56,素直と気遣い
朝食を終えたときにバートハート殿がやってきた。彼女の様子を見て、その視線を俺に向ける。
「馬車を借りて進むこともできるが、あまり無理はさせられないな。隊を分けるか?」
「……俺は彼女と共に後から追いつきます。帰路における全権はバートハート殿に委譲し、俺と第九師団の少数精鋭のみを残します」
「分かった。ではこちらは出発するとしよう」
天幕の外に出るバートハート殿に続き俺も一旦外に出る。総指揮官として俺もバートハート殿たちと共に進み守護獣に残ってもらおうとも思ったが、全力で首を横に振られた。命じればいいのだろうが、涙を溜めて泣きだしそうな顔をされるとあまり強くも言えない。
バートハート殿とボルダッツ殿と少し話をし、俺から全体へ向けてここからの行程をバートハート殿に一任すると宣言した。その上で、第九師団の中から残る者を選抜する。
そうして、一団は先に帰路へついた。
残ったのは俺と、選抜させた十名の精鋭に加えて彼女を診る軍医。
「ちょっと進んで町に行きますか? それなら宿で休めると思いますけど」
「でも、町までまだちょっとかかるだろ? もうちょっとシルティ様を休ませてからのほうがいいんじゃないか? どうです軍医?」
「そうじゃな。幸い薬は充分に持っておるから少し様子をみよう。悪化するようなら誰ぞに町まで突っ走ってもらうぞ?」
「了解です」
「きゃう!」
「ははっ。師団長の守護獣もシルティ様のために力になるってさ」
俺の肩に乗って胸を張る守護獣。泣きそうだった様子はすっかり治っている。
……こいつに町まで行ってもらうと混乱しか起きないな。彼女の傍にいてもらうとしよう。
彼女の回復具合をみながらとなると軍医に託すしかなく、俺たちは野営地の傍で鍛錬やその日の食料調達に勤しむことになった。
軍医が彼女を診るときには俺も同席する。薬を飲ませ、容態を診る。
夜は皆で火を囲む。そうしていると時折、脈絡なく団員の守護獣が顕現し、彼女の天幕に様子を見にいくという光景を見るようになった。
俺の守護獣はそんな団員たちの守護獣と一緒に遊んだり、背や頭に乗ったり横に並んだりしながら守護獣同士の付き合いを深めているようだ。第九師団の者たちの守護獣はどちらかというと小型の守護獣が多いので、なんとも微笑ましい光景となっている。
そうして二日目、彼女が目を覚ました。
軍医からも「順調に回復なさっておりますな」と安心できる言葉をもらった。
まだ休んでいるべきだと言っても「体が固まる」と言い張る彼女に、仕方なく俺は彼女を天幕の外へ連れ出した。
「あ、シルティ様!」
「もう大丈夫ですか?」
ちょうど昼食の準備をしていた面々が喜びを顔に出す。それを見て、傍からふっと軽い笑みが聞こえた気がした。
いつもの食事の席、といっても石の上だが、そこに彼女を座らせる。
「身体はよくなった。軍医殿のおかげだ。ありがとう」
「まだ完全に回復されているとは言い難いですからな。まだ安静になされませ」
「そうしよう。ところで、今はどういう状況に?」
出来上がった昼食は焼き魚とスープだ。回復したばかりの彼女にはスープだけを与える。
ふぅふぅと冷ましながら状況確認を始める彼女に、俺も魚を口にして答えた。
「バートハート殿に隊を任せ、俺たちだけが残った。あなたの回復次第で後を追うことになっている」
「とはいっても、シルティ様をいきなり馬でってわけにはいきませんよね」
「ああ。トニス。町へ走って馬車を借りてきてくれるか?」
「了解です!」
第九師団の元気印がすぐに了解してくれた。
彼女も己の状態を理解しているのか「いらない」とは言わず「すまないけれど頼む」と重ねてトニスに頼んでいた。……少し意外だな。
俺の表情を見て悟ったのか、彼女は肩を竦めた。
「強がっても意味はないだろう」
「そうだな……」
「ちょっと面倒をかけるだろうから、先に謝っておくよ」
「面倒になど思ってはいない。当然のことをしているだけだ。それに……こちらこそ謝罪しなければいけない。あなたにとっては久方の戦場だ。無理をさせた」
「いい運動だった。力は使わないと鈍るからな」
軽く笑う彼女はいつも通りだ。それを見て少しほっとする。
元気になっているならそれでいい。打つ手なしとされると、今はひどく苦しく感じてしまう気がする。
俺たちの前にいる俺の守護獣が、ぱたぱたと降り立ってきた鳥と「ピピッ」「きゅぅ」と鳴き合っている。言葉が通じてでもいるのか、微笑ましい光景は心を楽にしてくれる。
彼女もそれを見つめて頬を緩める。鳥はそんな視線に気づいたように彼女を見て「ピッ、ピピッ」と鳴いている。
「とにかく、今は休め。トニスが馬車を借りてくるまで二日をみるとして、それまでにまた容態が悪くなれば出発は延期だ」
「そうならないようにしよう。では、わたしは少し休むよ」
「ああ」
「はーい。おやすみなさい、シルティ様」
ひらりと手を振って彼女が天幕へ戻る。支えようと思ったが彼女に軽く手を振られる。足取りもしっかりしていて問題はなさそうだ。
天幕へ入るのを見届けてほっと息を吐いた。
「よかったですね、師団長。シルティ様が元気になってきて」
「心配してましたもんね。俺、ちょっとびっくりしたんです。師団長とシルティ様って案外仲いいんだなって」
「いい……。そう、見えるのか?」
「「「見えます」」」
……俺は非常に頭痛しか感じていないのだが。そうか。周りにはそう見えているのか。まあ……仲が悪いと思われるよりはずっといいだろう。
それに、彼女もさしていろいろな事情は気にしていないようでもある。
(……仲がいい、か)
言葉を反芻しながら、俺は止まっていた食事を再開させた。
♢
三日後の朝。俺たちは出発することにした。
トニスが町から借りてきた馬車に彼女を乗せ、他の者は馬でこれまで通り進む。
最初は俺が同乗するのはどうかと言われたが、騎士としての帰還に馬車で移動するのはどうにも落ち着かないので断った。むしろ軍医を同乗させたほうがと思ったが、いくら俺たちだけと言っても…ということで、定期的に彼女の様子を見ることで手を打った。
大勢で移動した当初よりも時間をとられることはなく馬の肢が進む。俺の馬の頭の上に乗った守護獣は乗馬体験に慣れてきたのか安定して乗っている。……馬の頭が動くと時折落ちそうになっているので、見ている俺としてはどうにも落ち着かない。
(にしても、他の者の守護獣は必要となれば顕現するのが俺も見慣れたものだが、こいつは全くそんな様子がないな)
初めての顕現からずっとこうして顕現している。他の者にも視えているし、俺の肩を定位置のようにしている。
姿を消すことができない、というわけではないと思うのだが、そういったこともまたゆっくり探っていかなければいけないだろう。
俺の視線に気づいたのか、守護獣はくるりと振り向いて「きゅ?」と首を傾げた。姿形のせいか愛嬌のあるその仕草に「なんでもない」と返しておく。
だというのに、なぜか機嫌良さそうに「うきゅぅ!」と鳴いて前を向き直した。
町から町への道中。もう少しすれば辺境領を抜けるという所までやってきた。
辺境領を抜ければアークレッツ侯爵の治める領地に入る。これから後半日もせずに入れるだろうと目算を立てたときだった。
――守護獣が、唸り声をあげた。




