57,奇襲を仕掛けたのは
俺の守護獣の頭が動き、愛嬌ある鳴き声とは違う威嚇の唸りが喉の奥から発される。
俺たち全員の足が止まり、すぐに守護獣の視線の先を追う。
きらりと光る、小さな点。
それはあっという間に距離をつめ、鈍い鉄の色が見えた。
(矢……!)
頭が理解し抜刀する。しかしその矢は、俺を射抜く前に突如発生した突風で弾き返された。
風に少し押され、目許を腕で覆う。
傍に感じる圧倒的存在感。太陽の光を遮り俺の元には影が落ちる。
風が止んだとき、俺の守護獣は本来の姿で敵を睨んでいた。
部下たちもすぐに剣を抜き、軍医と馬車を守るようにすぐさま動く。それを視界に入れつつ、俺は敵を見た。
姿は見えない。だがいる。攻撃方法は遠距離から。
予想を裏付けるように、今度は一斉射撃で矢が打ち込まれてきた。が、俺の守護獣が咆哮を上げ、空気を震わせる咆哮が矢をこちらへ近づけない。
無意味だと悟ったのか、今度は水や火が離れた場所から打ち込まれてくる。数人で同属性の力を結集させているのだろう、数は少ないがなかなかの力の強さだ。しかしそれすら、俺の守護獣は掻き消してしまう。
そのまま敵を殲滅せんと飛び立とうとするのを見て、俺はすぐさま声を張り上げる。
「おまえの力で敵を相手にすれば捕えるのが難しい! 敵の攻撃を防ぐだけにしてくれ!」
広げられた翼は閉じられ了承らしい返事が返ってくる。愛嬌のある姿をここしばらく見ていたせいか、俺も部下たちもこちらが本来なのだと強烈に意識する。
守護獣の了承を受けた俺はすぐに指示を飛ばす。
「トニス、エルヴィン、リグテール、イーサンは俺と来い。他の者はこの場で馬車を守れ!」
「「「はっ」」」
すぐさまそれぞれが動きだす。
攻撃してきた方角へ走れば再び襲ってくる攻撃。しかしそれらはすべて俺の守護獣が撃墜させる。抜けられるとしても俺たちで防御可能だ。
敵が隠れるのは森の中。すぐさま部下たちへ指示を与えればそれぞれが行動に移す。
見えてきた敵はどいつも裾まである黒いローブで身を隠している。
「!」
しかし、その特徴は消せていない。
頭上にある不自然な突き上げ。腰下に見える僅かな毛並み。
(ファルダ国……!?)
なぜ彼らが俺たちに攻撃を――……いや。俺が招いたことか。
すぐに思考を戻す。
それまでの威勢とは裏腹に、ファルダ国の者たちはこちらを攻撃してこようとはしない。森の奥へ逃げながらこちらへ水や火で攻撃してくる。
森の中となると体の大きな俺の守護獣は入ってこられない。それでも頭上を飛んでいるのが枝の切れ間から見て取れる。
飛んでくる火球を避ける。しかしそれは森の緑に触れ、燃え始める。
「チッ!」
これでは森が焼ける……!
火、火を消すにはどうすればいい。この辺りには川があるがそれをのんびり運んでいる暇はない。今同行している者の中で水属性の守護獣持ちはいるが、その力は広がった火を消せるほど強くはない。
いっそ木を切り倒してしまうか? だがここにいるのは五人。馬車を護衛中のあいつらを呼んだとしても火の広がりに間に合うとは思えない。
どうする……。
手綱を掴む手に力が入ったとき、頭上から咆哮が轟き――閃いた。
刹那の逡巡の末、俺は馬を引き返す。同時に指笛を使ってすぐに部下たちに合流の合図を送る。応える音が聞こえてすぐ、俺は頭上を仰いで叫んだ。
「来てくれ!」
呼ぶと、俺の守護獣は森の樹々をなぎ倒して降り立った。……今度この辺りに植樹を行うことにしよう。
俺よりも遥かに大きなその存在を見上げ、問う。
「火を消せるか?」
無邪気な子どもが胸を叩いて「任せろ」と言うのではない、頼もしく頼り甲斐のある返事からすぐ突風が吹いた。
風は火の手を回し勢いを強めかねない。しかし、守護獣が起こすのはただの自然の風ではない。
火の向きすら風で操り、強すぎる風で火の勢いを鎮める。
そのおかげで火は周囲に広がることなく鎮火できた。
ほっとしていると、合図を受けたトニスが姿を見せた。
「火の攻撃は受けたか?」
「いえ。自分はバレないくらいを追尾してたんで」
「奴らが火の力を使った可能性がある。他の者に――」
緊急を知らせる指笛が聞こえた。
指笛は伝達したい内容によって種類がある。トニスも緊急伝達の音が聞こえた方を睨む。
「イーサン先輩の方です」
「俺が向かう。リグテールと合流しろ。もしも火の問題が起こっていればすぐに合図を送れ」
