53,すりすり
周辺の草木は風にやられて倒れている。砂一粒も落ちていない。立木は当然に折れてなぎ倒されている。なんなら空の雲さえなくなった。唯一帝国兵のときと違うのは、敵さえも彼方へ吹き飛ばしてしまっていることだろう。
綺麗さっぱり掃除できてしまったような掃除しなければいけないものが増えたような、なんとも言い難い光景。
そんな上空で満足げに翼を広げている、白い守護獣。
誰も声を発せずそれを見ていると藤色の瞳がこっちを見た。そしてばさりと翼を動かしてこちらへ向かってくる。
「すげえ……。なんだあの守護獣。いやあれ守護獣……でいいんだよな? あんなことできる守護獣っているのか…」
「いや、聞いたことねえよ。そもそも守護獣って存在する動物の姿だろ? あんなのおとぎ話の中だけだって」
「でも……あれが師団長の守護獣――……マジで?」
疑問を覚えることはいくつかある。けれど今、俺の目にそれは確かに映っていて。触れることもできる。
本当に、いた。
落ちこぼれと言われる俺に、守護獣が。
妙な感情を抱いているとその姿はだんだんと近くなり、降り立つように降下を始めるとポフンッと音をたてて煙に包まれた。
「「「!?」」」
どこからか攻撃を受けたのか……!?
心臓が冷や水を浴びたような心地になったが、すぐに煙から小さな影が飛び出てきた。
そしてそのまま、ぺちっと俺の顔に張り付いた。……すぐにぺりっとはがす。
「……」
俺の手にいる、白い小さな存在。
太くて短くなった手足だがちゃんと爪がついている。口許には牙も見える。しかしそれらは恐ろしさというよりも愛嬌と化した。くるりとした藤色の瞳は丸く愛らしい。
手に乗る大きさに変化した、二千の相手を一撃で壊滅させた凄まじい力を持つ守護獣。その姿はまるで愛玩動物。
そんな守護獣は背中を俺に掴まれながらも、ばたばたと短い手足を俺に向けて動かし、目を輝かせている。
「……」
なんとなく、放してやった。
ぱたぱたと翼を動かして俺の肩に乗ると、ひしっと、俺の頬にまるで抱き着くように短い手を回す。
――……なんなのだろうか。これは。
いや。初見よりは随分と可愛らしくはなったのだが、なぜこうもべったりしてくるのか理解できない。しかし、無理やり引き離すというのもなんだか悪い気がしてしまう。後ろからの視線も非常に気まずい。
「……とりあえず、ダグダ族がどうなったか確認。それからバートハート師団長にも報告を。相手の状況が確認でき次第俺たちも戻る」
「「「……! はっ!」」」
視線が俺の守護獣に向いていた部下たちが間を開けて答える。
動き出す部下たちを見て思わずため息が出た。しかし、そうさせている張本人は全くそんなことを知ることもなく、至極嬉しそうに俺の頬に自分の頬を寄せてすりすりとしていた。
~*~*~*~*~*~
ダグダ族は暴風にやられ壊滅したらしい。
偵察隊からその報告を受けてギルベールは砦へ戻り、バートハート殿やボルダッツ殿を交えて忙しく戦後処理に励んでいる。砦は事の後でも忙しい。
そんな忙しさの中には驚きと動揺もある。騎士たちの視線がちらちらとギルベールに向いているのがその証拠だ。
彼の守護獣は、今はギルベールの肩に乗ってうつぶせている。今にも寝てしまいそうな様子だけれど、ゆらゆら動いている尻尾がどこか喜びを表しているようにもみえる。
騎士たちの視線が動くのを肩を竦めて見ていると、「姫様」と近づいてくる姿があった。
「お疲れさまでした。姫様。この度も素晴らしいご活躍だったと聞きました」
「そうでもない。ギルベールがやり抜いてくれた」
「それほどの強大な力を息一つ乱さず使えるとは、いやはや。さすがです」
「そういう君も、かなりの快進撃だったと聞いたが?」
「とんでもない」
オスカーはわたしを持ち上げるつもりもなく言っているのだろう。それはなんとなく分かる。
だからわたしも聞いたことをそのまま伝える。互いに褒め合って思わず笑ってしまった。
「姫様。ちょいと気になってることがあるんですが、お聞きしてもよろしいですか?」
「うん?」
「ギルベール殿です。あの方は、かつての戦でも全く守護獣の力を使わなかった。先王陛下との勝負でもそうでした。それは、守護獣がいないと思っていたってことですか?」
「ああ。そうだ。産まれたときに傍に生まれるという守護獣が、彼が産まれたときにはいなかったそうだ。それからも気づかなかったんだろう。それで彼は守護獣なしの落ちこぼれになった」
