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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月


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34,悪意と暴風

 声をかけられることはなく、二人でそのままバルコニーへ出た。

 会場の喧騒から逃れるように離れ、手すりに近づいてやっとギルベールはわたしへ視線を向けた。


「……なにも、していないだろうな?」

「心外だ。わたしをなんだと思っている?」

「っ……いや、そういうわけでは……。すまない」


 ぐっと眉間に力が入ったように見えると、今度はそれを緩めて謝罪を口にする。そんな姿にどうしても口許が綻んだ。

 こういう人だ。こういう、優しい人だ。


 わたしから視線を逸らそうとする、そんな頬にそっと手を伸ばす。


「わたしは、君の迷惑になるつもりはない。わたしの胸にあるのはただ、君を幸せにすることだけだ」

「……もっと他の、自分のことを考えたほうがいい」

「そうして決めた。他になにかいるかな?」

「……」


 どうしてと、そんな目がわたしを見つめている。

 ギルベールにとって、自分のことをそれほど願われることは納得の難しいことなんだろう。無理もない。


 だけどわたしも、折れてやるつもりはない。


「今するべきは現状把握、まだ爪も牙も突き立てない」

「……それはつまり、いずれはやると?」

「安心しろ。しかと研いでおく」

「どこが安心だ!?」

「君を害する敵がいれば排除するのは当然だろう?」

「するな! あなたが言うとどうにも物騒に聞こえる!」


 威勢のいいギルベールがひどく脱力している。浮き沈みが激しいようだ。

 早く帰宅して早く休ませたほうがいいかな? ハインとセバスに報告しておこう。


 手すりに片手を置いて、額にもう片手をあてているギルベールは、俯く下からわたしをじろりと睨んでくるけれど、涼しい顔をして受け流しておくことにする。

 するとギルベールも、まるで諦めたように大きく息を吐いた。


「これまでのあなたからは想像できないことばかりだ。……なぜ、それをやめていた?」

「……。何事も様子見は大事だ」

「……その結果、屋敷のこともあぶり出し、もう必要なくなったと」


 最初からすべてをさらけ出せばわかり合える、そんな馬鹿なことはありはしない。

 獣人を蔑視しない者、好意的や中立的に接してくれる者はいる。だけど当然、逆もある。そしてそちらのほうが圧倒的に多い。


「あのような獣の乱舞をお褒めになられるなんて、陛下はなにをお考えなのかしら」

「全くですわ。品性もなくてはしたない」


 ぴくりと耳が動く。ギルベールもそれを見て、さりげなく視線を動かした。


 バルコニーと会場の境に立って、扇で口許を隠しながらこちらをちらちらと見る数人の令嬢たち。

 耳は音を拾っても視線を向けるつもりはないから放っておく。だけど、手すりに置いたギルベールの手が微かに動いたのは見逃さない。

 ちらりと一瞥を向けると、とても苦しそうな表情がそこにあった。


 ふっと口端が上がる。わたしがギルベールに声をかけるより先に、カツカツと複数の靴音が近づいてきた。


「おやおや、これは。ロザロス公爵閣下ではありませんか」


 呼ばれれば振り返らないわけにはいかない。表情には感情をのせず、ギルベールは声をかけてきた相手に半身を返す。

 わたしも倣って相手を見る。年頃はギルベールとさして変わらないだろう、おそらく貴族家の子息たち。そして傍には令嬢たちの姿。身内か友人か、それとも婚約者かというところだろう。


 目の前にいる貴族子息たちを見て、ギルベールはさりげなく相手を手で示しながら応えた。


「イーヴァ伯爵子息。ベルーマ子爵子息、子爵令嬢。グラム伯爵子息。ジョセルヴァ伯爵令嬢。わざわざ私になにか用か?」

「誉高き公爵閣下へご挨拶に」

「我々は閣下をとてもご尊敬申し上げておりますので」

「……そうか。それはどうも」


 大仰な礼をしてみせる子息。ギルベールはあまり喜んではいないようだ。

 しかしそんなことはお構いなしか、グラム伯爵の子息という男はにこりと微笑んだまま続ける。


「いえいえ。かの戦でのあれほどのご活躍、敵将のみならず、我が国の膿を出し切るご英断。素晴らしいと感服しない者はおりますまい」

「……」


(……なるほど)


