68,数奇な守護獣
(――なるほど。そういうことか)
守護獣の動きに陛下も片眉を上げて読み取ろうとしている。
……これは少し難しいかな。そう思ったので少しだけ手助けをする。
「ギルベール様が王宮でお生まれになられたなら、歳の近いユリフォード殿下とギルベール様は王宮では幼い頃からご一緒に過ごされたのですか?」
「うん、そうだよ。私が二つ上だから、従兄弟とはいえ弟ができたみたいに思っていたんだ。ギルベールとは外より部屋の中で過ごすことが多かったから、もしかして、守護獣が近づけなかったのはそういう理由もあるのかな?」
「……そう、かもしれませんね」
「王族ともなれば幼い頃から危険を想定されますから、無理もありませんね」
一瞬、ギルベールの表情が固まったように見えた。けれど今はそれにはなにも言わないでおく。
ギルベールの守護獣は先程までより近くなった陛下の守護獣が気になって仕方ないようで、ぶるぶる震えているばかりだ。
「――……待てよ」
何かに気づいたように陛下が音をこぼす。それにわたしたちの視線も向いた。
陛下は古い記憶を呼び起こすように僅か眉根を寄せ、口許に手をあてている。
「ギルベールが産まれるという頃、おまえたちに万一のことなきようにと守護獣におまえたちの護衛を任せた気が……。フィリーシア。憶えているか?」
「よく憶えております。私たちもギルベールさんの誕生を喜んで、ユリフォードがとても嬉しそうにしていた時期でしたから。陛下は普段から守護獣を顕現させることがありませんので『守るべき者の傍につけておくほうがいいだろう。赤子には危険も多く、守護獣の力で防衛も難しい』と…そのように。ユリフォードはギルベールさんが産まれる前からすっかり兄のつもりでしたから」
「……そうだ。だから守護獣に、全ての危険からユリフォードと産まれてくるギルベールを守るようにと命じたんだ。幼いながらにユリフォードはギルベールの面倒をみたいとすっかり兄のつもりだったからな。体調を崩しがちな義妹殿に代わり子守もして、夜も傍を離れようとしなかった」
子たちが知らぬ昔の話。聞かされる当事者たちは少し驚きをみせて聞き入っている。
陛下はだんだんと記憶が鮮明になってきたのか「うむ。間違いない」と頷いている。けれど、すぐにその表情が怪訝としたものに戻った。
「しかし、それは関係ないか……」
「だからじゃないの?」
きょとんとした声に皆の視線が向く。向けられても平然と、首を傾げたアンシェ王女は続けた。
「お父様のその子は、お父様のご指示どおりに、近づいてくる危ないものからお兄様とギルベール様を守ったのではないの? だって、ギルベール様の守護獣はもっと大きくて、お部屋を壊してしまうのでしょう?」
「「「…………」」」
そうである、と言いたげに陛下の守護獣がさも当然かのように頷いている。ギルベールの肩の上で守護獣が愕然とした顔をした。
「……しかし、ギルベールの守護獣だろう?」
「陛下。ご覧ください。ギルベール様の守護獣はまるで子どもです。人間でも子どもはなにをするか分かりません」
陛下も親だ。子育てに積極的に加わることはなくても、今のこの親子関係を見ていると話はきちんと聞いている人だろうと思われる。
そう思ってギルベールの守護獣を指し示して言うと、陛下には非常に微妙な顔をされ、ギルベールの守護獣は顎が外れそうなほど愕然とし、ついでにギルベールもなんとも言えない顔になった。
言葉が出ないのか、陛下は額に手をあてて少し項垂れてしまう。
シルティの情報本には守護獣について面白いことが書いてあった。
守護獣とはそもそもなんなのか。――守護獣の中にいる、存在しない生き物の姿をしているものについて。
『ロドルス国に来て陛下にご挨拶して、守護獣を視た。……驚いた。まさかギルベール様と同じ守護獣がいたなんて。二体が同じ国で、それも近しい人の中に生まれるなんて、とても珍しいこと。ギルベール様はご自身に守護獣がいないと思っていらっしゃるけれど、もしかすると、守護獣の中で最もつき主に忠実なかの守護獣の存在が関係しているのかもしれない。……今はまだお伝えできない』
シルティは陛下の守護獣とギルベールの守護獣を視たとき、非常に驚いたと日記に書いてあった。
記されていた守護獣に関する記載を読んでわたしもそれには非常に納得した。確かに珍しいことだと。
(この守護獣自体が非常に稀で、しかも二体がこれほど近くにいることも稀有だ。こればかりは巡り合わせだな)
ひょいとギルベールの守護獣の胴を掴み、陛下の守護獣の前に差し出した。
ぎろりと向けられる鋭い六つの目。見られていることにふるふると身を震わせて、逃げねば死ぬというようにばたばたと必死な抵抗。陛下の守護獣の首が一つギルベールの守護獣に近づくと「ぴぎゃあぁぁっ」と泣き出してさらに必死になって暴れだす。終いにはギルベールに向かって助けてアピール。
わたしに虐めるような趣味はない。すぐに手を離すと、目で追えない速さで横を取り抜けギルベールに突撃した。ぎゅぅっと小さな手で必死に服を握りしめる姿にギルベールが眉を下げて撫でている。
「……随分と父上の守護獣に怯えるんだね」
「よほどに、近づくんじゃねえと威嚇されたのが堪えているのでしょう。言ってしまえば、成人済みの大人が生まれたばかりの赤子に本気で怒るようなものですから」
「……ギルベール。すまん」
「へ、陛下がお気になさることではありません。どうか顔をお上げください」
思わぬ原因に陛下は堪えたようだ。……まあ、もっと深刻な問題でも出るかと思えばまさかの答えだから、無理もないだろう。
こればかりは巡り合わせだ。誰の責任でもない。
「守護獣がいるかいないかは、大して気にしたことではありませんし、今はこうしているのだと分かって、視て、触れることもできます。それで充分です。私はただ、私が為すべきことを為すだけですので」
「……そうだな。今後はこういった守護獣に関することで力を借りるぞ」
「はっ」
指示はやり遂げたと判断したのか、陛下の守護獣が姿を消した。それを認めてギルベールの守護獣がほっとしている。
それを見て、ユリフォード殿下がくすくすと喉を震わせた。
「ちょっとは克服できるかな?」
「大丈夫でしょう。今後の慣れと、守護獣自身が成長すれば」
「守護獣の成長か……。確かに、守護獣は主が子どものときには同じようにどこか子どものようでもあるな。そこから共に成長する」
……のだけれど、と続くように、陛下たちの視線が一点を視る。
撫でる指を掴んで自分の頭の上に持っていこうとして、でも届かないから「うきゅうきゅー」と鳴いてギルベールに撫でてアピールをしている小さな白い子。ギルベールが撫でると「うきゅ」とそれは嬉しそうで、手を止めるとまた鳴いてアピールをする。
「……うむ。成長な、成長。きっとこれからだろう」
「はい。これから二十年分を取り戻さなければ」
「それは……なんだか大変そうだ。ギルベール。何かあれば遠慮なく言ってほしい」
「感謝いたします……」
ギルベールの表情は非常に渋面であったけれどこれは仕方がない。「頑張ろうか」と伝えると、すでに疲弊していそうな息と「ああ…」という了承が返ってきた。
お読みくださりありがとうございます。作者の秋月です。
これにて第一部は完結となります。次から第二部に入りますが、それまでに番外編を更新していきます。第二部はその後に……。
それでは、引き続きお楽しみいただけるよう更新を頑張ってまいります。




