35,獣人が知る根拠
ギルベールは陛下の様子を確認にいき、会場の状況を確認してから戻ってきた。
「大丈夫そうだった?」
「ああ。給仕たちがすぐに手際よく動いてくれた。陛下もお怪我はされていない」
「そうか。ではわたしたちも戻ろうか」
夜会会場は少々混乱とざわめきに包まれたが、俊敏に動く使用人たちや近衛騎士たちによって事態はすぐに収束した。陛下も会場にいる貴族をすぐに鎮め、夜会は何事もなかったかのように再開された。
その中で、わたしはギルベールの隣でそつなくそれからの夜会をこなした。
~*~*~*~*~*~
荷馬車を引きながら野道を進む。時折すれ違うのはここらで暮らしている農民や、俺のように商売を生業にする者たち。それか巡回中の領地の騎士くらいだ。
王都を出てしばらく、俺は辺境領へと戻ってきた。
王都は煌びやかで金もよく動く。商売の腕も鳴るが、新参が食い込むのは難しい場所だ。……まあ、今後はちょっと商売の幅も広がるかもしれないが。
そう思いつつ、俺の本拠地でありかつてはジルベール様が治めていた領地、現在は王家直轄領になったバルト領の中心地へ足を踏み入れた。
派手に栄えているわけでもないここは、二年くらい前から一気に活気がなくなった。それまではジルベール様の下、獣人たちもロドルス国の商人たちも声を上げて商売していたが、今ではすっかりそれも消えている。
(今日はちょっと騒がしいな……)
商会へ戻る道中に、町の様子を見てそう感じた。
細々と暮らす民はともかく、店を出している奴や商人の様子が少し慌ただしいように見える。
それを見て、俺は馬を急がせた。
町の中にスワダント商会はある。さして大きいわけじゃないし豪奢なものでもない。清潔感のある建物の扉を開ければ、どたばたと動き回る仲間たちがいた。
「あ。おかえり、ヒュリオスさん」
「おかえりなさい」
「おお。ただいま」
俺が留守の間は、俺の仲間が商会を預かり商売をしてくれている。そんな面々が笑顔で出迎えてくれた。
そしてその中ですぐに駆け寄ってくる奴もいる。
「ヒュリオス。急ぐ話が」
「……役人のことか?」
「ああ。王家から役人の馘首、体制と人材の刷新が通達された。商売もしやすくなるだろうってさ」
「そりゃよかった」
王家は思ったよりも早く動いてくれた。それにはほっとする。
陛下に伝えてくれたのは坊ちゃんだ。陛下がその言をちゃんと受け取ってくれたってことは、陛下は坊ちゃんを無下に扱ってないってこと。それもそれで安心した。
(ちょっとでも、ジルベール様の頃みたいになればいいな)
あの頃は、本当に皆が楽しく、やり甲斐に満ちて商売をしていた。坊ちゃんだって時々町に来て、ジルベール様にあれこれ教わっていた。
もう、こない日だとは分かってる。だけどそうだな…いつかまた、坊ちゃんがここに来たとき、そういう景色を見せられるといい。
「にしてもびっくりしました。ちょっと前にいきなりヒュリオスが帰ってきたと思ったら例のお姫様と一緒だし、魂抜けてたし、あっという間に不正の証拠見つけちゃうし」
「ああ、それ。俺もびっくりした」
未だに思い出せない。どうやって二日で王都から辺境領まで来たのか。
だけど、そのおかげで事はいい方に動いてる。だから皆もどこか嬉しそうなんだろう。
またここで変わらず商売ができる。
「ま、そんな奥様と坊ちゃ――っと、公爵様のおかげだ」
「みたいですね」
「……ヒュリオス。ロザロス公爵家とは、これまでと変わらず?」
少しだけ声を潜め、どこか迷いながらの声が傍から聞こえる。他の奴らもどこかうかがうような視線を俺に向ける。
ジルベール様の一件のあと、もちろん商会内からは縁切りするべきじゃないかという声はあがった。なんとか説得して、そうして繋いできた。
確かに、ロザロス公爵家が関わっているとなると断られることもある。
それでも俺は切らずにきた。辺境領の奴らは皆、ジルベール様がどんな人かを知っている。ここでならさして商売に困ることはなかった。とはいえ、小さい商会が生き残るために国中を回った。うまくいくこともあればいかないこともあったのは当然だ。
