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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月


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6,知らない姿

 ~*~*~*~*~*~





 夕食を終えて私室へと戻った俺は、妙に重く感じるような身体のだるさを無視できずソファに座り込んだ。背もたれに身を預け無意識に大きく息を吐く。


(あれが、彼女の素なのか……。随分と空気が変わったな)


 とうとう隠すことをやめたのか。長く辛抱に続けているなと見ていたが、それも昨日まで……いや、高熱を出して倒れる前までということか。

 やめたのならばこれからはその本性が出る。散々聞いている話を思い出して笑ってやろうとして、なのに、全く笑みが出てこない。


『いってらっしゃい』

『おかえり』


 今日一日の彼女の様子が頭に浮かんで仕方がない。


(あんな言葉、いつ以来……いや。初めてか?)


 結婚当初はどうだっただろうと考え、思い出せないことに気づく。


 彼女との婚姻は王命だった。伯父である国王の言葉に異存ありなどと言うことはできない。あのときの俺は反逆者となった父を討ったばかりで、その権利を持たなかった。

 たとえ相手が自分が討ち取った敵大将の、国王の娘でも。


 父はしてはならないことをした。それが現実であり、重罪を犯した。

 敵大将は死してから義父となった。死ぬか殺すかの戦場だった。


 彼女は俺を恨んでいるだろう。国同士の戦となったのは俺のせいだと思っていてもおかしくないし、父を討った相手との婚姻など嫌悪しているだろう。それが当然の感情だ。

 たとえ国同士の決め事でも。個人の感情を律するのは並大抵のことではない。


 だから、妻となった彼女とはあまり関わらないようにした。夫婦というのは決められたからそうあるだけ。中身など伴わなくていい。俺が子を残すこともさして望まれてはいないし、家督だって俺で絶えても大して問題はない。

 少しでも彼女が解放的に過ごせるようにと使用人たちに指示を出し。ある程度の浪費にも目を瞑った。

 そうしてこの二年間を過ごしてきた。


 彼女にはもともと、いい噂がなかった。

 ファルダ国に居た頃も貴族令嬢を全力疾走させて笑い者にしただとか。ナイフやフォークの扱いもまともにできないとか。想い合っていた男女を引き裂いただとか。メイドには怒鳴り散らしてきつく当たっていただとか。

 俺と婚姻しロドルス国に来てからも、泣かせて座り込んだ子爵令嬢を見下ろして高笑いしていただとか。茶会の最中に突然婦人にいちゃもんをつけたとか。屋敷のメイドたちからも宝飾品の浪費が激しいと聞いているし、俺のもとには数々の請求書も届く。


 俺も事あるごとに注意はした。返ってくるのは謝罪と殊勝な態度。そしてまた繰り返す。

 今はもう注意するのもやめた。殊勝な仮面を被るのは素を隠すためで、いつか剥がれるだろうと踏んだ。


 ……そろそろ限界なんだろう。


 かといって離縁はできない。

 彼女にはある程度の予算を出し、別邸で生活させるしかないだろう。そうすれば社交の場に出すこともなくなるが、頭を悩ませるのは同行してくれる者の人選だ。

 ……とはいえ、この家にはそれほど資金に余裕はない。


(頭痛がしてきた……)


 半月前、彼女は高熱を出して倒れた。

 獣人を診てくれる医師を探すのも大変だった。打つ手がなくなり、城に勤める侍医を陛下から借りて診てもらったが薬が効かないと首を横に振られた。


 もともと、人間と獣人では薬や病にも違いがあるのだという。罹る病も効く薬も。だめかもしれないと思い陛下にもその可能性は密かに伝えた。


 しかし彼女は回復した。薬に頼らず死の淵から自力で生還した。

 それが今朝のことだ。


 回復早々平然と屋敷を歩き回って一日中書庫で書物を読むとはなんという回復力かと驚きもしたが、そういえば獣人は頑丈だと言われていると思い出し、こういうことかと実感した。

 しかもよりによって過去の情報紙記事を読んでいた。


(それだけじゃない。机に置いていたのはロドルス国についてや貴族のこと、大陸や他国に関して。……他国に関してはもとより学んでいたものの上書きだろうが……)


 彼女には普段から屋敷内での自由な行動は許してあった。しかし、書庫に入っていたことなど報告に聞いていない。

 つまり、今日突然の行動だ。


 自国を敗北させた、強制的に人質として連れてこられて結婚させられた、そんな国の事をわざわざ――……。


(しかも、夕食でさえ……)


 思い出してしまう。――美味しそうに食事していたあの姿。

 気になった食材を料理人に聞き、答えがないと俺に聞き、答えると「これは美味しいな」と幸せそうに食べていた。


(あれが、これまで俺との食事を嫌がっていた者の態度だと……?)


