろうと思っている。


「はあ……」


 だというのに、豹変した彼女の姿がちらついて仕方がない。

 あまりにもあっさりと俺を夫と認めるし、「夫婦だから」という理由で俺を幸せにしようとする分からない彼女。

 挙句の果てに……


『名前で呼んでくれないなら、出勤時と帰宅時と就寝前に口づけで挨拶を――』


「……っ」


 本当に、ふざけるのはやめてほしい。


 ベッドから下りて窓を開け、風を受ける。涼しい朝の空気が流れ込み、少し熱い気がする頬を冷ましてくれるのが感じられる。

 そしてすぐ着替え、隣室に用意されている洗面桶の水で顔を洗った。


 辺境から戻ったのは二日前。まだまだ事後処理仕事が山積みだ。


 さっさと出勤しようと自室の扉を開けて部屋を出る。すでに使用人たちが朝の仕事を始めており、足を止めて頭を下げる。この屋敷の普段の光景だ。

 屋敷の使用人を一斉馘首し辺境領から来てくれた者たちを迎え入れてから、屋敷の空気は目に見えて変わった。以前よりもどこか明るく過ごしやすいと俺でも感じるのだから、当事者であった彼女の胸中は言わずもがな。


 皆に「おはよう」と声をかけつつ食堂へ行くと、まだ彼女は来ていなかった。


(今日は少し早かったか……)


 そう思いながら座ると、すでにきっちり身なりを整えたハインが紅茶を出してくれた。


「おはよう、ハイン。ありがとう」

「おはようございます」


 すっと礼をするすっかり板についた振る舞い。


 ハインは俺の従者兼側近として俺を支えてくれる。辺境領で幼い頃に出会った友人でもあり、その縁で今はこうして仕えてくれている。

 俺の傍にいることが多いハインと時に連携、報告連絡をしながら屋敷全体と俺を支えてくれるのが執事であるセバスだ。

 セバスには屋敷のこと、使用人のこと、彼女が屋敷へ来たばかりのときは彼女のことも任せていた。幅広く動き屋敷と使用人をきっちりまとめてくれる頼れる存在でもあり、辺境領の屋敷からずっと仕えてくれている頭の上がらない存在でもある。


「よくおやすみになれましたか?」

「ああ。やはり野営では熟睡とは言えないからな。昨日と今日はよく眠れた」

「ようございました。……その、ギルベール様」

「ん?」


 ハインがなにかを言おうとしたとき、がちゃりと扉が開いた。そこから見えるのは、食堂へ来る姿がすっかり見慣れたものになった彼女だ。

 美しい銀色の髪の合間にあるぴんと立つ大きな耳。腰から下にある大きな尻尾は彼女の後ろでもこもことしているが、床を擦ることはない。意識してそうしているなら大変だなと、何気なく思った。


「おはよう。ギルベール。従者君」

「おはよう」

「おはようございます。奥様」


 ハインは悪女と言われていた彼女に快い印象は持っていない。それは今も薄まることはなく、豹変ぶりに困惑しつつもまだ少し警戒はしているようだ。

 それでいいと思う。無理に変えて受け入れろと、俺は言えない。幸いなのは、彼女もさして気にしていないようだということだ。


 それに、ハインはだからといって礼節を欠く者ではない。

 彼女の挨拶に胸に手をあて頭を下げて返す。それを見てハインの態度を感じとりつつ、問い直す。


「ハイン。それで、なんだ?」

「ああ、いえ。大したことではないのですが、一昨日も昨日も顕現なされていた守護獣は、今日は隠形を?」

「……あ」


 はたと思い出すと同時に――


「ぴぎゃあぁぁっ!」


 泣き叫ぶ声が空気を震わせて響き渡り、彼女が耳を塞いで顔をしかめ、俺とハインも思わず耳を塞いだ。


 俺の守護獣は赤子のように遠慮なく盛大に泣く。その音は同じ空間にいると失神しかねないほどで、屋敷中に響く。


 辺境領からの帰還中はなかったこのことを知ったのは、屋敷へ帰ってきた二日前だった。

 使用人たちに俺の守護獣のことを説明したとき、その見た目のおかげか「可愛いですね」「爪あるけど小さい手ね」とすぐに受け入れられた。安堵しつつ、愛でられている守護獣と愛でている使用人たちの邪魔はできないとそっと離れて数分後、空気が震えるほどの泣き叫ぶ声が屋敷中に響いた。

 慌てて泣き声のする方へ向かえば、使用人たちを失神させて尚泣き続けている守護獣がいた。


『泣き声というのはここまで響くものなのか?』

『え? なに?』

『……』


 ……優れた聴覚を持つ彼女の耳まで麻痺させたことは非常に申し訳なかった。俺の守護獣も伏す勢いで謝罪していた。


 泣けば屋敷中の動きが停滞し非常によろしくないことはすぐ学んだので、俺はすぐさま席を立ち、耳を塞ぎながら自室へと戻る。


 使用人たちも思わず耳を塞いで動きを止めている廊下を突っ切り、意を決して自室そして寝室の扉を開ければ耳をつんざく程の音で鼓膜が痺れ、腹に衝撃を感じた。

 俺の姿が見えれば泣くのをやめ、ぐすぐすと泣き顔を見せながら必死に俺にしがみつく。

 そんな姿を見つめて、ゆっくり撫でた。


「すまない。置いていってしまった」

「ひぎゅぅ……うぎゅぅ……」

「すまない。その……あまり泣かないでくれ」


 子どものように泣かれるとどうしていいか分からない。

 撫でられるのが好きなようだから、そっと優しく撫でる。そうしているとだんだん落ち着いて嗚咽が止んでいく。

 そうして俺もほっと息を吐いた。


「朝食を食べるんだが、行くか?」

「きゃう」


 えさえさと俺の肩によじ登り返事をする。それを見て再び自室を出た。

 廊下ですれ違う使用人たちに謝り守護獣にも「きゅぅ…」と謝らせ、もう一度食堂へ戻るとほっとした様子のハインとやれやれと肩を竦める彼女がいた。


「……すまなかった」

「いえ」


 気にした様子なくハインが一礼して食事の準備へ戻るのを見届け、俺も席に座る。そうすると守護獣がてんっとテーブルに乗った。


「辺境領では忘れるなんてなかっただろう? 」

「同室のガードナーと話をしているその間に起きて俺の後をついてきていたんだ。野営でも膝か肩の上で、警戒しなければいけないからさほど深く眠れていたとも言えない」

「なるほど。まあ、今後は気をつけてくれ」

「気をつける……」


 守護獣も反省したように小さく鳴いた。それを聞いた彼女が微かに口端を上げる。

 それからすぐに食事が運ばれ、使用人たちに再び謝りつつ食事をすることになった。






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