43,想起させる存在感
ギルベールと騎士たちの関係を見ていると、騎士の一人と目が合った。
「あ……えっと、若の奥様の……?」
「ああ。シルティだ。よろしく」
「よ、よろしくお願いします……!」
慌てたように頭を下げる面々は先程の気安い空気が一転、緊張したものに変わってしまった。理由は分かるけれど、そこまであからさまに反応しなくてもいいのに。
ギルベールもすぐに察したのだろうが、気にした様子なく必要事項の伝達を続ける。
「今回は彼女の力も借りることにした」
「えっ! でもその……戦闘は…」
「問題ない。父王陛下にしごかれたし、戦闘経験もある」
「へえ……。父君に…って……」
「「「…………」」」
おや。なんだか余計に空気が重くなって気まずくなってしまった。騎士たちはわたしから視線を逸らして、ギルベールとも気まずそうに合わせない。
それを見て、ギルベールがため息を吐いてわたしを見た。
「……あまり平然と、しかも俺の隣でそれを言われると、誰もが気まずさを感じるだろう」
「そうか? わたしは全く」
「……機微を察してくれるとありがたいんだが」
「善処しよう。だけど、わたしがそうしているとわたしまでそれを気にしているようだろう。だから余計に気まずくなるんじゃないか?」
「……あなたほど切り替えが上手いわけじゃない」
「ふむ……。では言ってしまおう。――わたしは先王の件についてとくに気にしていない。強者が勝つ、それがファルダ国だ。それに倣い、猛者が好きで闘いが好きであった先王の性格面から言っても、ギルベールへ恨みつらみを抱く理由が一切ない。ファルダ国には、死者の肉体は他の命を繋ぎ、魂は次の生へと巡るという考えがある。故に、だらだら悲しむこともない」
目の前の騎士たちの顔がぽかんとしたものになったが、空気はすっかり変わったのでよいとしよう。ギルベールは額に手をあてているけれどいつものことなので気にしない。
わたしはファルダ国のこの考えについて早々に納得したし共感した。わたしがシルティではないということも関係しているが、他者からすれば違う。
シルティは父を夫に殺された身だ。そこを考えてしまうのは仕方ない。
「……えっと、その……若と結婚されたんですよね……?」
「ああ。度々ギルベールからは姫扱いされる気がするけれど、ちゃんと妻であるはずだ。度々疑問を感じるけれど。うん。結構頻繁に」
「強調するな!」
これはギルベールに問題があると思うが、今は問わないことにしよう。
目の前の騎士たちはわたしとギルベールをきょとんとした目で交互に見て、数秒沈黙した。
「「「……え」」」
「分かったか?」
「「「あ、はい……」」」
「……本当か?」
分かったならばよろしいと思うけれど、ギルベールの目が疑いに満ちている。元部下だろうに。困ったものだ。
そんな彼らにため息を吐いて、ギルベールは背筋を伸ばす。
「雑談は終わりだ。今のおまえたちの実力をみたい。手合わせしてくれ」
「「「はいっ!」」」
「ああそれ。わたしもしたいんだが」
驚いたようにがばりと視線を向けられた。その中にギルベールまで混ざっているのは至極心外だ。わたしが剣を使えると知っているだろう。
少々むっとしてギルベールを見ると、形のいい眉を歪めているのが見えた。
「……やるのか?」
「実力をみたいと言ったのはわたしだ。それには実際手合わせするのが早い。だろう?」
「そうだが……。やるのか?」
「やる。そうだ。君が相手をしてくれ」
いい案だと思いついて言うと、ギルベールがぎょっと目を剥いた。
「ま、待て……! さすがに俺は……」
「不都合でもある? わたしは君の実力を知らないから知るにもいい機会なんだが。それに、一応は君の妻だし、他の者たちに相手をしてくれと言ってもしづらいだろう?」
「……」
ギルベールが無言で騎士たちを見るとぶんぶんと勢いよく首が縦に振られた。ギルベールの顔がまた歪む。
納得しづらいような、迷っているような、そんな顔だ。けれど心底嫌だと思っているわけじゃないんだ。それならにべもなく拒絶しているし、断固として譲らない。
困惑の表情に、わたしは問題ないと伝えるように笑ってみせた。
「君ほどではなくてもできると思う。まあ、剣はさして得意ではないが問題ない」
「今不安が増したような……。得意でないなら俺でないほうが――……」
「さあ始めよう!」
早速騎士に木剣を借りてギルベールから距離をとるように歩く。後ろからは盛大なため息が聞こえた気がするけれどこの際気にしないことにする。
ギルベールに向き直ると、すでに騎士たちは距離をとって下がっていた。ギルベールも木剣を持って対している。
鍛錬場全体が静かになった。あちこちから視線を感じると同時に「手合わせするんだってさ」「建前にして鬱憤晴らしじゃね?」なんてこそこそ言っている声が聞こえる。
「一応言っておくが、剣の手合わせだ。君に向けて剣以外の力は使わない」
「分かった」
わたし自身、これは試しておきたいことでもある。
前世に剣術はかじっている。けれどやはり魔法を行使するからさして得意とは言えない。中遠距離攻撃のほうが得意だ。
――なら、この身体の本来の主はどうなのか。
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したくない、わけじゃない。ただどうしても抵抗感がある。
彼女に木剣とはいえ、剣を向けること。衆目のこの場でそれをすること。……この状況はあまりよくは思われないし、好き勝手言われるものにもなる。
手を抜けばおそらく怒るか、呆れるか。なぜだと問い詰められたとき自分がどう答えるか、自分でも分からない。
(もしこれが彼女にとってただの憂さ晴らしなら、黙って受け続けるんだが……)
俺に提案してきた目はそんなふうには見えなかった。本当に、ただ手合わせのつもりなのだろうか……?
騎士たちの実力をみたいと言ったのは彼女だ。まさか、そこには最初から俺を含めていたのだろうか?
ならなおさら、見ているだけでも充分だったのではないかと思ってしまう。
(彼女に作戦立案をしてもらったり前線に出たりしてもらう予定はないんだが……)
俺の傍にいると言った。とはいえ、戦場でも張り付いていろとは言わないし、安全な場所で待機させるつもりだ。
彼女がどこまでやるつもりなのか、解らなくて困る。
「えっと、それじゃあ、いいですか?」
息を吐いて思考を切り替え、前を見る。
「!」
一瞬、言葉を失った。
目の前にいるのは本当に彼女かと疑問を持つほどの威圧感。隙のない姿勢。狙いを定めて喉笛に嚙みついてきそうな目。
背筋に冷や汗が流れる。
(この感覚……同じだ。あのときと)
あのとき、あの男ほど、強烈な圧迫感と威圧感に圧倒されたことはない。あれほどの相手は生涯であの男だけではないかと、そう思っている。
手に汗が伝う。嫌うような、懐かしいような、そんな感覚。
『姫様は国内でも指折りの強者だ。その力はもちろん、体術剣術を始めあらゆる術を先王陛下から仕込まれている。戦場経験もおありだから心配は無用だ』
(――……ああ。こういうことか)
知らない。こんな彼女は。
(この二年間もそうだ。俺は本当に……なにも知らないんだな)
こんなときに、ふとそんなことを痛感させられた。