だが今、そういうこととは別に、繋がり続ける価値があるかもしれない。
「ああ。だから、ちょっと調べたいことがある」
「なんだ?」
「ファルダ国の商人と話がしたい」
少し怪訝そうな顔をした仲間たちは、それぞれ忙しく手を動かしながら次の商売への準備を続けた。
領地を預かる新しい役人たちの動きは早かった。馘首になった者たちは即王都へ帰され、残った者たちが動き回ってくれたらしい。しかも獣人との関係や商売についても分かる奴が入ってくれたことで動きはかなりスムーズだった。
商売体制が少し変わり、ファルダ国の商人たちと直接会うことができた。やりづらくなってからは俺も国中を回っていたから、ここでの商売は久しぶりだ。
これまではその機会を役人の私腹のために削り取られ、やってくるファルダ国の商人も随分減っていた。今もまだ少ない。
だが、こちらの体制が変わることで、こちらからファルダ国へも行きやすくなる。
ファルダ国の商人たちと仕入れや国内情報について話を交わし、それが一段落したのを見計らって、俺は早速聞いてみることにした。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「ああ。なんだい」
「こっちとの商売は……三年以上になるか?」
「ああ。なるよ。もうかれこれ十年以上かな」
「長い付き合いに感謝するよ」
年齢は俺よりも年上だ。だが獣人という特性か、まだまだ現役バリバリの逞しじいさんってところだろう。
そんなじいさんの一団には俺と同じくらいの歳で筋骨隆々な男に丸い耳が生えていたり、ぽんっと丸い尻尾が生えていたり、長い尻尾がゆらゆら揺れていたりいろんな獣人がいる。じいさんも丸めで小さな耳がある、尻尾は短くて、一見して種族は分かりづらいが、なんとなくカバだろうと読み取れた。
「こっちの前の領主の息子って知ってるか?」
「知らんねえ。領主様の子は町によく来てたのかい?」
「ああ。……黒い髪と目の、今は二十歳になられる方でな。今は……王都にいるんだが」
……どこまで言うべきか少し考える。
商人たちが先王陛下を討ったのが領主の息子だと知っているなら、機嫌を損ねる可能性が高い。……奥様はあんなこと言ってたが、真に受けるほど楽観はできない。
刹那考えていた俺の前で、じいさんは徐に重々しく口を開いた。
「そりゃ……三年前か?」
「……ああ。ここが王家直轄地になっちまったから、出ていかざるを得なくてな」
「そうか……。上に従うってのは解るが、人間種は獣人種と違って、腰抜けでも弱者でも従うしかないからなあ」
「……強者に従うのが獣人だもんな」
少し重々しかったじいさんの空気が「ほほっ」と笑ったことで軽くなる。
弱肉強食。獣人の社会はそういうところがある。
腰抜けや軟弱に対する忠誠心はない。そういう上の者は指示を聞く部下を得られても、尊敬と心は得られない。
心も体も強くあらねばならない。それがファルダ国で上に立つ者に求められるものだそうだ。
(それでいうなら、奥様がまさにそのとおりの人だなあ)
堂々と不敵な様を思い出す。驚かされてばかりだったけど……。
「俺たちにとっちゃあ、先王陛下はまさにそのとおりの御方だった。現陛下は武こそ先王に比べれば劣るが、先王がちょっと規格外だったからな」
「比べられちゃ大変だな」
「比べちまうのが強者ってもんさ。だからさらに上を目指す」
「こっちにゃ、そのおめがねにかなう人間はいなさそうだ」
「ほほほっ。いるじゃあねえか。先王を討った奴が」
あっさりと言われて少し返す言葉が詰まった。だがそれを気にする様子もなくじいさんは笑う。
にっと笑みを浮かべ、まるで輝かしいものを見るような顔をする。
「俺も話に聞いただけだが、なかなかのもんだ。剣だけで先王と渡り合うなんて、できる奴はそうそういねえよ」
「……そうかい?」
「ああ。それに――」
「?」
笑みが崩れないじいさんの言葉に、俺は首を傾げた。
――だが、続くじいさんの言葉で、俺はあの奥様が言っていた根拠というものを知ることになった。




