60,我が道はぶれず
森を出て戻ると、非常に険しい表情をしている第九師団の面々がいた。ギルベールがすぐにわたしに気づいて駆け寄ってくる。
「無事か?」
「問題ない」
「……捕虜は?」
「逃げられた」
ギルベールの眉がきゅっと寄る。いろいろと言いたげな表情だけれど、今は軽く手を挙げて制する。
思うことがあるのかそれとも部下たちの足音が聞こえたからか、ギルベールはそれ以上を言わずに口を閉ざした。
「シルティ様! ご無事ですか?」
「大丈夫だ」
「ご無事でなによりです。……敵は?」
「すまない。拘束したと思ったんだが、上手く逃げられてしまった」
「そうですか……。いえ。こちらもシルティ様にお任せしてしまった責任があります。申し訳ありませんでした」
「気にするな」
リグテールが頭を下げるが、そんなことは気にすることではないので頭を上げさせる。
ここにいる皆の無事を確認、傷の手当ては軍医殿がしてくれたようだ。わたしも一応病み上がりだと思われているから軽く診察を受け、今日はこのままここで夜を過ごすことになった。
天幕を張り、木の枝を集めて火を起こす、少人数行動になってすぐに肉を保存してきたから今日の夕食はそれだろう。
日が落ちれば周りは暗くなる。樹々の揺れる音や動物の気配が昼間よりも鮮明になって感覚を刺激する。
皆で火を囲みパチパチと爆ぜる音を聞きながら、昼間のことについての会議が始まった。
とりあえず、まずはなにがあったのかをギルベールから報告。ギルベールたちも途中で別行動だったようで、各々があったことを話してくれた。その後に馬車警護についていた面々から報告を上げる。それらを聞き、なるほどと頭の中を整理していく。
「敵の狙いはおそらく俺だ。帝国とのことは国同士の条約もあり助勢という形を取らざるを得ないが、反感を抱いている者はいるだろう」
「そりゃそうかもですけど……だからって……」
「師団長。そうなると、ファルダ国の者たちは、国の決まりとはいえシルティ様にも不満を抱いていると……?」
リグテールの言葉にそれぞれの表情も険しくなる。ギルベールも同じだ。眉根を寄せて唇を引き結んでいる。
ギルベールの守護獣は人間たちの話など聞いていないのか、置いてある細い木の枝をぽいっと火の中に放り込み、飛んできた火の粉にあわあわと驚いている。
そんな守護獣を火から少し遠ざけたギルベールは「……すまない」と小さく呟いた。
「あなたは……国内で慕われていたんだろう? なのに……。すまない」
「要らぬ謝罪だ。君たちのその勘違いをまず正そう」
「勘違い……?」
ギルベールも騎士たちも首を傾げてわたしを見る。
火の傍でわたしもまた彼らを見返した。
「あれは、ファルダ国の者ではない」
「なに?」
「え……。でも尖がってたフードも、尻尾も見えましたよ?」
トニスが手で耳をつくりながらこてんと首を傾げる。
そうだろう。それは全員が見ているものであり、わたしも馬車の窓から確認した。
「あれは偽物だ。動物の耳と尻尾を切り落とし、紐に通すなり固定するなりして身に着ければ、遠目から見ては本物に見間違う。わたしが一時捕えた者のそれをひきちぎってみたが血も出なかったし悲鳴も出なかった」
「「ひき……え…」」
「なるほど。外套は正体を隠すためでもあり、偽物だとバレないようにするための……」
「もう一つ。本当にファルダ国の者なら、ギルベールの守護獣の力に対抗するような遠距離攻撃なんて選ばない。確実にこちらを殲滅する気なら、ファルダ国は遠距離攻撃よりも近距離戦を仕掛ける。そちらの方が有利だからな」
「……確かに、近距離戦ならこちらもかなり苦戦するな」
困惑顔だったギルベールも顎に指をそえ真剣な表情をみせる。騎士たちそれぞれも「たしかに…」と頷き合っている。
獣人たちの身体能力がどれほど優れているかは、彼らだって目にしている。
ファルダ国の者たちは守護獣が視える。それは公に知られていることではないが、もしも本当にファルダ国の者なら、ギルベールの守護獣が視え、それがどういう存在なのかも当然知っている。
そんな相手にわざわざ遠距離攻撃なんて使わない。接近して、その風に巻き込みかねないという状況を作り上げるほうが有利なのだから。
(とはいえ、守護獣が視えるというのはまだギルベールにしか言っていないから、騎士たちにもこれはまだ秘密だな)
唯一誰の目にも視えているギルベールの守護獣は、だんだん眠くなってきたのかギルベールの足に捕まってのしのしと足登りを始めた。ギルベールはすぐに守護獣をその手に抱きかかえる。
「えっと……。ってことは、一体誰が仕掛けてきたんですか?」
「ファルダ国の仕業に見せかけて国同士を混乱させ、かつ、わたしを殺して宣戦布告、加えてわたしを死なせたことと襲撃に対処できなかったギルベールの責任を追及したかった、どこかの誰かさんだろうな。それはそれは随分とギルベールが嫌いな」
分かりやすい敵の形に騎士たちが突然に黙り込んだ。なんともいえない表情をして。
とうのギルベールも額に手をあてて項垂れる。――と思っていると、ハッとしたように頭を上げてわたしを見る。
「あの捕虜……わざと逃がしたな!? 仕組んだ奴をあぶり出すつもりだろう!?」
「わたしは君に仇なした者は徹底的に潰すと決めている。……まあ、一応君の意見を聞いておこう」
「今すぐにやめろ」
「それは聞けない」
「俺の意見を聞いてくれるんじゃないのか!?」
「わたしにも譲れないところはある。君に刃を向けた報いは必ず受けさせる。安心しろ。二度と陽の目を見られないくらい徹底的に潰すから」
「なにも安心できない!」
声を上げるギルベールに、眠気が吹き飛んだらしい守護獣がどうしたのかというように「うきゅ?」と首を傾けた。君だってつき主を攻撃されれば嫌だろう? 問うように見つめて撫でてやると、にこにこと嬉しそうな顔で「きゃーう!」と鳴いた。実に愛らしい。
「え……わざと逃がした……?」
「つぶ……シルティ様って実は結構怖い人……?」
「さらっとすぎて一瞬なに言ってんのか解んなかったんだけど」
騎士たちもなにやらぶつぶつ言っているけれど、まあ気にすることはないだろう。
そう思っていると、騎士たちの中でリグテールが挙手をするのが見えた。
「あの、シルティ様」
「ん?」
「シルティ様は、ご無事であられたとはいえ死角から襲われたことについて思うところはないのですか? 仕掛けてきた相手を逃がすなど……。それも師団長の敵を見据えるため……あくまでも己への攻撃ではなく師団長のためと。なぜそのようなことを?」
「思うところはとくにない。わたしになら毒を盛ろうが剣を振りかぶってこようが気にしない」
「「「気にするとこでしょ!?」」」
「それより、ギルベールに同じことをされるほうが重大だな。してくる相手は潰すと決めているから。君たちも気をつけなさい」
「「「はいっ! 師団長に一生ついていきます!」」」
「俺の部下を脅すな!」
「忠告だ」