「了解」
すぐにトニスが馬で駆け出す。それを見て俺も急いで駆け出す。
「森に火の手があればすぐに全て鎮火させてくれ」
守護獣は俺の指示にすぐに上空へと飛び立つ。
立木だらけで薄暗い、獣が通っているのだろう土がむき出しの地面をひた走る。さほど遠くない位置にイーサンがいた。
火が見える。燃えたのは背の低い茂みだったようで、イーサンが周りの草を踏み倒し、必死に土をかけているおかげでさして延焼はしていない。
確認してすぐイーサンと目が合った。イーサンが俺を呼ぶより先に俺が叫ぶ。
「蹲れ!」
イーサンが応えると同時に突風が吹いた。俺も風に巻きこまれぬよう立木を盾にする。
操作された風は火を消し周囲も少々荒らす。それをした主はばさりと音をたてて上空から離れていく。
風が止み、火が消える。
顔を上げたイーサンがそれを確認してほっと息を吐いた。
「ありがとうございます。師団長」
「俺ではない。守護獣のおかげだ。……それより、ここだけか?」
「自分の方では」
「となると、あとはリグテールとエルヴィンの方だな。すぐ行けるか?」
返事と同時に馬に乗りこんだイーサンと共に駆け出す。
守護獣が向かったであろう方向へ走っていると、任務完了の合図である指笛が聞こえた。聞こえた方へ馬を走らせる。
樹々の合間を抜けると、そこだけ少し広がった空間ができていた。理由は単純だ。俺の守護獣が降り立っている。
そして守護獣の傍で、トニスとリグテール、エルヴィンが待っていた。トニスが俺に向かって大きく手を振る。
「師団長! こっちは問題なく鎮火できました」
「ご苦労だった」
「私のほうはトニス同様、火の攻撃は受けていません」
「こちらは火の攻撃の後すぐに水の攻撃をしてきましたので、それを利用してかなり火を消せました。後は微力な私の力でなんとか」
「助かった。ありがとう、エルヴィン。エルヴィンの守護獣」
エルヴィンの肩のあたりでふよふよと浮いているのは、小さな金魚だ。これがエルヴィンの守護獣であり、水の属性である。
俺が労うと空中を泳ぐように動き、フッと消えた。
「少しだけ周囲を見回り――……どうした?」
相手のことが気になる。そう思ってすぐに次の指示を出そうとした俺にぐいぐいと守護獣が鼻先を寄せてきた。
本来の姿なのでこちらが押される。なんとか手で宥めるが、どうにも不機嫌そうな顔で俺をじっと見つめてくる。
(……うん?)
なにを言いたいのだろうか? 全く分からない。
グルグルと喉の奥で唸り声が発されているのだが、肝心の内容が俺には読み取れない。
……分からないので、とりあえず撫でてみる。機嫌がよさそうな顔をした。
よしよしと撫でてみるがまだ距離は遠くならない。少し怪訝としていたが、そうだと思い出す。
「おまえもご苦労だった。あちこちでの消火作業、とても助かった」
まだ労っていなかった。そう思って言うと、ブンッという音とバギィッという音が響いた。
ぱちりぱちりと瞬いて俺たちはそろって視線を向ける。
……ぶんぶんと振っている尻尾となぎ倒された木々。……やはり今度植樹しよう。
満足したのか頭を離していく守護獣に少々困り、俺たちはそろって肩を竦めた。
「なんとか森は守れましたけど、奴らは取り逃がしましたね」
「仕方ない。あのまま火は放置できなかった。それに、相手の目星はついている」
「ファルダ国、ですね」
重々しく告げるエルヴィンに俺も頷いた。
獣人の特徴を持つのはファルダ国だけ。その特徴はローブ程度で隠せはしない。
「自分が追っていたとき、奴の中の一人のフードが取れたんです。確かに確認しました。あの耳を」
「でも、なんでわざわざ俺らを狙ってくるかな?」
「国境では共闘したけどあれは国同士で仕方なくであって、本心は全く違う、とか?」
それぞれが推理していくが、どうしても想像でしかない。
ポフンッと音がしたと思うと、俺の守護獣が小さな姿になって俺の肩にちょこんと乗った。どうしたのかと見つめる目を見て労いの意味で軽く撫でると、嬉しそうに俺の指を掴んですりすり頬を寄せる。
「すでに奴らは逃げおおせている。俺たちも周囲を見回り次第すぐに戻るぞ」
「「「はっ」」」
陛下にはこの件を報告しなければいけない。それにここからの道中でも警戒を――……
パンッ
空から聞こえた音に顔を上げた。
見えたのは赤い色の閃光。方角は馬車と部下を残した場所。
「襲撃合図です!」