会話から薄々察していたのだろうけれど、オスカーの表情はやはり困惑気味だ。
それも当然だ。あれほど大きな守護獣になぜ気づかないのかと、わたしでも思う。
(あの大きさなら産まれた傍にいられなかったとしても分かる。だけれど、離れて生まれたならその後近づくことができたはずだ。それすらできなかったからギルベールは『落ちこぼれ』になった。……原因はなんだろう)
ギルベールに彼の出生時のことを聞いてみようか。なにか手がかりになるかもしれない。
「わたしもあまりそこには踏み込めていないんだ」
「そうでしたか……。失礼しました。あの守護獣のつき主ですから、どいつもこいつも気になっていまして」
苦笑いつつ肩を竦めるオスカーにはわたしも同意する。
守護獣はどれもが存在する動物の姿形をしている。そうではないものとなると珍しい。
そしてその珍しさの根底にあるものを、ファルダ国の者はよく知っている。
(わたしもシルティが情報本に記してくれていなければ、あれが守護獣だとは思わなかったかもしれない)
守護獣とはつき主を守り助ける存在。その力は戦場においても攻撃手段として数えられ、その国の国家戦力としてもその強さは決して無視できない。
強力な守護獣であれば苦戦するし、力に対抗する力も相応のものが必要となる。
しかし、守護獣の力にも限度がある。
いくら強力な守護獣でも二千の相手を瞬殺できるほどの力はもたない。――だからこそギルベールの守護獣は、存在しないものである。
(守護獣に関してはロドルス国よりもファルダ国のほうが知っているだろうし、シルティの情報本に書いてあることだけでは不足が多い。いつかファルダ国へ行くか、情報だけでも得たいな)
ある程度の指示が終わったのか、ギルベールにレオンハルトが声をかけている。二人は一言二言話をして、こちらへやってきた。
「姫様ー。マジでこの人自分の守護獣に気づいてなかったんですか?」
「うん」
「うっそー。なんで?」
「な、なんでと言われてもな……」
ギルベールも少々困っている様子だ。無理もない。自分が分かっていれば苦労しない。
話題にもなっている守護獣は、ギルベールの肩にうつぶせていた体勢から立ち上がり、またすりすりと頬に頬を寄せている。疑問に思うことなどなく今に非常に満足している様子でなにより。
「まあ、全然視線も向けないし戦いでも一切助力求めないし、変わってるなあとは思ったけど」
「変わって……」
「レオン。守護獣持ちはそれぞれだ」
「はーい」
オスカーの窘める言葉に気の抜けた返事を返しながら、レオンハルトは指先でちょいちょいと守護獣をつつく。むっと嫌そうな顔をされてもお構いなし。
それを見て、少しだけ意外に思う。
「レオンハルトは普通にそれに接するんだな」
「んー、そりゃ俺にも敬う気持ちはありますよ? 強いし稀な守護獣だから、是非手合わせしてほしいなとも思いますけど」
「それは難しいな。守護獣持ちとしてギルベールは半人前だ」
「そこなんですよねー。ギルベール殿。今度会うまでにちゃんと制御して、戦えるようになってくださいお願いします! そんで是非手合わせを!」
「う、うん……?」
手を合わせて頭を下げられ、この中で唯一己の守護獣について知ることがほとんどないギルベールは困惑気味に頷かされた。
あまり見たことのない様子に思わず笑いがこぼれてしまう。笑われて少々拗ねたのか、ギルベールがじろりとわたしを見た。
「バートハート殿たちにはなんと言ったんだ?」
「……戦闘時の音とまるで俺の心を読むようなタイミングと危機での風。偶然にしては不可解にも感じ、いるのかもしれないと思い心を鎮めて探ってみたところ、出てきたと。あなたに視えていたということは言っていない。そのほうがいいだろうと思って」
「ありがとう」
「いや……。レオンハルト殿の反応を見ても思ったが……やはり獣人には視えているんだな」
「ああ。ずっと視えてたぜ。だから、先王を倒した人間がその守護獣持ちだってことで有名だった。ここに来てそれが姫様の旦那だったとは、こっちも驚いたがな」
オスカーの笑みを含める言葉にギルベールはどこか納得したような顔をした。
手合わせ話が終わったレオンハルトが守護獣を突いて嫌がられている。守護獣はえさえさとギルベールの頭に避難した。思わずギルベールが手で支えようとすると、撫でにきたと思ったのかギルベールの指を掴んですりすり。ギルベールも離せなくなってしまった。
どうやら守護獣は、やっと視てもらえたギルベールと触れ合えるのが非常に嬉しいらしい。




