64,守護獣にあらず
謁見の間を埋め尽くしてしまうほどの驚愕の声に、俺の守護獣がぎゅっと目を瞑って耳を塞ぎ、てててっと俺の足元から後ろへと隠れようとする。
「うきゅぅぅ……」
「だ、大丈夫か?」
突然の大声にびっくりしたのか目尻に涙が溜まっていきそうなので、なんとか頭を撫でて「大丈夫だ」と声をかける。そうしていると涙も引っ込んだ。
ほっとしたのも束の間。思っていたとおり、貴族たちが騒ぐ声が一斉に俺へと向けられる。
「う、ううっ嘘を言うでない! 貴殿は守護獣を持たぬではないか!」
「そうだ! それにそのような奇妙な姿の生き物など見たこともない! 守護獣は存在する生き物の姿。それが守護獣だ!」
「どこぞから拾ってきてそれっぽく仕立てたのではないのか? 此度の戦は守護獣を持たぬが獣の見目であるかの国も動いたと聞く。そういえば、以前もかの国と共謀しようとした者がいたな?」
「そこまでして守護獣を得たいのか? 産まれからやり直すほうが早いのではないか?」
なにを言われようと、もう、慣れている。
守護獣なしの落ちこぼれである俺に今更守護獣がいたとして、結局は俺だけでなく守護獣までが標的になる。
――だから、俺は守護獣の耳を塞いだ。
聞かなくていい。聞かせたくない。おまえには……俺がずっと見捨てていたおまえには、こんな言葉を聞かせたくない。言われるのは、俺だけでいい。
「そのようなもの守護獣にあらず!」
「――ギルベール。やめろ」
怒鳴り、嘲笑する。そんな貴族たちの声が凍りついた。――いや、冷え切った声は謁見の間の空気さえ凍らせ、支配権を奪った。
息を呑んで振り返る。そこに、立ち上がって冷ややかに重鎮たちを見遣る、白銀の獣人がいる。
謁見の間が圧迫感を覚えるほどの空気に圧される。その中を平然と歩く彼女は俺の前で足を止めた。
「君の守護獣は成長しきれていないが、君の心がどれだけ傷ついてきたのかはちゃんと知ってる。相手がそのときどんな顔をするのか、どんな目をするのか、聞こえなくても理解できる。それを、君の守護獣が許すと思うか?」
「っ……」
耳を塞いでいても、俺の小さな守護獣は重鎮たちを睨んでいる。本来の姿であるかのようなその眼光と敵意は俺にも伝わってくる。
以前、俺への悪口に憤り、夜会会場の窓ガラスを割るほどの突風を送り込んだ守護獣だ。
「――……いい……いいんだ。気にするな。おまえが怒るほどのことじゃない。俺は大丈夫だ」
俺の手をゆっくり離すように、守護獣がくるりと俺を振り返る。
その目からは怒りが感じとれて、だからもう一度はっきり首を横に振る。
「いいんだ。……ありがとう」
「うぎゅぅぅ……」
……非常に不服であるという顔をされた。こんな顔をされたのは初めてだ。
しかし理解してくれたのか、ぱたぱたと飛んで俺の肩に乗ると、ぴたりと俺の頬に手を回してすりすりと頬を寄せた。慰めてくれるようで少しだけ心が安らぐ。
「――さて」
……安らいだ心に不安が増幅する。
「皆さま、よかったですね。ギルベール様に感謝するといい」
「なっ、なにを言っている!」
「なにが感謝だ! その生き物はこちらを攻撃しようとしたのではないか!? 飼い主としてその責任はどうとるつもりだ!」
「そもそも! それが守護獣であるという証明は!? なぜ今になって出てくる!?」
再び唸り声を上げそうな守護獣に触れてなんとか宥める。ちらりと陛下を見るが、どうやら口を出すつもりはないようだ。
(確かに、俺の守護獣には不可解な点が多い。証明できなければ……)
――……それでも、こいつだけは守りたい。こんな俺を見捨てずに力を貸してくれた守護獣だ。
(それに……)
前に立つ彼女を見上げると、そこに不敵な横顔がある。
「陛下。少しお時間をいただいてよろしいでしょうか?」
「構わんぞ。私もギルベールの守護獣には人並以上に関心がある」
鷹揚に頷いた陛下は咎めることもない。俺としては制止してくれれば非常に助かるのだが、そうはしてくれないらしい。
隣にいらっしゃる王太子殿下まで陛下に似た顔をするので、誰か制止できる者を呼んでほしいのが正直なところだ。
彼女は「ありがとうございます」と陛下に礼を言うと、重鎮たちへ再び向き直る。
「守護獣という存在がどういうものかをいま一度学び直されたほうがよろしいのでは?」
「なんだとっ……!」
「あなたの隣にいる相手があなたに向かって怒った。それだけで責任をとれというのならキリのない話です。今ここであなたの守護獣がわたしに怒れば、責任をとっていただけるのですか?」
守護獣というものは生まれながらに主の傍に在る。
俺にとってはあまりにも馴染みのない言葉だが、守護獣は主を守る、というその存在意義ならよく解る。
他者からの物理的攻撃からも、言葉や態度からも、こいつは俺を守ろうとしてくれている。
「ギルベール様の守護獣はとくに、これまでギルベール様の御心がどれほど傷ついてきたかをよく知っています。その傷をさらに広げようなど――怒って当然でしょう?」
彼女の瞳が光ったように見えた。守護獣が俺の肩で「そうだそうだ」と訴えるように「きゃうきゃう!」と鳴いている。
――止めるべきなのに、今はただ、その横顔を見ていたいと、そう思った。
視線が逸らせずに、見つめてしまう。
「それに、守護獣の姿は存在する生き物の形である、と、誰が決めたのです?」
「誰もの守護獣がそうだ!」
「フンッ。そもそも、さも詳しいかのように言っているが、夫人は守護獣のいない者、いない国の生まれだ。そう偉そうに言える説得力がどこにある?」
……それは一理ある。彼女は守護獣のいない国の生まれであり、守護獣のいるこの国の者とは違う。
その違いを突かれることに、俺は無意識に拳をつくった。
『そもそもにあんたらが守護獣って言ってるそれは、ファルダ国から流れたもんだからな』
ふと、オスカー殿が言っていた言葉を思い出した。
(もし本当にそうならば、ファルダ国王家の姫君である彼女はこの国の者より守護獣について詳しいということに……? 獣人には守護獣が視えているとのことだし、俺のこの不可解な守護獣についてもオスカー殿たちは何か知っているようだった)
目を瞠って見上げる。その先で一つのため息がこぼれた。
「つまり、存在しない姿をしている守護獣など守護獣ではなく、そんな妙な姿のものを持つなど落ちこぼれだと。その主張を変えないわけですか」
「当然だ!」
「神より授けられし神聖なる守護獣を冒涜するなど如何に夫人とて許されるものではない!」
「陛下! 即刻夫人を拘束すべきです」
「!」
重鎮たちがいきり立つ。俺が思わず立ち上がり反論しようとすれば、それは彼女に制された。
このままでは拘束されかねない。俺は声を潜めつつも言葉を止めることはできない。
「止めるな。このままではあなたがっ……」
「問題ない」
「だが!」
「彼らは気づいてない。自分たちがとんでもないことを口走ったことに」
……とんでもないこと?
分からずに怪訝としていると、空気に支配されない足音が聞こえた。




