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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月


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59/64

59,優しい選択肢

 ~*~*~*~*~*~





「さて。この辺でいいかな」


 とりあえず持ってきた男をそこら辺に投げおいてから手を払い、男にかけている魔法を解くと同時に周りに防音魔法をかけた。範囲は狭く、わたしたちが入ればそれでいい。

 どさりと音を立てて男は身体を地面に打った。少し呻いてもそりと身体を起こす。


 その目はまだ光を失っていない。その眼光でわたしを睨んでくる。

 けれど、その目にあるひどい混乱を消すことはできていない。


「正気は失っていないな?」

「……てめえ、俺になにを……」

「攻撃されれば反撃する。当然だろう」


 動きを封じる、そのために身体を金縛りのように封じる魔法をかけた。ただそれだけだ。……まあ、食らったことのない魔法に相当な負荷はかかったかもしれないが。

 まだ少し動き辛いんだろう。ぎこちない動きでなんとか戦闘態勢をとろうとする。――が、足払いひとつで簡単に転がった。


「世間話をするつもりはないからさっさと聞こう。誰の指示でわたしに()()()()()、襲撃して殺そうとした?」

「……」

「黙秘か。素晴らしい仕事姿勢と称えるべきか、呆れた忠義心と笑うべきか……。まあどっちでもいいか」


 やれやれと肩を竦めて、その髪を鷲掴んで頭を上げさせた。少々呻こうが魔法の名残りで動きは鈍い。

 抵抗されたところで封じる術はいくらでもある。


「君は運がいい」

「……は?」

「君が直接的に狙ったのはわたしだ。だからわたしは君を瞬殺しないし、こうして話をするという選択をした」


 にこりと微笑んでみせる。戸惑っているだろうその表情に、優しく。


「君がファルダ国の者でないことは解ってる」

「……なに言ってる。あんたと同じこの特徴――」

「偽物だ」


 髪を鷲掴んでいた手を離し、代わりにその傍にある偽物の耳に触れ――引きちぎった。


「本当に、手の込んだことをしてくれる。だが、よく考えられてもいる」


 ぽいっとちぎった耳を捨てる。

 ほら。顔を歪めるだけで泣き叫ぶ声を上げないのが偽物の証拠だ。血すら出ていない。


 人間だって、耳を引きちぎられたら痛いだろう? 獣人だって同じこと。


「今ここで、君が泣き叫ぶ拷問をして白状させるのは簡単だ。だが、ギルベールにそんなものを見せたくないから優しくいこう」


 騎士団において尋問や拷問がどう実行されているのかは知らない。

 当然優しいものではないだろうし、ギルベールもそれを知り、行っていることも充分にありえる。それは仕事であり、国を守り、罪を吐かせて裁く手段である。

 わたしがここでこいつを捕えて騎士団に連行すれば、そういうことをされるだろう。


(せっかく手に入ったものをみすみす逃すのは惜しい)


 だから――……。

 男の髪を鷲掴んで目を合わせ、優しい選択肢を与える。


「すべてをここで白状するか、未完遂として主人の元へ戻って死ぬか。選べ」


 与えられた選択肢に対し、男がとった行動は実に暗殺者らしいものだった。

 だが、すぐにはっと何かに気づいた顔をする。それを見てわたしは微笑む。


「ああ。言い忘れていたが、自害用の毒なら君が馬車で気絶していた隙に回収しておいた」


 情報を漏らさぬためにそういった物を口の中に仕込んでいるのはよくあること。


 目の前の男は悔し気に奥歯を噛む。その目はわたしを睨んだままであり非常に意気がいい。


「未完遂であっても、俺たちは死なない」

「それはどうかな。この件を騎士団として陛下に報告しないなどありえない。わたしも君たちがしてくれたことを全部陛下に報告すれば、陛下とて国同士の関係を揺るがす問題に必ず対処しなければならなくなる。容疑者候補は簡単に浮かぶんだよ。君たちがなにを偽装したかで」

「っ……」

「陛下から正式にファルダ国へ書状でも送れば明白。都合が悪くなれば必然、余計なことを知っている者を消そうとする。殺されない大した根拠でも持ってるのかな?」


 表情を変えず、答えない。

 なるほど。それなりに訓練を受けているのか……。そうなると誰かが雇っている暗殺系の集団という可能性が高い。ギルベールへの攻撃ならばそれはおそらく貴族の誰か。


 そういった集団は非常に便利だから重宝される。しかし反面、手を汚せば汚すほど雇い主の黒い秘密を多く知っていくことになる。

 失敗しても殺さず厳しい躾で済むこともあるが、揺さぶりから見えた男の僅かな反応はどうやらその手の雇い主ではなさそうだ。躾で済んだとしてもその躾で死ぬ可能性も高い。


 貴族が暗部組織を囲うのはリスクも大きいが、高位であればあるほど密偵くらいは有しているのが公然の秘密。密偵に情報を収集させ、それを駆使して生き残っていくのもまた貴族社会だろう。


 問題は、その組織が密偵では済まない場合。言ってしまえば、暗殺者紛いの者を有し、邪魔になる相手を消していくような手段をとる者共だ。

 そういった暗部を有している貴族の場合、一人二人消えても支障はないだろうし、上位であればあるほど失敗には厳しい。

 当然だ。些細なミスが身を滅ぼすことをよく知っているのが、力ある者というものだ。


 貴族が有する暗部には、その優劣と人の出来というものに恐ろしいほどの差がある。ただの諜報員や密偵とは訳が違う。躾も教育もその分厳しい。

 そんなものを有さず、せいぜいただの密偵で済めばいいんだが、仄暗い貴族というものも存在するのが事実であり、もちろん、そんな暗部を有しない貴族がいることもあるだろう。ロザロス公爵家は後者だ。ギルベールがあれだから。

