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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月


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5,わたしと彼女の混ぜ合わせ

 わたしの言葉が切れて少し、ぼそりとこぼれ落ちるような音が耳に届いた。


「……それでも、家族を討った相手には恨みも、憎悪も、抱くだろう」

「そういうのはないな。ファルダ国は動物が自然に生きるという考えの下、死した肉体は土へ還り、命は次へ繋がり、魂は巡る、そういう考えがある。――つまり、先王は命を繋げ、魂は次の誕生を待っているということ。それは悲しむだの恨むだのより、楽しみに思うことじゃないかな?」

「「……!」」


 ギルベールと従者君が目を瞠る。そんなきょとんとしたような驚き顔が面白くて思わず笑ってしまった。


 獣人たちの死生観。

 わたしがシルティの日記を読んで感じた違和感の一つが――やけに獣人の思想や価値観が詳細に書かれていることだった。


 その中に書かれていた一つが今ギルベールに言ったこと。この考えはわたしも嫌いじゃない。

 大切な誰かが死んだときは悲しむ。だけど悲しみからはなにも生まれない。辛くとも受け入れ、そしてまた進む。獣人の死生観もそういったものに近い。


(シルティも日記に恨みつらみなんて書いていなかった)


 むしろ――…いや、よそう。これを伝えるにはまだ早い。


 手に持った本を書棚に片付け、情報紙もまとめてある場所へ戻す。その間、ギルベールはなにかを考えるようにじっと立っていた。


 ギルベールの父ジルベールは、王弟であり、国に反意を示した人物。その存在がどう思われ、息子である彼がどう思っているのか想像はできる。だけどこれは想像であり、ギルベール自身の内心はなにも知らない。

 知ろうとは思わない。身内の複雑な事情に踏み入れられるほど、わたしとギルベールに関係はない。

 あるのはただ――仮初の夫婦関係だけだ。父を殺された娘と、妻の父と実父殺した夫。


(ロドルスの王も面倒なことをする)


 ロドルス国王はギルベールの伯父にあたる。この関係はさてどういうものなのか。


 本を片付け終えて、わたしはギルベールのもとへ戻る。


「君に確認しておきたいことがあるんだけど」

「なんだ」


 幸いなことに、周りには従者君以外に人はいない。

 おそらくこういう状況はあまりない。日記から察するにシルティとギルベールは一日のうちに全く言葉を交わさない日も珍しくはないらしい。


 それが悪いとは言わない。わたしも似たようなことはよくあった。

 けれど、このわたしにその状況はよくない。少し変えていかないと動きもとれない。


「夕食も別々に摂るのかな? わたしの食事は必ず部屋に運ばれるんだけど、少々つまらなくて。たまには一緒にどうかな?」

「……あなたがそうさせているんだろう」

「わたしは最初から、君と一緒で構わなかったよ」

「……は?」


 驚きと怪訝の混ざる目。そうだろうなとは思ったからさして驚くことはないけれど、全くもって困ってしまうばかりだ。

 肩を竦めてやると、ギルベールが従者君と顔を見合わせる。従者君も意味が分からないというように首を傾げている。


「失礼ですが……本当に奥様ですか? 一体どういうおつもりで?」

「わたしはわたしで、どうというつもりもない。理由が必要なら高熱のせいということにしておこう」

「全く説明になっていませんが?」

「ははっ。君は柔軟になったほうがいい」

「理解不能と柔軟は全く違います」


 うんうん。なかなか楽しい従者君だ。

 一応はギルベールの妻であるわたしにもズバッと物が言えるのは得難い人だ。現状では好感を持てる。


 なにせ周りは敵だらけ。ギルベールでさえ今は味方とは言えない。


(というより、シルティには味方がいないからなあ)


