66,異なる苦悩
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騎士団へ戻ろうと思ったのだが、そんな俺を逃がすつもりはないように「詳しく話そう」とにこりと笑顔でうずうずしている様子の陛下に言われ、隣で同じようににこにこ笑みを浮かべるユリフォード殿下にまで無言で求められ、俺はそれに応じることになった。俺に断る権利はない。
彼女は先に屋敷へ帰そうと思ったが陛下と殿下のご厚意で同席することとなり、俺たちは王宮にある庭でゆっくり話をすることになった。
「「か、可愛いっ~!」」
テーブルに乗った俺の守護獣が、愛嬌ある丸い瞳をくるりとさせてこてんと首を傾げた。それを見つめて「きゃあっ」と一際声を上げる一人の女性と一人の少女。
たまたま親子水入らずで王宮の庭を散歩していたところに遭遇し、陛下が「ちょうどいい」と軽く誘ったお二人である。
「ギルベールさん、なっ、撫でていいかしら?」
「どうぞ」
「わ、私も!」
最初こそ目の前の二人に驚いて少々びくついていた守護獣だが、お二人に害意はないとすぐ分かったのか、すっかりされるがままに撫でられている。どうやら俺の守護獣は撫でられるのは嫌いではないようだ。
そんな微笑ましい光景を傍に、陛下は喉を震わせた。
「驚いたぞ、ギルベール。よもやおまえが私と同じ、存在しない姿の守護獣を持っていたとはな」
「私も初見は驚きました。陛下の守護獣もそうであったとは知らず……」
「おまえが王都へ来てまだ三年ほどだ。私も守護獣は出さないからな。知らなくて当然だ。城中でも知っている者はごく僅かしかいない」
そんな陛下の守護獣は、謁見の間で顕現以降は姿を消している。
守護獣は誰にでも視えるよう顕現することもできれば、誰にも視えないよう隠形もできる。隠形していても主はその存在を感じとれるというが、俺の守護獣は一切隠形しないのでまだそれが本当なのかは実感できていない。
謁見の間で陛下が俺の守護獣に気づいたのは、陛下の守護獣がなにかを訴えたからだろう。
俺の守護獣をなでなでしている一人、王妃フィリーシア様はその笑みのまま教えてくれた。
「陛下は私にも一度しか視せてくれませんでしたから、皆が知らぬのも無理ないことです」
「私はお兄様と一緒に視せていただきましたわ。ね? お兄様」
「そうだね」
「……おまえたちはしつこかった」
若干、陛下が思い出して頬を引き攣らせているのがそのときの苦労を如実に感じさせる。……陛下も大変だったようだ。
その苦労を察する俺の前で、フィリーシア妃殿下は僅かにその笑みを曇らせた。それを目敏く見つけた陛下はフィリーシア妃殿下の頬にそっと触れる。
まるで安心させるような微笑みに妃殿下も笑い、陛下は俺に視線を戻した。
「私が産まれたとき、なんと奇妙な守護獣かと産婆たちや医官が騒いでな。守護獣はなにであったかという話は意図的に伏せられ、犬だと誤魔化すことになった」
「それは……少々無理があります」
「ははっ。ただ幸いだったのは、王家にはこういった守護獣の記録がもう一つあったことだ。おかげで両親やそれを知る者からはさほど動揺なく受け入れてもらえた。とはいえ、なるべく出すなとは言われたがな。守護獣を出すこともそうそうなく過ごせてなによりだ」
陛下が守護獣を出さないのはそういった理由があったからなのか……。
しかし俺とは違い、知っている者がいてその助力もあってここまでやってくることができた。陛下に向かって「守護獣を視せて」などと言う者はまずいない。……身内は除外して。
(陛下は、俺とはまた違う苦境を経験なされていたのだな……)
いないとされた俺。いるけれど視せられない陛下。
比べるなど不敬だが、どうしても浮かんでしまう。
「陛下。お尋ねしてよろしいですか?」
「うむ」
俺の隣に座る彼女が、紅茶のカップをソーサーに戻す。
「その王家の記録には、どのような守護獣が記されていたのです?」
「記録にあったのは、翼を持つ純白の馬、だった。そのような馬はいないだろう? 私も記録でしか見たことがない。王家にある記録は色々と調べてみたが、私やギルベールの守護獣については記されていなかったな」
「なるほど。……では、国もしくは大陸のどこかには、その守護獣を持つ者がいるかもしれませんね」
「それは……確かにそうだな」
俺も思わず納得した。
一度守護獣としてその存在が確認できたのならば、今もまた同じ守護獣を持つ者がいるかもしれない。
(その誰かは、他者と違う守護獣に悩み苦しんでいるだろうな……)
「……陛下。なんとか、その……こういう守護獣もいるのだと民に広めていくことはできないでしょうか?」
「そうだな。私とおまえがそうあるのも何かの運命かもしれぬ。様子をみながら少しずつ広めていこう」
