63,頑張っていたんだけれど…
♢
彼女が完全に復活したことで俺たちの移動は馬に戻った。
前を行く騎士団に追いつくため馬を走らせ、往路のように彼女がサポートし、三日で合流することができた。
バートハート殿はすぐに全権を俺に戻してくれた。彼女のことも案じ、心配ないと分かると安心してくれた。
……ありがたいと思うが、言えないこともある。国と王家に仕える身である以上こういった秘密は付きものだ。
王都への帰還路を問題なく進み、俺たちは王都へ戻ってきた。
騎士団が国境線に出たことはすでに民も知っていたのだろう。帰った俺たちを道の両端で出迎えてくれた。
俺の前に見える第三師団や第二師団の面々の中には手を振って応じる者もいる。民の中にはこれから騎士を志すことになる者も、憧れを抱く者もいるだろう。騎士団というものの広報的な役割もあるのだろうと、頭の中では理解する。
だが、俺は手を振るつもりも、愛想を返すつもりもない。
俺は――それをするべき者ではない。だからただ、前を見て進む。
腰のあたりがもぞりと動くが、さりげなくマントに触れて決して周囲の目に触れないよう隠す。
『君の守護獣は民に見せないほうがいい。今はまだそれが表に出ると混乱を生むだろうから、陛下の元へ行くまで隠そう。隠形させたほうがいいが――……ああ。どうせしたくないんだろう? 分かった分かった』
『シルティ様。師団長格が出陣時や式典時に身に着ける裾の長いマントがありますが?』
『それを使おう。君はギルベールの腰のあたりにくっついてなさい。馬上ならマントをたごませれば誤魔化せるだろう。絶対にギルベールがいいと言うまで出てくるな』
俺の守護獣は是が非でも隠形はしたくないらしい。離れんぞと言わんばかりにひしりと肩にしがみついていた。
守護獣は本来、実在する動物の姿をしている。しかし俺の守護獣はどうやら違うらしい。少なくともこんな姿の生き物は見たことはない。必然、目に入れば混乱を生む。
なので、俺も隠すことには異存はなかった。それに、俺の守護獣以上の動揺が生じるだろうことを予想していた。
「さすがに民も驚いてますね」
「まあ、仕方がない」
ガードナーの苦笑に俺はちらりと後ろを見る。
俺の後ろにはガードナーと彼女が並び、その後ろを騎士たちが部隊ごとに整列して進んでいる。
当然、この中で獣人は一人だけ。それも王都民にとっては忌避が強い存在。
驚いた顔を見せ、隣の相手とこそこそと話をしている。後ろにいる部下たちの苦笑いが目に浮かぶようだ。
俺も内心でため息をついたとき、視界に誰とも違う反応をしている子どもが見えた。
彼女を見て驚いた顔をして、しかし、ぱっと表情を明るくさせる子ども。
(あの子は……たしか、以前町で彼女とひと悶着あったときの)
石を投げた子と友人だったらしい、本当のことを話してくれた子どもだ。傍には石を投げた例の子どももいるが、彼女から隠れようとしている姿には思わず笑みが浮かんだ。
あの子なりに反省しているんだろう。どうか、これからは獣人というものに忌避を抱かないことを願う。
子どもの姿に彼女も気づいたのか、後ろから「ふふっ」と笑う声が聞こえ、子どもの顔に笑みが浮かんだのが見えた。
隊列は進み、王城へと着いた。
各師団は騎士団へ戻り、俺と彼女、バートハート殿とボルダッツ殿で陛下の待つ謁見の間へ向かう。
謁見の間の扉は大きく重厚だ。この奥におられる御方の威厳を感じさせる。
息を吐いて、俺は衛兵に自分の剣を預けた。
帰還そのままの挨拶故、バートハート殿やボルダッツ殿は腰に剣を佩いている。
だが俺は、陛下に会うときにはいつも剣を佩かない。陛下が「よい」と言っても出陣前の挨拶でも衛兵か副官に預けて下がらせ、御前に出る。これはもうこの身に沁みついた行動だ。
両脇に控える衛兵が扉を開ければ、その中が見えた。
扉からまっすぐ伸びる深紅の絨毯。その奥、数段上にある玉座に座るロドルス国国王キーフディクト陛下。その隣には王太子殿下の姿もある。
そして、左右に並ぶ政治の中心を担う方々や軍部の面々。勢ぞろいで出迎えてくれたようだ。
