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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月


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58/64

58,初めての叫び

 全速力で馬を駆け、合図の方向へ向かった。

 指笛では届かない、もしくはより危険な状況を知らせる場合、遠くにいる味方に送る合図。それが小さな筒状の烽火。

 騎士たちはそれを常に持っている。さきほどの合図はその中でも敵の襲撃を伝えるもの。


 そうなると、考えられる事態は一つだけ。


(分断させて叩くつもりだったのか……!)


 上手く計画されている。もとより少人数であったから、敵にとっても討ち取りやすいというわけだ。

 まさかここまでの襲撃を受けることになるとは。


 馬車の方にも人員はいる。しかし俺たちとは違って守りながらの戦いだ。急いで合流したい。


(万が一にも彼女になにかあったら……!)


 心が急くのが自分でも分かる。どうにも落ち着かない。

 それでも馬を潰さないように、抑えながら走る。


 肩にしがみつく守護獣に「馬車に向かってほしい」と頼んだが、あわあわと馬車の方向を見ながら迷う様子で首を横に振られた。

 主の指示を守護獣は聞く。そう聞いていたが、どうにも違うように受け取れる態度に困惑した。走りながら頼み込んでいたが、エルヴィンが「さきほどのこともあり主の傍を離れられないということではないでしょうか?」と口にすると「そうだ」と言わんばかりにぶんぶんと首を縦に振った。そう言われると俺にはなんとも言えない。


 主を守ることより主の指示を優先させるというのは難しそうだ。

 それとも、単純に俺との関係性の問題かもしれない。


 そんなわけでひた走る。

 思ったよりも森へ入っていたのか、抜けてすぐに部下たちの姿を探せば、敵と交戦しているのが分かった。


 残っている部下は五名。軍医も騎士団の者なので戦闘はできる。

 馬車で突っ切ろうにも四方を囲まれているのであれでは逃げられない。どうやら相手は最初から馬車の退路を断つように攻めてきたようだ。でなければとっくに馬車を走らせている。

 まだ敵味方共に倒れている者はいない。よく持ちこたえている。


 すぐさま抜刀して向かう。俺に続いてトニスたちもそれぞれに駆けだす。


 相手の数はこちらの倍。しかもなかなかの手練れのようだ。

 すぐに斬りあいが始まる。が、敵は俺たちが戻ったのに気づくと、その半数が攻撃方法を近距離から遠距離に変え、俺たちを攻撃してくる。


 馬車側の味方と俺たち戻り組。合流させないよう間に敵がいる。即座の連携も素人ではできないものだ。


(かなり訓練されているな……)


 とはいえ、俺はこうした戦いには慣れている。

 馬を操作し、遠距離攻撃の合間を潜り抜ける。相手の攻撃はかざした手や使用者の傍から放たれるもの。守護獣らしい姿が視えないことや黒いローブの下に見て取れる特徴からいって、さきほどと同じファルダ国の者だろう。


 攻撃を潜り抜ける俺は敵に近づく。

 が、危機感を覚えたのか、相手の攻撃が変化し、間を置かぬ連打に変わった。


 これではさすがに容易には近づけない。複数人いるからこそできる連携技だ。

 しかしすぐ、俺の肩で「うきゅっ」と不満そうな声がすると、俺の馬の頭に乗り、まるで本来の姿のように、本来のそれよりも高い音で咆哮を上げた。


 敵の攻撃が霧散する。荒れる風で互いに動きが止まる。

 風が止み、すぐに反撃に転じようとし――見えた。


 俺から見える馬車、その向こうから跳びあがるように馬車の屋根に乗った黒いローブの人物。

 手に持つ剣の剣先を下に、座席があるだろうその上から――突き立てた。


「!」


 周囲の動きが止まり、音すら消えたように錯覚した。

 呼吸の音も、戦闘の音も、すべて消えてしまったように感じて、なのに煩い心臓の音だけはよく聞こえる。


(あ……)


 ……あの剣の下にいる、よく見せていた彼女の不敵な微笑みが浮かんで、消えた。


「っ、ぁ…シ……ル……シルティ!」


 引き攣るように、弾かれるように、自分でも聞いたことのない音が自分の震える口から飛び出た。

 弾かれるように飛びだす俺の周りでは、荒れた風が敵を蹴散らす。


 馬車しか視界に入らない俺の前で、まるで俺の叫びに応えるかのように――バキィッと音を立てて馬車の屋根から手が生え、剣を突き刺した人物の手首を掴むと馬車の中へと引き摺り込み、


「ぎゃああああぁぁぁっ!」


 ――空気すら引き裂くような男の絶叫が響き渡った。


「「「…………」」」


 突如としての絶叫からの沈黙。俺たち全員が固まった。


(((な、なんだ今の……)))


 いつの間にか周囲に敵はいなくなっていた。ひとまずの危機は去ったが、馬車が気になって仕方ない。


 部下たちの目が俺を見る。非常に気まずそうに。……言いたいことは分かる。

 俺も覚悟を決めて馬を下りる。馬車に向けて一歩を踏み出し――たとき、馬車の扉が開いた。


 怪我一つない彼女と、無造作にその手に掴んだ男。


「どうした、ギルベール。事は万事解決か?」

「……」

「おーい」

「……あ、ああ。敵は……おそらく、吹き飛ばされた」

「ふむ。やはり君はちゃんと風の威力を制御できるようにならなければいけないな。帰ったら鍛錬だ」

「ああ……いや、それはそうなのだろうが……その……怪我は?」

「ないよ?」


 けろっと、なぜそんなことを聞くのかと言いたげに彼女がこてんと首を傾げる。……俺がしたいんだが。先程までの状況を解っているのか?


 言いたいことは溢れている。なのに言葉にならない。

 後ろにいる部下たちも彼女のあまりの普段どおり様に開いた口が塞がらないようだ。


 そんな俺たちを見て、彼女は片手で男をひきづりながら馬車を降り、歩きだす。


「……。……!? 待て! どこへ行く!」

「ん? これを尋問してくる。待っててくれ」


(((なに、その、買い物に行ってくるみたいなノリ)))


 すたすたと歩く彼女から不調は感じられない。あまりにもあっさりとしすぎている。

 驚きすぎて置いてけぼりな騎士たちを気にせず、彼女は森に入っていった。






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