「お父様は皆に視せてしまったのでしょう? ならばまずは貴族社会でもちきりの話題になること間違いなしです」
「はっはっは。私とギルベールが注目されてしまうな」
陛下は軽く笑うが、俺としては俺が目立つのはあまり好ましくない。なんとか陛下だけでどうにかならないだろうか……。
そんなことを思う俺の胸中などお見通しなのか、陛下はにこりと笑みを浮かべて「おまえもだからな?」と念を押してくる。……逃げられない。
黙るしかない俺を見て小さく笑ったユリフォード殿下が、その視線を俺の隣に向けた。
「ところで夫人。先程重鎮たちを煽ったのはわざと?」
「まさか」
……嘘だな。
「彼らはギルベール様の守護獣を守護獣と認めぬという主張でしたので、それを確認し、もう一人の守護獣を相手にしますか? とお尋ねしようと思ったのです。その前に殿下が収めてくださいましたので助かりました」
「もう一人……? 守護獣は一人一体ではなかったかな? あなたに守護獣はいないのだよね?」
「ふふっ。ええ、そのとおりです。ですがギルベール様にはもう一人おりましてね。元はイーヴァ伯爵の腹立たしい一言だったのですが、それを逆手にとってしまおうかと――」
「!? それに関しては俺はそうするつもりはないと言ったはずだが!? あなたもそれには納得してくれたのではなかったのか!?」
「鮮明に、はっきりと、憶えていますよ。あの男がほざいたのですから、そうなってお返ししたところで正当でしょう? 守護獣は主への侮辱に怒る。当然です」
「守護獣以上に厄介だからやめてくれるか!?」
未だに根に持っているらしい。
俺は止めようとするが隣の彼女は「ふふふっ。どうしようかなー」と冗談なのか本気なのか……いや。これは本気だな。
脱力して頭を抱える俺に「きゅう?」と撫でられから戻ってきた守護獣が心配するように見上げてくる。
撫でると嬉しそうな顔をして、俺の指を掴んですりすりと頬を摺り寄せる。……なるほど。これが癒しというものか。
「夫人。……どういうことかな?」
「……陛下の御耳に入れるのは少々心苦しいのですか……」
……本当にそう思っているのか甚だ疑問が浮かぶ。
「構わん」
「では失礼して」
あっさりと失礼をするな。あっさりと引き下がるな。
「わたしがギルベール様と社交界に出るようになった当初のことでしたか……。イーヴァ伯爵が『陛下はギルベールが守護獣を持たぬから、獣人を守護獣としてつけたのだ』と言っていたのです。ですので、お望みどおり守護獣としてちょっとお返ししてさしあげようかなっと。だって守護獣が主の侮辱に怒るのは当然のことでしょう?」
にこりと、それはもう清々しい笑みは内容に似合わない。一瞬理解が遅れても無理もないと思う俺の前で、陛下たちはきょとんと目を丸くさせた。
しかし、それに対しては少々耐性のある陛下がいち早く復活し、面白い話を聞いたかのように声を上げて笑いだした。
「ハハハッ! やはり夫人は面白いな! しかし、ギルベールには守護獣がいることが分かった以上、今後は妻としてギルベールを頼む。なにやらとんでもないことになりそうだ」
「承知いたしました」
「シルティ様って意外と過激だったのね。びっくりしました」
「ふふっ。夫を守るは当然のことです」
「幸せ者だな、おまえは」
「……頭痛がひどいのですが」
苦笑いが浮かんでいたり笑っていたりする中、俺はため息を吐くしかない。
そんな俺を見つめていた守護獣が、ぱたぱたと飛んで肩に乗るとすりすりと頬を寄せてきた。
それを見ていた少女、アンシェ王女殿下が不思議そうに首を傾げる。
アンシェ王女は現在十歳。陛下にとっては初めての娘であり、長兄次兄に続く三番目の御子だ。金色の髪と薄青の瞳は母であるフィリーシア殿下と同じ。
「それにしても、ギルベール様の守護獣は随分甘えたさんなのね」
「ええ。守護獣のこんな姿、子どもたちのときでも見たことがないわ」
「ギルベールの守護獣はどうしてギルベールが産まれたときに出てこなかったのかな?」
「ふむ……」
俺の守護獣に残る疑問。
陛下も不思議そうにじっと俺の守護獣を見つめる。守護獣もそれに気づいたのか、こてんと首を傾げる。
しかし不意に身体をビクンッと跳ねさせると、あわあわと俺にしがみついた。
「どうした?」
まるで、なにかに怯えるような態度。今まで平然と妃殿下や王女殿下に撫でられ、王太子殿下にも陛下にも平気そうな様子だったのに突然こうなると、こちらとしても戸惑ってしまう。
短い手を俺の頬に回し「きゅぅきゅぅ」と切なげに鳴く。しかしあいにく、何を言いたいのか俺には分からない。
「――……ギルベール。聞きたいことがあるんだが」
「ん?」
隣に座る彼女が俺の守護獣を視て、俺に視線を戻した。
「君、もしかして、産まれた場所は王宮か?」




