41,久しぶり
砦の外には圧巻の光景が広がっていた。
門の内側に入り整列するファルダ国軍。誰もが獣人の特徴を持ち、種は異なるが屈強な身体と雄々しい威風を備えている。
(さながら、肉食獣の群れのようだな)
見るだけで圧倒される。それほどの強者なのだと剣を交えずとも解る。――それほどの貫禄をまとう面々を純粋に尊敬する。
到着したファルダ国の騎士たちへの国境兵の反応は少々分かれる。
産まれ育ちが辺境領ならば平然としている者も多いが、中央から派遣されている者の中には顔を顰める者もいる。……どこでもそんなものか。
反応は前者のほうが少し多いだろう。役人よりはマシだと思いたい。
彼らが掲げるファルダ国旗が風に揺れる。
どんな理由があれど加勢に来てくれたのだから挨拶するのは当然。俺はすぐに表に出て、ファルダ国の騎士たちに向き合った。
瞬間、刺すような視線に貫かれた。
(問題ない。想定内だ)
国軍に属する者もいるだろう。それならば、かつての俺の顔を知っていてもおかしくない。
だからこれは想定内。臆する必要も、後ろめたく罪悪感を覚える必要も、ない。
「ロドルス国騎士団第九師団団長、ギルベール・ロザロスだ。此度の戦において総指揮を任されている。我が国の要請に応じ、来てくださったことに感謝を。共に戦い、国境線を死守する助勢となってほしい」
視線は変わらない。しかし不意に、威勢が弱まった気がした。
綺麗に整列する獣人騎士たちはなぜか顔を見合わせ「ギルベール?」「どっかで聞いたような……」となにかこそこそと言いはじめる。
しかしそれも、ガンッと地面を打つ音に掻き消された。
それをしたのは俺の前にいる屈強な男だ。濃茶の髪と同色の瞳、頭には体つきのわりに小さな丸い耳がある。その体格と合わせて見ると熊のように見えた。
手に持っているのはグレイブだろう。槍の穂先を剣状にした武器だ。剣状の刃は大きく、槍よりも重さがあるが軽々と片手で持っている。石突で地面を打っただけだが、打たれた地面が陥没している。
場が沈黙して、目の前の男はやっと口を開いた。
「此度はロドルス国からの要請に従い馳せ参じた。俺はルセル陛下よりファルダ国国軍を任せられている、オスカーだ」
「よろしくたのむ、オスカー殿」
手を差し出せば俺の手を見つめ、一瞬視線が交錯し、オスカー殿は俺の手を取った。握手を交わし、オスカー殿はふっと息をもらす。
「嫌味はよせよ。――それより、気になって仕方ねえって部下に代わって聞きたいことがある」
「……なんだろうか」
「あんた、うちの姫さんの旦那か?」
「……。ああ…そうだが……?」
少しだけ身構えていた頭が、一瞬、理解が追いつかなくて固まった。
俺との婚姻はファルダ国にはどう伝わっているんだ? この二年間一切ファルダ国と関わることがなかった故に気にしたこともなかったが、どうやら相手が俺であるということは伝わっていないようだ。それも少々妙な話だが、先王を討った相手に嫁がせるということを隠すためかもしれない。……どういう理由があれど、俺の関与するところではないが。
(仮に彼女の婚姻相手として名前だけを知っているとして、かつての戦場で俺の顔を知っていれば、今ここで先王を討った相手と一致されたということか)
両者が同一人物であると知れば尚更、いい顔はされない。されたいと思っていないので構わないが、それが今後の空気に影響すると少々面倒だ。
「マジかよ……」
「あいつが姫様の……」
「先王陛下を討った男だろ…?」
獣人たちの声が微かに耳に届く。今度はもうオスカー殿も止めるつもりはないようだ。俺をじっと見て「…そうか」とだけ呟いた。
両国の空気が少々重くなった気がした。いいことではないが、どのみち知られるだろうことだったから想定済みだ。
しかし、この空気をなんとか晴らして作戦会議に入らねばならない。
「オスカー殿。早速で申し訳ないが、今後について話し合いを――」
「ギルベール」
目の前の獣人騎士たちが一糸乱れることなく膝をつく。それはオスカー殿もそうであり、突然のことに俺も口を閉ざすしかない。
そして、おそらくその原因だろうその人を振り向いた。
こちらへ悠々とやってくる、白銀の獣人。
周囲の空気も物ともせず膝をついて並ぶ騎士たちに気後れすることなく、平然と俺のもとへやってくると、獣人騎士たちに向けるかと思った視線は俺へと向けられる。あまりに平然と堂々としていて、俺のほうが呆気にとられる。
「ど、どうかしたのか……?」
「ちょっと騎士たちの実力を把握しておきたいから、訓練を見てきていい?」
「ああ……ん? ……は?」
「うん? どっち?」
「……ちょっと待ってくれるか」
「時間は無駄にしたくないから、即断即決を求める」
「ファルダ国側と今後について協議がしたいからそこにあなたにも参加してほしいのでそのあとで」
「では、そうしよう」
……また、素直に聞くんだな。
少々意外に思っていると、彼女の視線はやっとファルダ国騎士たちを見る。そして俺をちらりと見るので軽く頷いた。
「ファルダ国騎士の皆。よく来てくれた。総指揮官ギルベール第九師団団長に倣い、皆に感謝を」
「とんでもありません。まさか、姫様がいらしていたとは……。お久しゅうございます」
オスカー殿が顔を上げ、自国の姫に挨拶をする。
現在の彼女とファルダ国、そこに俺を含めると関係性は非常にややこしい。だからなのか、隣の彼女も言葉に迷っているようだった。
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(……さて)
分かってはいたことだから、出立前にはシルティの情報本を読みこんだ。とくにファルダ国に居た頃の思い出や人名について。
幸いにも、情報本には人名が数人分載っていた。関係性は読むことで読み取れるものもあったから、手がかりなしであるよりずっと助かった。
とはいえ……
(外見的特徴や種族は全く書かれていなかった)
そこはシルティにとって、書く必要もないほど当然に頭に浮かぶことだったのだろう。
おかげで、誰が書かれていたその人なのかさっぱり分からない。
(それなりの立場にあるようだが……誰だろうか)
久しぶりというのは挨拶か。それとも実際にファルダ国では言葉を交わすことがあったのか。
……どちらにせよ、この場で長々と話はできないな。
「元気そうでなによりだ」
「もったいないお言葉にございます。姫様のお元気なお姿を拝謁することができたとご報告すれば、陛下もさぞご安心召されるでしょう」
「わたしはいつでも元気だから、陛下にはあまりご心配なさらずとお伝えしてほしい」
「はっ」
さりげなく彼の後ろを見れば、膝をついた面々の中に耳や尻尾を動かす者がいる。
わたしがいたことに驚いているのか、それとも声をかけたいのか。彼らとの会話は注意しなければ。
「ギルベール総指揮官はすぐにでも今後の話をしたいようだから、応じてほしい」
「もちろん」
すぐに立ち上がった彼は後ろの騎士たちに指示を出す。彼に呼ばれて数名が前へ出てくると、その面々を連れ、わたしたちは再び会議室へ戻ることにした。
背後に感じる複数の視線に、今は振り返らないことにした。




