49,剣とともに見た夢
シルティの魔力は素晴らしい。加えて、魔法の行使にも問題ないとなると、もともとのわたしがもっていた魔力もなにかしら作用しているのかもしれない。
自然と口端が上がってしまう。
手を掲げ、炎を生み出す。ゆらりゆらりと揺らめいて、火の粉を舞い散らし、大きく、強く。
そんな炎は燃え上がり、空に届かんばかりに膨れ上がる。周囲にさえ熱気が届くほどに、視界を真っ赤に染めるほどに。
「……」
そんな炎は風を受け、巨大な竜巻と化す。
わたしの手を離れた炎の渦はその威力を一切落とすことなく、戦場を暴れ回る。
「す、すげえ……」
「こんなの見たことねえ……」
呆然とした声が聞こえる。
炎の渦は味方に向かうことはない。制御権はわたしの手にある。
大きく、激しく、熱く。炎の渦は舞う。そしてそれは、眼前の敵を呑み込んだ。
やるべきことを終えた渦は、わたしが拳をつくるように握れば、途端に弾けて消える。
視界から赤が消え、青と地面が戻ってくる。戦場とは思えぬほどに、静まり返った周囲。
(ふむ……。消費した魔力は思った以上に少ないな。これなら複数属性を同時に使うことも可能だ)
やってみなければ分からない。今回は非常に今後のためになった。
ふーっと長く息を吐き、心底ためになったと感じた。……そして、痛感した。
(体力が、足りないっ……!)
この二年間シルティは当然戦場に出ていないし、あの屋敷で体力づくりなんて鍛錬もできていない。
今のわたしができる範囲で、歩いたりちょっと鍛えたりして少しずつ重ねてはいるがまだまだ足りない。今度もっと負荷を増やそう。
ぜえぜえと明らかに疲労していると分かるのは士気に関わるから心の中だけに留めるが、ちょっと動くのを億劫に感じてしまう。だめだこりゃ。
(王都に戻ったらすぐに体力を作ろう。……しかし、風で熱を上げるつもりはなかったんだが……。やってくれたな)
空を見てため息が出てしまうが、それはまた今度にしよう。
わたしはすぐさま振り返り、呆然とする騎士たちへ指示を飛ばす。
「中央から右翼と左翼へ進軍。挟み込め」
「「「! はっ!」」」
まだ終わっていない。
すぐに動き出す騎士たちから視線を動かす。
誰も近づけぬほどの迫力で刃を交わす、ギルベールとドゥーラがいた。
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少し離れた場所で突如として発生した炎の竜巻にはさすがに驚かされた。ドゥーラも瞬時に防御態勢をとりこちらへ向かってきても問題ないようにしていたが、それがこちらへ来ることはなかった。
あれがきては俺とてひとたまりもない。相殺することも、軌道を逸らすことも、俺にはできない。
俺とドゥーラの剣がぶつかる。――いや。正確に言うと、剣の間には少し間がある。
「っ……」
これ以上、押せないのだ。
俺の剣がドゥーラに当たらないよう、風の力がドゥーラの剣にまとわされている。
ドゥーラは個人の実力も備えた厄介な相手だ。その傍では鷲が翼を広げ、主の援護をしている。
ドゥーラを守るように風をまとわせ、こちらの一撃を弾く。非常に厄介だ。
「なぜ守護獣の力を使わない。それなくして俺に勝つつもりか?」
「……」
「聞いたことがある。ロドルス国には守護獣を持たぬ『落ちこぼれ』がいると。誰もがその存在を持つのが当然。なにを馬鹿なと思ったが……そうか。貴様か」
かつての戦のことは当然に帝国も、隣国ルタンダル国も承知だ。情報を集めることも怠っていないはず。
つまり、俺が守護獣の力なく敵将を討ったこと、守護獣なしの「落ちこぼれ」である情報は得ている可能性が非常に高い。
守護獣はいて当たり前。その当たり前を崩す話など、まさかの噂程度かもしれない。
しかし現実、俺はその力なく敵将を討った。目立ってしまったのは無理もない。
だが――……。
『ギルベール。わたしの頼みは――……』
ドゥーラは確かに強い。しかし、あの圧倒的な存在感と本能的恐怖、背筋を流れ手に滲んだ汗と逸る心臓。
本能が逃げろと訴えてくるようなあの感覚に比べれば、頭は随分と冷静だ。
(風の力は厄介だ。まずはあの守護獣を封じたいところだが……)
剣では守護獣は倒せない。俺には守護獣を倒す術がない。
風が吹いた。土煙を起こす風は俺の後ろから吹いてくる。
こちらが風上となると、相手にとられないようにしなければ。
一瞬、土煙を遮るようにドゥーラが目を細めた。それを見逃さずに斬りかかる。
「っ……」
入り込んで気づいた。ドゥーラの周囲だけ風の流れが違う。二つの風がぶつかり合うような、読めない流れが発生している。
翼の音に思わず舌打ちが出るが、肌で解る。守護獣が生み出している風の力のほうが範囲も限定的であり、弱い。
ドゥーラの剣が唸る。風をまとう剣を躱し――たと思ったら、腕から鮮血が噴き出た。
「……っ!」
すぐさま片手で強く剣を握り直し、続く剣を躱す。再び直に触れない打ち合いが始まった。
(触れていないのに斬れた……ということは)
――耳に風音が入った。
直感的に、剣を避けるよりも大きく身体を動かし躱す。
「ほぉ……」
続いてくる攻撃を、同じように躱し、反撃の剣を繰り出す。
耳に衝く風の音。鋭い刃が振り下ろされるような、嫌な音。
(剣にまとわせた風が、刀身以上の刃になっている)
目に見えない刀身となると非常に厄介だ。風はどこまで伸びるか分からない。下手に近づきすぎると斬られる。
風の音が耳に届く。風の刃は切れ味を与えるためか、通常の風とは音が違う。近づけば、襲いかかってくる音でおよその刃を把握できる。
しかし、その音に俺がどれだけついていけるかによる。風が急激に大きく強くでもなれば咄嗟の動きでどこまで対応できるか……。
「やるな。これをこうも躱し続けた人間はいなかった」
「さすが、歴戦の猛者の技だ」
守護獣がいないからといって相手は加減などしてくれない。そんなこと、嫌と言うほど知っている。
俺は他者よりも攻撃の術が少ない。――だから、剣術を磨いた。
『ギルベール。いくら優れたものでもなにもしなければ腐っていく。くすんだ石でも磨けば宝石になる。大事なのは、どう使うか、どう磨くかだ』
守護獣のいない俺に大きな手をした父はそう言って、頭を撫でてくれた。憶えている、幼い頃の数少ない記憶だ。
だから俺はひたすらに剣を磨いた。――大きくなって、将来は父と共に国を守ろうと、そう決めて。
――夢として消えてしまったそれを、俺は時々夢に見る。




