61,漏れなく道連れで
軽く手を打って空気を切り替える。ギルベールは非常に納得できていない顔をしているけれどひとまずそれはそれで。
騎士たちは先程まで以上に緊張を持って背筋を伸ばす。いい心がけだ。
「――さて。では話を戻すけれど、ここまでの情報を鑑み、わたしから一つ提案がある」
「提案?」
「聞いてしまうと後戻りできなくなる、そんな提案」
事前忠告してあげたのにギルベールが顔を引き攣らせ、騎士たちが恐怖を感じたかのように離れる。心なしか震えているように見えなくもないが、勇猛な騎士たちだ。そんなことはないだろう。
「却下だ」
「ならいいのか? 襲撃を受けた挙句、その相手はファルダ国を装いわたしを殺そうとした。そう報告して」
「っ……」
ギルベールの顔が歪む、
彼だってその危険は重々承知のはずだ。発覚すれば厄介なものを引き寄せ、国が戦乱を迎える。
「……うまく誤魔化す」
「わたし、毒を盛られたんだ」
「はっ……?」
遠ざかっても聞こえている騎士たちが一斉にわたしに向かって首を横に振る。それにはにこりと笑顔を返しておこう。
驚愕と唖然が同居するギルベールは、聞きたいような聞きたくないようなというふうにごくりと唾を呑んだ。
「い、いつ……? というか、それで平気なのか……?」
「体調は問題ない」
「ならいい――……よくない! まさか先日までの体調不良は……!」
目を瞠ったギルベールはわたしを見て察したのか、肩を落として両手で顔を覆った。抱き上げていた守護獣がぼとんと地面に落下する。「うぎゅっ」と潰れるような鳴き声がしたと思うと、うるうると目に涙を溜めてふらふらと立ち上がった。
ギルベールに助けてほしいようだが現在意気消沈中。仕方ないからわたしが守護獣を手招いて、よしよしと抱き上げて宥める。うん。泣き止んだ。いい子だ。
「大したことにならずに済んだ。気にするな」
「それもう俺ら聞いてないって言えないじゃないですか!」
「とんでもない秘密知らされたッ……!」
「うん。これでもし漏れたら犯人を捜しやすい。聞かない選択をしておいて秘密を軽く扱われても困るんだ」
「「「最初から選択肢ないじゃん!」」」
騎士たちががくがくと震えているけれど気にしない。漏れなく引き込まないと意味がない。
「……俺の部下たちを脅さないでくれるか?」
「口外しなければいいんだ。簡単だろう?」
「だいたい、わざわざ部下たちの前でこんな話を…」
「君は彼らを信頼しているんだろう? なら、君の信じる者をわたしも信じるさ」
ぴたりと騎士たちの震えが止まった。僅か目を瞠ってわたしを見ている。隣のギルベールからすら視線を感じる。
そんな視線に笑ってしまった。
「それに、ここに犯人がいれば意味ないだろう?」
「あっ……確かに」
「で、でも……それって根拠ないんじゃ……」
「第九師団にはいないと思ってる。一つは、第九師団は他師団より数が少なく、知らない顔があればギルベールが気づくだろうこと。二つに、第九師団は第二、第三師団に比べて団員たちのコミュニケーションが頻繁で、妙に団内で派閥割れもしていないこと」
悲鳴が上がりそうだったさっきまでとは違い、今は静かに皆が聞き入っている。のんびりなのは私の手の中で寝てしまったギルベールの守護獣だけだ。
その子をギルベールに返しながら続ける。
「おそらく、わたしの食事を準備していたとき、少し場を離れたときに何者かが毒を混入したんだろう。調理場は固まっていたし人も入り乱れていた」
「……味方だけだと油断していた」
低い可能性を無意識に排除する。大勢の味方が溢れる中ではありえないと考える。戦いが終わったという意識と、している行動へとられる思考により警戒が薄れてしまうことがある。そういったことはないほうがいいが、四六時中気を張れというのも難しい話だ。
どこであっても敵がいる可能性はある。そういう思考が身についていればまた違うのだろうが。
ギルベールが険しい表情をしていると、騎士たちの中からトニスが駆け出してきた。
わたしの隣に座るとぐっと身を乗り出す。
「シルティ様!」
「ん?」
「俺、頭あんまよくないんですけど、つまり、シルティ様が毒盛られたり俺らがまとめて襲撃されたのは、師団長を嫌ってる奴の仕業ってことですよね!?」
「そうだ」
「んで、シルティ様はそいつをぶっ潰すためにいろいろ考えてるんですよね? 師団長のために!」
「そうだな」
隣からはぼそっと「俺のため……?」と納得できていないような声が聞こえるけれどこの際気にしない。
トニスはわたしが頷くのに合わせて自分もぶんぶん首を縦に振り、最後には拳をつくった。
「やってやりましょう! 師団長を馬鹿にするなんて許せません!」
「トニス。すぐそうやって。おまえの悪いところだ。冷静になりなさい」
「リグテール先輩は黙ってろっていうんですか!?」
「そうじゃない。ただ、慎重に動かなければいけない。シルティ様に毒を盛った件は騎士団の者がいる中で起こったんだ。外部犯という可能性もあるが、最も考えるべきは、シルティ様を快く思わない騎士が口車に乗せられて…という可能性があるという点だ」
「うぅ~。つまり、どうすればいいんですか?」
難しくなってくるとトニスにはお手上げだ。助けてくれと言わんばかりの顔には笑ってしまう。
リグテールがちらりとこちらに視線を向ける。彼は、若く勢いのあるトニスが暴走しないようにしかと手綱を握ってくれている。よき指導者だ。
(頭もいい。毒はおそらく襲撃者の仕業だが、方法としては彼の言う通り、第二、第三師団内に唆された者がいてもおかしくない)
そんな彼は師団長たるギルベールの指示を待つつもりのようだ。ギルベールも解っているんだろう、はあっと息を吐く。
「全員、他言無用だ。俺たちはあくまで、体調を崩した彼女の様子をみながら合流を目指し、何事もなく追いついた。毒は気のせいでただの食あたりかもしれない」
「はははっ。その日獲った鹿肉だったしな」
「襲撃ではなく、かなり好戦的に示された労いかもしれない」
「はははっ。それは無理があるが、うん。ないとも言い切れないと言っておこう」
「分かったな?」
「「「了解しました」」」
「……トニス。万が一にも口を滑らせた場合、俺はおまえを助けたいが、彼女がどう動くか俺にも予想できない。俺の意見は通らない可能性が非常に高い故、気をつけろ。……命が惜しければな」
「うえっ、は、はいっ……! 俺、師団長についていくんで口にはチャックします!」
機敏に敬礼して覚悟を示してくれるのは好ましい。しかしギルベール、君はわたしをなんだと思っているのかな。
話がまとまったところで、今夜はもう休むことになった。
「その前に、回復したとはいえ毒を盛られたんだ。診察を受けろ」
「不要――」
「受けろ」
「わ、分かった……」