まっすぐ歩いて進めば進むほど、突き刺す視線は肌を刺す。大半の視線は俺と彼女に向けられているものだ。
ちらりと後ろを一瞥するが、けろっとした顔で一切意に介したふうもない。
(さすがだな)
この場においてそれだけ肝の据わっている様には感嘆と頼もしさを感じさせられる。
俺たちはそのまま、許される距離まで進み、膝をついた。
「よく戻った」
「第二師団、第三師団、第九師団。国境における戦闘にて帝国兵を退け、無事の帰還を果たしました。国境兵、ファルダ国騎士団の助力もあり、短期にて決着をつけることができました」
「うむ。私からも労おう。ジェラル・バートハート第二師団長、ムバルバ・ボルダッツ第三師団長、ギルベール・ロザロス第九師団長、そして、シルティ・ロザロス夫人。よくやった。そなたたちのおかげで帝国の脅威を退けることができた」
「「「もったいない御言葉にございます」」」
深く礼をする。
戦の詳細はまた報告することになるが、とにかくはこれで完了だ。そう思ってほっと息を吐いた。
――ぼてっ
「うぎゅっ」
「「「…………」」」
べちゃりと何かが落下する音と同時に腰元にあった僅かな違和感が消え、潰れたような鳴き声がし、謁見の間に沈黙が落ちた。
「……今、なにか聞こえなかったか…?」
「鼠か?」
「まさか。厨房でもあるまいし」
幸いというべきか、馬上と同じで、膝をつく俺の腰から下はマントが広がり周りには見えていない。
いない、が……、
(落ちたな)
馬上では俺の後ろで馬に乗れていたはずだが、下りてからはずっとしがみついている状態だった。
……さすがに力尽きたらしい。
ちらりと後ろを見れば、彼女とバートハート殿が俯いて肩を震わせ、ボルダッツ殿が「なにやってんだ」と言いたげな呆れた目を向けているのが分かる。……俺も困るのだが。
妙な空気が漂う謁見の間。
なんとかさりげなく守護獣を回収しつつ退室するべきだろうかと思っていたとき、陛下の視線が動いた。
目線だけがすぐ隣に向き、そしてそれが俺に向く。
「――ギルベール第九師団長」
「はっ」
「そなた……何か隠しているな?」
にやりと上がった口角。好奇心を見せる瞳。早く見せろと言わんばかりの笑み。
俺は陛下のそんな表情に刹那言葉に詰まった。
そのせいもあるのか、途端に周囲がざわめく。
俺が隠し事をしている。それも陛下の前で。そうなると一気に視線が変わる。陛下の御前故口にしなくても、その視線は嫌というほど俺に刺さる。
(そう見られるのも、慣れた)
「――恐れながら申し上げます。陛下」
凛とした声が謁見の間を支配する。誰もの視線がそちらに向いた。
大勢の視線を受けてもにこりとした笑みを崩さない、この場で唯一の人。
「なんだ、シルティ殿」
「勝利の凱旋に皆さまの気分も高揚なさっておられる様子。せっかくの朗報に重ねる吉報が、この空気では台無しになってしまいます」
「ははっ。皆はどうやら誤解したようだな」
陛下は鷹揚に笑い、その笑みを重鎮たちに向ける。
陛下の胸中は俺には読めない。だが、少なくともあからさまに駒として使われたことも冷遇されたこともない。時に茶に誘い、雑談をしようと誘ってくださる、心の広い御方であるということは解っている。
そんな陛下の笑みに重鎮たちは頭を下げた。
「私の守護獣が訴えてきたので少々前のめりになってしまったな。言い方を変えよう。――ギルベール。何かあるのだろう? 見せてくれ」
……陛下の御言葉に逆らう資格を、俺は持たない。
ちらりと後ろの彼女を一瞥すると、頷きが返ってきた。
(……こうも大勢の前で見せるのはあまり気乗りしないんだが)
陛下に求められた以上そうも言っていられない。
この後のことを想像してすでに疲弊を感じつつ、俺は右手でマントを広げた。
「おいで」
俺の声に従い、ぺたぺたと出てくる小さな影。
マントを出て俺の傍へ出ると、陛下と王太子殿下が目を瞠り重鎮たちがあんぐりと口を開けた。
「その生き物は……?」
「……私の、守護獣です」
「「「……。……はあぁぁぁぁっ!?」」」