 屋敷に来てからずっとそうだった。二年間まるまる共に食事をした記憶などない。

 理由は簡単だ。彼女が嫌がった。「あなたと一緒に食事はできない」という伝言を毎回受け早々に食事を共にすることは諦めた。


 なのに今回の夕食。どうなっているのかとため息を吐いてしまっても、誰も答えなどくれない。


『わたしは最初から、君と一緒でも構わなかったよ』


(最初とは、いつからだ……? ああ駄目だ。頭痛がひどくなってきた)


 まさか二年前のことから言っていたのだろうか? あれだけ嫌がっていたのに?


 そこまで考えてから、俺は考えることをやめた。これ以上考えると明日に支障が出そうだ。




 ♢




「……は?」


 聞こえた言葉に耳を疑い思わず聞き返す。普段の自分ならばそうそうしない反応だなと、頭のどこか冷静な部分が俺に言う。

 そんな普段を吹き飛ばすほどに目の前の人物の言葉は衝撃的だった。


「ん? ちょっと町に行ってくる」

「……なぜ」

「町がどんなふうなのか見てくる」


 あまりにも簡潔すぎる理由を述べた彼女はパンを手に取ってぱくりと一口。「焼きたてかな。美味しい」と満足しているようだ。


 昨夜の今日で今度は朝食を共にする。というか、俺が食堂へ来たときにはあたりまえのように座っていて「おはよう」とにこやかに挨拶をくれた。これまでならありえない光景に開けた扉を思わず閉めた。

 幻覚かと思って、けれど扉を開けると「ははっ。面白いことをするな」と笑う表情が見えて、幻覚ではないのだと理解した。

 そして出てきた先の言葉。


(……なぜ、こうも昨夜から頭痛をよこす?)


 なにか、自分への攻撃か。これまで大人しくしていた分これから憎悪返しか? やはり言葉と感情は別だということか?

 じっと彼女を見ているとすぐに視線に気づき「ん?」と首を傾げる。


(町を見てくる……。これまでそんなことは言わなかったし、報告にも受けていない。――……ああ。そういうことか)


 外出目的が理解できた。無意識にため息がこぼれると、彼女はサラダを口にしてから俺に視線を向ける。


「いつものように屋敷へ呼べばいいのでは?」

「わたしは町が見たいだけだ」

「……付き添いは」

「要らない」

「その見目は目立つ」

「隠すつもりではある」


 隠せると思っているのか。呆れた。

 これまで外出したいなど言わなかった。素を出していくからその我慢も必要ないというわけか。


(町へ出るのはあまりいいとは思えないが……)


 屋敷では俺にいちゃもんをつけられ、使用人を通してすぐにバレるから、外に出て自分一人で好きにしようという魂胆だろう。

 町へ出る危険をあまり考えていないのかもしれない。


「何があっても知らないぞ」

「うん」

「……」


 これは本当に解っていないな……。念のため護衛を隠れてつけさせるしかない。


「一つ言っておくことがある」

「なにかな」

「これ以上あなたの行動が目に余るものになるなら、別邸を用意することになる。あなたにはそこで、渡す金のみで生活してもらう」

「それはいい。広くて周りに誰もいないならなおいい。ああ、わたし一人で大丈夫だから」

「……」


 不満や怒りでも出すのかと思えば、まさかの満面の笑みでの承諾。

 食堂内に沈黙が落ちた。使用人たちも唖然としているのが見なくても分かった。


(これが本当に彼女なのか……?)


 素が出た、というにはあまりにも様変わりしているようにすら思えてしまう。

 彼女はいつも言葉も丁寧だった。それさえも演技だったということか? だが、これが素だとしても、その声からは悪女のような棘を感じない。……それさえも演技か?


 駄目だ。まったく分からない。まさかこんな未知に遭遇するとは思わなかった。この二年間はなんだったんだ。


 俺の動揺も煩悶も知らず、彼女は「ごちそうさま」と食事を終えると早々に席を立つ。


「さて。君ももう仕事なんだろう?」

「ああ…」

「うむ。では、いってらっしゃい。わたしも準備を始めようかな」


 そう言うと笑顔になって、食堂を後にしようと扉へ向かって歩きだす。思わずそんな背中を見つめた。







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