67,なぜ落ちこぼれになったのか
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現在のギルベールの屋敷、つまりロザロス公爵邸でないことは分かっていた。もしもそうならば守護獣はギルベールが産まれたときに視えていたはずだ。
だが、これまでずっと視られることはなかった。
守護獣は、つき主が誕生したそのとき、その傍に生まれる。
それが守護獣の誕生だ。だから、ギルベールのときもそうだったはずだ。だが結果としてギルベールはこれまで守護獣なしとされていた。
つまり、生まれた守護獣はギルベールの近くにいなかったということになる。
(――……というのがシルティの日記に書かれていた彼女の推測)
獣人は守護獣が視える。シルティにはギルベールの守護獣も陛下の守護獣も視えていた。
とはいえ、視えることは秘密にしていたし、伝えたとしても、信頼関係を構築できていないギルベールは信じることも難しかっただろう。
(とはいえ、ギルベールの守護獣のこの怯えようは書かれていなかったから、ここからはシルティも知らなかったこと)
目の前にある情報を整理し、つなぎ合わせる。
ギルベールはなにを聞くのかと不思議そうに首を傾げた。
「そうだが……? 俺が産まれたとき、両親はまだ王宮で過ごしていた。俺が四歳のときに辺境領へ移ったんだ」
「妃殿下。王宮の産室は貴族の私室程度の広さですか?」
「ええ、そうね。寝室と変わらないくらい」
思い出しながら答えてくださった妃殿下は最後には確信を持つように頷く。それを聞いてわたしも確信を持った。
「それがどうした?」
「ギルベール。想像してみろ。産室にこの子が生まれたばかりの姿、つまり本来の姿で顕現したら、どうなる?」
「どうって――……駄目だな」
ギルベールの想像の中では、産室崩壊だけでなく建物まで半壊させて元気な声を上げる守護獣が浮かんでいることだろう。
なにせこの姿で慣れてしまいがちだが、本来の姿は大きい。背を伸ばして翼を広げて顕現するには社交会場でも要るのではないかと思うくらいには大きい。
「どういうことだ?」
「私の守護獣は今はこのような姿なのですが、これは仮の姿なのです。本来はもっと大きく、とてもではありませんが部屋には入りきりません」
「なんだと?」
陛下が少々前のめりになった。陛下はどうやら好奇心溢れる御方らしい。
おそらく、自分の守護獣のこともあって、守護獣のことは人一倍知りたい欲があるのだろう。
わたしはギルベールの肩に乗る守護獣を掴み、目の前に下ろした。
「君はギルベールが産まれたとき、傍に顕現すれば建物を壊してギルベールを殺しかねないから、第二に己の在る場所ともいえる空にいたんじゃないか?」
「きゃう!」
ぶんぶんと元気に首が縦に振られた。
「「「…………」」」
衝撃の事実に沈黙が落ちた。
陛下もユリフォード殿下も、妃殿下もアンシェ王女殿下も目を瞠り、ギルベールは唖然としている。
守護獣は人間の言葉を理解している。だからこそ指示に従い、侮辱する者には怒る。
理解するから肯定も否定もできる。言葉で伝えることはできずとも、言葉以外で伝えることはできる。
ギルベールの守護獣は必死に伝えてくれた。
ギルベールを見てぱあっと表情を明るくさせ、てちてちと近づいて……けれど足を止めてくるりと身を翻すと、まるで獅子が「がおー」とでも言うように短い両手を必死に挙げて目尻も吊り上げ「うっきゅー!」と周囲を威嚇する。また身を翻して、今度は泣きそうな寂しそうな顔をしてギルベールから離れると、うろうろとその場を円を描くようにひたすら歩く。
謎の暗号を見つめる男性陣がなんとか読み解こうと思案の表情をみせる中、妃殿下とアンシェ王女殿下が「なにを伝えたいのか分からないけれどとにかく可愛い!」「怒ってたのかしら? 可愛いっ!」と、精一杯の行動を別の意味で賞賛している。
(読みとってくれるのを待とう。わたしには守護獣の声が聞こえるなんて言っても面倒になるだろうし)
なので、後は任せることにする。
可愛い姿に盛り上がりつつも、アンシェ王女殿下は守護獣の行動から分かることをまず述べた。
「ギルベール様が産まれて……守護獣も嬉しいってことよね?」
守護獣が首を縦に振る。
「であるならば、空で生まれてからすぐにギルベールの元へ向かうだろう? その大きな姿では入れないということか?」
「それは確かに……。小さくなれていればそのときすぐにでもそうして私の元へ来ていたはずです」
守護獣はまたギルベールにてちてちと近づいて、足が止まって、がおーっとする。そして今度はそーっと陛下の方を見た。
さっきはなかった目に陛下は瞬く。
「……私は、ギルベールが産まれたときにおまえを視ていないと思うぞ?」
守護獣が首を横に振って、陛下の傍――なにもない場所を視る。それを見たユリフォード殿下が何かに気づいた顔をした。
「もしかして……父上の守護獣に威嚇された……?」
ぶんぶんぶんっとさっきまでより激しい肯定の首振り。再びの沈黙。
額に手をあてた陛下は長い息を吐くと「つまり…」と若干脱力した声を発した。
「おまえはギルベールの傍へ行こうとしたが、私の守護獣が威嚇してそれを阻んだ、と……?」
「きゃう!」
「なぜだ!?」
陛下がぐわりと自分の傍に問いかけた。それに応じるように陛下の守護獣が姿を視せる。
三つある首のうち怒っているようにみえるそれがギルベールの守護獣を睨むと、ギルベールの守護獣はびくりと肩を跳ねさせてえさえさとギルベールのもとに駆け寄って肩に避難する。
ギルベールは手を添えて受け止めつつも、少し困惑気味に陛下の守護獣を視た。さすがに思わぬ事態になっているんだろう。
陛下もまた衝撃を受けつつも、決して己の守護獣を声高に咎めることなく、冷静に問いかけた。
「今、かの守護獣が言ったことに間違いはあるか?」
ふるふると首が横に振られた。素直な肯定だ。
だからこそ陛下はどうしても困惑しながら、問いを続ける。
「なぜ、そのようなことをした? よもや……ギルベールを陥れるためか?」
ふるふると首を横に振った。
さすが陛下の守護獣だ。その問いの意味をしかと理解している。陥れるという単語に「きゅ?」と不思議そうに首を傾げた子ども守護獣とはやはり成長具合が違うようだ。
陛下の守護獣は徐に歩きだすと、ユリフォード殿下を見てその後ろを通り過ぎ、ギルベールを見て、両者の間にすとんと腰を下ろす。そして私を見て一つ鳴いた。




