36,暗雲
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夜会以降、我が家にも招待状が送られてくるようになった。
これまでもそういったことはあったが、必要最低限でいいと言ってそうさせていた。彼女はそれでも度々招待状をもらった社交会には出ていたようだが、同伴すべき場以外を俺は共にしていない。
しかし今回は、招待状の数が少し多いような気がした。送り主や中を確認すると、彼女が夜会で見せたファルダ国の装飾やダンスについて話を聞きたいというものが多かった。
(俺が思う以上に、あれに興味を持った女性は多かったんだな……)
社交の場における力関係はある程度把握している。招待状の多くは妃殿下の傍、ティルズバーン公爵夫人の傍、そちらからのものが多い。派手に貶した側は今後ファルダ国の物がどう注目されてもなかなか掌を返すのは難しいだろう。
(俺の知らない間に売り込んだのか……?)
ファルダ国との交易を独占しようと画策している彼女だ。ありえない話ではない。
しかも、それをすでに陛下と妃殿下に贈ると公然と約束している。……あれも作戦だったのだろう。胃が痛い。
ともかく、警戒するべき相手や不審な誘い文句がないことを確認して、招待状は彼女に渡すことにする。
セバスにそれを預け、俺は息を吐いた。
(目下の懸念であった夜会は乗り越えた。今後も胃は痛みそうだが……しばらくは大人しくしているよう言っておくか)
……してくれれば、いいんだが。
ふるふると頭を振り、息を吐いたとき、部屋の扉がノックされた。
「入れ」
「失礼いたします」
がちゃりと扉を開けて姿を見せたのは、俺の従者であるハイン。
どこか慌てたような表情に無意識に眉が寄る。
扉を開けたまま、背筋を伸ばし、ハインはすぐさま用件を告げた。
「ガードナーさんがお見えになられています。緊急招集令が出されたと」
「すぐに行く」
椅子から立ち上がり、私室で制服に着替え直し、すぐさま向かう。
エントランスで待っていた俺の副官、ガードナーが背筋を伸ばして真剣な眼差しをみせる。それだけ急いでいたことも、突然のことであることも理解できる。
「行くぞ」
「はっ」
緊急招集となるとガードナーが詳細を知っている可能性は低い。
すでにハインから厩舎に知らせていたのだろう、外では馬丁が馬を引いて待っていた。
「ハイン。セバスとともに後を頼む」
「お任せを」
馬に乗り、馬首を返す。その途中、建物の陰から少しだけ見えた彼女の姿に視線が向いた。
俺に一瞥を向け、さして表情を変えることもなくいつものように、口が動く。
動きながら認めたものだったが、なんとなく、「いってらっしゃい」と言っているのだろうなと、そう思った。
突然のことに気が張っていた俺は、いつもどおりの彼女を見て張りつめた糸が緩んだのを感じた。
♢
城内の会議室に集められていたのは主要首級の顔ぶれだった。
陛下を始め、王太子殿下、宰相、軍事指揮を預かる元帥、騎士団長、各師団団長。普段はこうして一堂に会することもない稀な集まりに、足を踏み入れた俺も事態の重さを察した。
「集まったな。では早速本題に入る。――北に暗雲が確認された」
「「!」」
全員の目が鋭くなり、それでも驚く者はいない。
これだけの面々が集められていればその内容にもおよそ察しがつくというもの。
ロドルス国の北にある帝国。大陸の中でも広大な領土を有し、その軍事力も高い。
近隣の中では、ロドルス国の西にあるルタンダル国とは接する国境面積が広く、帝国からの侵攻を警戒している。
(ルタンダル国に比べれば、我が国が帝国と接するのは北の直轄領のみ。……ファルダ国との関係を警戒したのか)
ファルダ国と戦があった折には、戦後に狙ってくる可能性もあった。警戒したがその動きはなく、しかしまだ油断はできない。
ファルダ国は大陸でも有数の個人戦闘力の高い国だ。関係を警戒されるのは当然のこと。
「伝達では、あちらに相当数の武器の搬入と人員の増加が確認された。数はおよそ三万」
「三万……。こちらの人員より多いですね」
「では、援軍を編成しましょう」
話が早いのはさすがだ。自分たちが集められた意味をすぐに察し、話に入る。
国境戦はその地を守る武官たちで成り立つこともある。現場判断にもよるが、王都から援軍を送っても間に合わないこともあるので、現場の戦力は重要だ。
それなりの規模の戦となればすぐさま国も動く。これが仮に国同士の踏み込む戦となるか、侵略に対する防衛線になれば、騎士団の首級が総動員されるだろう。
