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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月


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51/64

51,君の言葉なら、今は――

 新たな敵との距離はさほど離れていない。

 駆け出してすぐ、その影が見えた。


 上がる砂煙。地を駆ける馬蹄音。太陽の光に輝く刃。民族衣装をまとう屈強な猛者たち。

 さすがは近年勢いをつけている民族だ。雄々しい気迫がこちらにまで伝わってくる。


 数はおよそ二千。対する俺たちの数は一万に満たない。数では有利であるとはいえ、こちらはすでに一戦を経験済みだ。削られている体力を考えなければいけない。

 このままいけば真正面から対峙しなければいけなくなる。相手には伏兵という可能性もある。


(有利に思えるが状況次第ではひっくり返る。これ以上犠牲は出したくない。相手がなにかしらの手を打ってくればこちらとてただでは済まない。なにか……)


 そう考えていると、足が止まった。


「師団長。どうされました?」


 ガードナーが後ろから問いかける。聞こえているのに、今はそれに応えることができない。


 どうしても頭をよぎるのは、傍にいる彼女が言った言葉。

 思い出して、拳をつくった。




 ♢♢




「ギルベール。わたしの頼みは――君が自分の守護獣を認識することだ」


 見張り台の上。静かな夜空の下で聞こえるのは炎の燃える音と虫の声。目の前の彼女が金色の瞳でまっすぐ俺を見つめている。

 普段となにも変わらない調子と声音。それを聞いて、怪訝とした想いと不快にも似た何かを感じた。


「……知っているだろう。俺に守護獣はいない」

「いる。君が気づいていないだけだ」


 拳に力が入った。

 獣人でない限り、生まれたときから守護獣がいる。それが大陸の常識。

 例外はないと思われていた中――生まれたのは、守護獣のいない俺。


『守護獣がいないなんて、ねえ?』

『主を守るのが守護獣だというけれど、守られる価値すらないってことじゃない?』

『王家の血を引いているなんて思えない落ちこぼれよ』


 物心つくより早くから、どこで聞いたのかそういった言葉は耳の奥にこびりついている。


 皆には当たり前にいる存在。それが俺にはない。なぜなのだろうと幼い頃は疑問だった気がする。

 しかし、問うことはやめた。――母がひどく、辛そうな顔をするから。


 いないのだ。ならばそう、割り切るしかない。

 守護獣がいなくても大丈夫なように。母が安心し、父も俺のことで嫌な思いをしないように。ただその一心で――……。


 俺に守護獣はいない。

 なのに、金色の瞳は揺らがず、偽りを感じさせない。


「っ……いない。いるならなぜ生まれたときに傍にいない? 主の誕生と同時に傍に在る、それが守護獣だ。いなかったのだから俺にそんなものはない」

「いる」

「っ、なぜそう言える! 勝手なことを言うな! そんなにも俺を弄んで楽しいか!?」


 ダンッと拳が手すりを打った。それでも彼女は一切表情を変えない。

 その金色の瞳は俺をまっすぐ見つめたまま、動じた様子もなく言葉を紡ぐ。


「――視えているから」

「!?」

「獣人の半身は、いわば守護獣のようなものだ。だから獣人は守護獣がいなくても力が使える。そしてこの目には、人間たちには視えないものが視える」


 自分の指で、自分の目を示す。不思議と引き込まれてしまいそうな、静かで気高い瞳。

 逸らせずに見つめてしまう俺に、彼女は続ける。


「とはいえ、君には信じられないだろう。他にも証明はできる」

「……どういうふうに?」

「一つは、君の耳だ。手合わせで感じたが、戦闘時において君の聴覚はかなり優れているようだが、不思議だと思ったことはないか? 君には当たり前に感じ取れるものだが、他の者はできていない」

「それは……個人差があるだろう」

「そうだな、それもある。だが――君の守護獣が、視認も認識もされていない中でも必死に君を助けるための一助として、できる限りの力で風を集めて音を集めて、君の耳に届けているとしたら?」


 息を呑んだ。

 この聴覚は確かに騎士たちから驚かれたことはある。一度や二度ではない。戦のときも何度も救われた。

 風を切る音も、火の熱も、水の冷たさも。風に運ばれて感じるからこそ守護獣の攻撃を読むことができたこともある。


「もう一つ。守護獣はついている者への侮辱を決してよくは思わない。とくに君は他者にいろいろ言われることが多い立場だ。――例えば、先日の夜会のように」

「……」

「君の守護獣は風の力を司る。君への侮辱が耳に入れば、守護獣なしとされてもただひたすら奮闘する君を馬鹿にされれば……ちょっと風も荒くなるだろう」

「……!」


 あった。先日の夜会で、そんなことが。あれは俺の守護獣の……?