 だからこそ、まずはその敵を潰していく必要がある。そのためにいろいろと行動が必要だ。

 けれど、敵を潰すだけがわたしのするべきことではない。


 日記に書いてあった内容は、そういうものだ。


「とはいえ、この国じゃ、食事に獣の毛が入っちゃたまったもんじゃないって人が多いだろうから、嫌なら構わない」

「そんなことは思わない」

「それはよかった」

「……分かった。では、夕食は共に摂ろう。食堂で構わないな?」

「構わない」

「ハイン。セバスに伝えておいてくれ」


 従者君が「わかりました」とギルベールに一礼して書庫室を後にする。

 従者君は「ハイン」というのか。よし覚えた。


 一人が去っただけなのに途端に静かになったような気がする書庫室。

 沈黙に苦しさを覚えることはないけれど、わたしはちらりとギルベールを見た。と、同じことをした彼と目が合うけれどすっとすぐに視線を逸らされる。


「この際だからいっそ聞いておきたいことがある」

「なんだ」

「君は、わたしとの結婚を嫌悪しているかな?」


 ふっと小さく息を呑んだような音が聞こえた気がした。

 ギルベールはわたしを見ることはなく、わたしも彼を見ない。そんな中でとても重たそうにギルベールが言葉を紡ぐ。


「それは……あなただろう」

「答えになってない」

「……」


 苦虫を噛み潰したような横顔が見えた。そんな、どこか子どものような表情が少し意外で、面白くて、思わず「ふはっ」と吹き出すとその黒い目を瞬かせてわたしを見る。


「な、なぜ笑う……?」

「君は嫌悪や憎悪が自分に向けられるということを、あまりにも受け入れすぎじゃないか? 戦にしても、守護獣にしても、なにもそれが全てではないし、君は国内最強と謳われていたファルダ国先王を倒した実力がある。それは君しか持たないものなのだから、卑屈にならなくていいはずだ」

「……」


 この大陸では、誰もが生まれながらに『守護獣』という存在を得ているらしい。

 赤子が生まれた傍に生まれ、生涯を共にする。その力を使い主を助け、守る。かつての神が人間に与えた存在。


 この守護獣を持たない者もいる。ファルダ国の民だ。

 ファルダ国は大陸で唯一『守護獣が生まれない』場所。けれど、人間より優れたその獣人という特性は守護獣の力を時に上回る。


(この守護獣に関しても日記には面白いことが書いてあった。そして――ギルベールには守護獣がいないことも)


 生まれながら誰もの傍に生まれる守護獣。――ギルベールは、生まれながらに守護獣がいない。


「少なくとも、わたしには守護獣なんてものはいないから、優劣の如く判断するこの国の者たちの思考はさっぱり理解できない」

「ファルダ国は守護獣がいなくても充分に強力な国だろう」

「経験から?」

「……被害はこちらのほうが大きかった」

「なら証明だ」


 生まれ持ったものが人生や選択肢を広げることはある。だけど、それは生まれながらの宝石ではない。

 全ての者にとってそれは最初はただの石ころだ。大事なのはそれを磨くか否か。


「わたしと君は、ほんの三年前までは敵同士だった国の者だ。だけどそれは、わたし個人が君に恨みを抱く理由にはならない。先王のことを含めても」

「それは……先程言ったファルダ国の死生観故に?」

「そうだ。君は違う? わたしを恨むか。恨まれていると思うか。それとも、自分を許せないか」


 きゅっと寄せられた眉からは様々な感情が読み取れる。


 ギルベール自身がシルティとの婚姻に最も複雑な想いだろう。王の命であるから断ることもできず、自分が殺した相手の娘であれば恨まれていると思う。しかも自分の手で父を討っている。

 その戦はギルベールにとって大きなものになったはずだ。


 だからわたしからこれ以上を言うことはない。ただ、ぽんっと背中を叩いておいた。


「!」

「さて。夕食といこうか。集中しているとお腹が減るな。君も身体を動かすからそうだろう」

「ああ……」


 すたすたと歩き出すと後ろから数秒遅れてついてくる足音が聞こえる。

 振り返るつもりもなく、わたしは前だけを見て歩いた。






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