(辺境領には二万の兵がいるはずだ。数の有利をつくるならば、こちらから一万と少しは入れたいな……。しかし、人選も難しい。国境を守りきれる実力、それがなせる師団、国境の軍と連携し、冷静な判断と即断ができる人物)
王都にいる騎士団の中には実戦経験のない者もいる。師団長級にもなればそうでもないが、下手をすれば開戦だ。国境戦の経験者であると心強い。
意見を出し合う各師団長や騎士団長の声を聞いていた陛下が、ふと思い出したように放った。
「ファルダ国が五千の応援を出してくる。そのつもりで人選してくれ」
「「!?」」
「な、ななななぜファルダなどから応援を!?」
「陛下。これは我が国の問題。よりによって隙を与えるような――」
……さすがに俺も驚いた。
国境の防衛戦は重要だ。そこに他国を介入させるとは思わなかった。
戦力として必要であるというならそういう手もある。戦力は多いほうがいいし、ファルダ国は優秀な国だ。
しかし、協力関係を築いてあることが前提。
現在のロドルス国とファルダ国に、それは怪しい。
驚く面々を前に陛下は調子を変えず続けた。
「彼の地は我が国とファルダ国の唯一の交易地。守らせるのは当然だ」
陛下の言葉に俺はそっと視線を逸らした。
(出せと言われれば出さないわけにはいかない。それが今の関係だ)
かの戦の終結に伴い、ロドルス国とファルダ国の間には条約が結ばれた。
陛下はファルダ国との戦後もかの国を属国化せず、一国家、隣国として、これまでと変わらない国同士の付き合いをしている。
しかし、それで納得する上層部ではない。
ファルダ国にとっては気持ちよくはない条約をいくつか結び、その中に陛下は姫君の降嫁を入れたのだ。そして彼女がやってきた。
そして、ファルダ国が援軍となると知ると表情を変える者もいる。それをちらりと認めつつ、俺は沈黙を保つ。
その中、第三師団をまとめるボルダッツ師団長が鼻を鳴らして俺に一瞥を向けた。
「では、第九師団に向かってもらうのはいかがです? 戦力としても申し分ない。国境兵ともファルダ国の兵ともうまくやれるでしょう」
その言葉に各師団長の目が俺を見た。
嫌味を含められたところでなにも感じないが、瞼を落として少し思案する。
「どうだ。ギルベール」
数秒の後、陛下からのお言葉で俺は瞼を開けた。
「――分かりました。第九師団を指揮し、参ります」
「他に人員は?」
「……では、第二師団及び第三師団の同行もお願いしたいのですが」
「分かった」
「なっ、なぜ我が第三師団が!?」
第二師団団長であるバートハート殿はすぐさま承諾をくれたが、ボルダッツ殿は驚愕の眼差しで机を叩く。
戦力に関しては、ファルダ国からの援軍のおかげで当初の考えよりも少なくて済む。それに、直轄領や近隣領の兵、傭兵たちを投入すれば問題ない。
しかし、それとは違う問題もある。
「ボルダッツ第三師団長には物資面で同行いただきたい。辺境領まで荷物を引きずっていくわけにはまいりませんので、ボルダッツ家の領地から直接搬入をお願いしたい」
ボルダッツ殿の生家が治める領地は辺境領に接している。すぐさま伝達し、行動に移してもらえれば、俺たちの到着より先になるだろう。迅速に進めるための適任は身内である彼だけだ。
ボルダッツ伯爵家は現在、彼の兄が治めているはずだ。こういう危機を理解できない人ではない……と思う。
あまり社交界に出ず挨拶も最低限に済ませている身として少々自信がなく、ちらりとバートハート殿に目を向けると大丈夫だというように頷きを返された。
それに安心するが、歯ぎしりするようなボルダッツ殿を見てそれも引っ込む。
ボルダッツ殿は俺をあからさまに嫌っている。理由はおそらく他者と同じものだろう。これまでも社交界ではいろいろと言われもしたし、俺の前で部下を引き抜こうとしたこともある。
第九師団にいる者の中に抜けたいと思う者がいても仕方ないと思うし、それを止めるつもりはない。
だが、国を守る剣の一振りである以上、その剣には当然実力を持ってほしいと思っている。
俺は師団長に就任してから、騎士団に関していろいろと記録や情報を見た。
ボルダッツ殿率いる第三師団は実戦経験が少ない。
隣国ルタンダル国とは同盟を結び、帝国やファルダ国との戦は国境が抑えてくれている。言ってしまうと、王都の騎士団にとって、今は平穏な時代なのだ。
それはいい。しかし、いざというときに役に立たない剣では戦えない。
このままでは、騎士団の質が落ちる。
現在その筆頭が第三師団ではないかと俺はみている。
リスクもあるが、その点は俺とバートハート殿で補っていくしかない。