 しかしやはり、いきなりそんなことを言われても……。


 視線を下げるしかない俺に見えるのは自分の足元と彼女の足元。その足が一歩、俺に近づいた。

 そして頭に感じる、ふわりと優しいぬくもりと心地良い重み。


「!」

「いきなり受け入れろとは言わない。だが、いずれ君は自覚しなければいけなくなる。いないとされ、その目に映されることもなくすり抜ける。全力の力は助けるものにならず、時には苦みを与え、邪魔になる。認識されないとはそういうものだ。ないとされるということは、その存在は消えるということだ」


 ……そこにいるのに、そこにいない。

 なぜだろう。脳裏によぎってしまうのは――以前の屋敷でちらりと見かけた、消えそうな後ろ姿。

 俺はそれを見ていたはずなのに、その後にどういう行動をとったんだっただろうか……。ただ一瞥するだけで、去った気がする。


(同じことを繰り返してしまう……。自覚、しなければ……)


 だから今の俺と彼女がある。今の屋敷の姿がある。


(だが、できるのか? 二十年間いないと言われてきた。そうだと俺も思っている。なのに、今更……)


「……守護獣も、迷惑だろう」

「なぜ?」

「二十年も放っておいた主だ。いや……主とすら言えない。なのに今になってきてくれなど身勝手すぎる。守護獣も心底呆れているに決まっている」

「そうかな? わたしの目には、君のことをきらきらとした目で見つめて、もしかして気づいてくれるかもという期待に尻尾を揺らして、はしゃぎながら空を飛んでいる姿が視えているが」

「……気を遣う必要はない」

「そんな必要性を感じない。目に視えているものを告げているだけだよ」


 ……確かに、これまであまり気を遣われた記憶はないな。その言葉で思い返してしまった。

 彼女はくすくすと笑うが、視えているという彼女と違って俺には視えない。分からない。


 俯く俺の前で彼女は笑うように口端を上げた、気がした。


「君の主はまだ信じられないようだ」

「……?」

「無理もないな。だが君は、わたしがギルベールの守護獣になることを認めないだろう?」


 見張り台に置かれた篝火が風に揺れた。少し荒い、一瞬の風。

 まるでなにかを伝えるような、そんな不自然な風。


 無意識にきゅっと目を閉じ、風が止んでからそっと目を開ける。顔を上げると、目の前の彼女の視線は空を見ていた。その口元にはやはり笑みが浮かんでいる。


「なにを……」

「ほら。以前いただろう? 陛下は君に守護獣がいないから、獣人のわたしを守護獣にするつもりなんだろうと言っていた者が」

「それはっ……」

「わたしも考えた。つまり、そうなればいいんだ。わたしは本来の君の守護獣と違って君の目に映っているし、言葉を交わせる。幅広く君のために色々できるし、どんな手段を用いてでも君を幸せにする獣人だ。これ以上ないだろう?」

「いいわけがあるか! 俺はあなたをそんなふうに遇するつもりはない!」


 思わず、怒鳴るように声が荒くなった。


 彼女を迎え入れてから初めて社交界に出たときだったような気がする。俺の耳に入るようにどこかの貴族がどこかの貴族と笑いながらそう言っていた。

 彼女をそんなふうに言う言葉には不快を感じ、さすがに黙っていられなかった。


『私は皆さまご存知のとおり「落ちこぼれ」です。それで結構。ですので、彼女を愚弄するのはやめていただこう』


 そんなことを言い返した気がする。

 俺の隣にはこの人がいた。俺の耳に入っていたのだから当然彼女もそうだったはずだ。それでも表情ひとつ変えなかった。なにを言われても、彼女が嫌そうな顔をした様子は、思えば、見たことはないかもしれない。


 怒鳴る俺にも表情を変えず、その口端は下がらない。

 より不敵に、自信満々に、余裕をもったその笑みが、俺を見る。


「ギルベール。わたしは君に自覚させる。絶対に。それで周りの愚か者共の目を剥かせるんだ。楽しみだろう?」

「……あなたは、俺を幸せにしたいのか苦労させたいのか、分からない」

「ははっ。前者しかないな」


 軽やかに笑う。普段と変わらない、いつもどおりのにこりとした笑顔。

 嘘だと思う。信じられない。――だが、その笑みが偽りだと、思えない。


 屋敷の使用人の所業を明らかにさせ、一掃した今は俺も過ごしやすい家になった。すべてを明らかにさせたのは目の前のこの人だ。

 俺を幸せにすると言って、ヒュリオスを巻き込んで動き出した。俺が知らぬダンスも、彼女が不慣れなダンスも、互いになんとか補い乗り越えた。

 当然のようにこの戦場についてくるつもりでいたこの人は、なぜこうも――……。


 頭痛を与えて胃を痛くさせる。自由で、俺の言葉を聞いているのかいないのか分からなくて。

 それでも、俺を嗤うことは一度もしたことのない人だと、ふと気づいた。


 近づくこともなかった俺を一度たりとも責めなかった。無理もないとあっさり流した。今も俺に向けて笑う。

 互いに背を向けて過ごしてきた。なのに、今、こうして互いに向き合うことができている。


 すべて、彼女が寄越したものだ。俺はなにも、できていない。

 これまで何度と感じたことだ。だから――知りたいと思った。


(向き合うことができた彼女のことを、知りたい。……信じたいと思うんだ。俺に向けるその笑みを――)


 ぐっと握る拳の痛みが胸にまで刺さる。


「――……っ、信じて、いいのか?」

「君次第だ」

「俺は……」

「試してみるといい。今回の戦いで。そして信じられると思うなら、死ぬまで繋がっている守護獣がいるのだと、自分の傍にいるのだと、君がちゃんと解ってあげなさい。ちゃんと解ってやれば、その子は君の前にやってくる」


 そう言った彼女は、そうなることが分かっているかのように笑みを浮かべていた。




 ♢♢






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