 それに、わざわざ有さず、バレないように傭兵なりに依頼するというのも一つの手段だろう。金をもらってなんでもするという奴らもまた存在する。


 まあ、つまるところ、この男の主人は暗部を有する者であり、あまりいい主ではないということだ。


「……殺せ。くさってもプロだ。主人のことを吐くつもりはないし、むざむざ帰ることもできねえ」


 投げやりのように放たれた言葉。放たれた言葉と男の表情を見て、口端が上がった。


(いい心がけだ。それに、わたしを狙った手段もまたいい。いくら獣人とはいえ無臭の毒では気づくのが遅れる。少数に敵を絞って、さらに分断させた。うんうん。シルティを相手にするという前提ならうまくはまっただろう)


 男にとっての想定外は、わたしがさほどに弱っていなかったことだろう。毒が効いていれば数日で馬車移動などできないし、剣で刺されたときに抵抗できずに貫かれている。


 毒はちゃんと効いていた。――早々に毒だと自覚して自分に治癒魔法をかけただけ。

 どこかに敵がいるならけろっと元気になるのはまずいし、襲撃の可能性と誘い出す行動に移せるよう、しばらく体調不良のフリをしていただけ。体調なんて毒を受けた翌日には良くなっていた。


「死ぬことが君の答えか?」

「ハッ! それ以外の答えがねえだろ。白状させられて死ぬかむざむざ帰って死ぬかの過程の違いだろうが、お優しい選択肢とやらは」

「君は勘違いをしている」

「あ?」


 怪訝と眉が寄る。

 掴んでいた手を離して、わたしはそれでもわたしを睨み上げる目に笑ってみせた。


「生きるか死ぬかを選ばせた。優しい選択肢だ」

「は? ――……!」

「もったいない。君はよい腕を持っているようだ。磨けばさらに切れ味も増し、もっと裏で活躍することもできるだろう。その才能を潰しているのが今の主人だ。非常にもったいない」


 わたしを睨む目はまだ力を失わない。だけれど微かにみえるのは、小さな混乱と怒り。


「君はなぜ今の主人についている? 恩義か? 金か?」

「……」

「今の主人でなければならない理由があるなら、君は選ぶ相手を間違えた」

「……てめえにつけと?」

「命欲しさに主を変える者は信用ならない」


 見下し見上げ、睨み合う。

 よい主や上官に出逢えるわけではない。そうでない者が圧倒的に多いだろう。


 わたしも昔はそれを感じる経験も多かった。とくに傭兵として戦に参加するときには、ほとんどの上官は口だけの馬鹿だった。勝ち目のない戦に誘ってきて、断れば執拗に追いかけてくる奴もいた。馬鹿すぎて呆れたから戦場に放り込んでやった奴もいた。

 腕がよくても、才があっても、それを伸ばせる環境をどれだけ死に物狂いで掴み取りにいくかもまた、重要だ。


「……俺は吐かねえ。それであんたはどうするつもりだ」

「潰す」


 男が目を瞠った。その目にわたしは笑みを返す。

 わたしがこの男に優しい選択肢を与えたのは、直接的にわたしを狙ってきたからだ。腕も策も、悪くはないと思ったからだ。


 だが、背後にいる敵の狙いは違う。――これに選択肢を与えるつもりはない。


「ギルベールを脅かす者は徹底的に潰す。再起の芽も潰して二度と目の前に出てこられないようにする。泣き叫んで許しを乞うても、他者を嵌めようとすれば返ってくる自業自得の末路のさらに底辺まで落とす」


 ごくりと、唾を呑む音が聞こえた。男の目は力を宿しつつ、困惑したような揺らぎをみせている。


「……なぜ、そこまでする。あんたとあの男は所詮、勝戦国と敗戦国の間で交わされた契約として婚姻関係を結んでいるだけだろ。そこまでする理由はなんだ」

「気に入らないだろう? どいつもこいつもギルベールを嘲笑う。彼がどれほど優れた、史上稀な素質を持つ一人だということを知りもしない。馬鹿共の目をひん剥かせて、ギルベールを押し上げる。さぞかし滑稽だろうな。彼を見下してきた者共がご機嫌取りで媚びへつらう様は」

「……あんた、本当にファルダの姫様か……?」

「姫様にだって野心はある。君も言ったとおり、わたしの未来はギルベールと過ごすことしかないんだよ。覆すことができないならばそこでの快適さを求めるのが道理」

「いや道理っつーか……道理に反しそうなことをやりそうな予感がするんだけど……」

「君こそ暗部の人間だろう?」

「そうだがよ……」


 漂っていた緊迫の空気が霧散したが、まあ問題はないので気にしない。

 男はなにやら考えるように視線を落とす。その沈黙の後、ゆっくりと顔を上げた。


「……碌な生き方じゃなくても、俺に技を仕込んで育ててくれた人だ。仲間もいる。ここで裏切ることはできない」

「そうか。ならさっさと去れ」

「……逃がす気か?」

「ここで殺すのはそれこそもったいないだろう。万が一にも生き残って、主を見限る気になったらわたしの元へ来い。今よりさらに高みへ、徹底的に仕込んでこき使ってやる」


 驚いて顔を上げる男の前でひらりと手を振る。

 動きを封じた魔法を綺麗さっぱり消し、代わりに少々の身体強化魔法をかける。それだけで身体が軽くなったように感じたのだろう、自分の身体の僅かな変化に男は怪訝とした顔をする。


「体が軽くなったような……」

「ではな」

「あ、ああ……」


 もう用はないのでひらりと手を振る。

 森を出るわたしの後ろで、ばさりと草木が揺れる音がした。






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