 どうにもいけ好かない笑みだとは感じたけれど、やはり自分の勘は信ずるに値するものだ。

 ギルベールの反応などお構いなし。いや、ギルベールが反応をしないからこそ、子息や令嬢たちは笑みを崩さない。


「とくに敵将との一騎打ちは実に素晴らしかったと聞いております。野蛮な国の王だったとのことですが、あなた様の腕ならば……」

「こらこら。閣下の隣には夫人がいらっしゃるんだぞ」

「ああ。これは失礼」


 隣の人が身体に力を込めた動きを感じた。

 にこりとした、嘲りの笑み。くすくすと笑う声が聞こえてくるようだが、呆れのため息を吐く前にギルベールの腕がわたしを守るように前へ出た。


「私の妻が誰であるか、まさか見えないような節穴ではあるまいな? 解っていないほど、政治に疎いわけではあるまいな? それ以上彼女を侮辱するならば、正式に貴殿らの家に抗議文を送らせてもらおう」

「侮辱などとんでもありません。私たちは――」


 謝っているわりにその誠意は欠片も感じられない。

 たかが貴族の子息たちがここまでの行動に出るなら、当然に勝算があるのだ。そしてそれは、ギルベールがいかに侮られているかが解る。

 ギルベールが抗議などしても表向きの謝罪しか返ってこず、ギルベールに味方はいない。


(ギルベールが陛下に言わないという、彼の立場に付けいれば確実だからな。とはいえ……自分が言われると黙っているくせに)


 わたしの半身を隠そうとする背に思わず内心でため息がこぼれた。仕方ない。


「ギルベール様。彼らの言うとおり、それは違います」


 わたしの制止に子息令嬢たちはそうだろうと言わんばかりの勝ち誇った様子をみせ、ギルベールはぐっと眉根を寄せてわたしを見る。

 だからわたしは微笑んで、そっとギルベールの腕に手を添えた。


「わたしへの侮辱、ではなく、わたしとあなたへの侮辱、ですよ?」


 目の前のギルベールが目を瞠り、きょとんとした顔をする。子息令嬢たちを見るとわたしの言葉が想定外だったのか、驚いてはいないけれど不可解だという表情をしている。

 だから、微笑みのまま言ってあげることにする。


「ギルベール様のご活躍が素晴らしかった。それはギルベール様がファルダ国敵将を討ったという事実で証明されていることです。……それだけに留めていればよかったのですよ? なのに余計なことを口走るからいけない」

「は? それこそ事実で――」

「膿って、多いですよね」

「……は?」

「わたし、今日はとくに思うんです。――ギルベール様に唾を吐く膿の、まあ多いこと。それとも悪意、悪口、侮辱、そういったほうが理解しやすいでしょうか? わたし、故国には時折手紙を出しているんです。夫はとても素晴らしい素敵な御方だと自慢しているのですけどね。返事には皆の喜びが溢れているんです。だから……これまではあまり悲しい内容は書かなかったのですけど、今日のことを書くとそうもいきませんかね……。フィリーシア妃殿下とも今度お茶をしようとお約束したと、心配いらないと書こうかと思っていたのですけど」


 ぐっと詰まる様子が見えた。わざとらしく悲しい表情を見せると、隣のギルベールが合わせるようにわたしの肩に優しく手を置いた。

 冷静なようで肩を掴む手には力が入っている。……ちょっと痛いよ、君は。


「あなたが悲しむことはない。俺は慣れている。あなたにまで同じ痛みを与えているのは申し訳ない……」

「まあ、そのようなっ……。よいのですよ。わたしたちは夫婦なのですから」

「ありがとう。――ああ、それで。こちらが抗議文を出さねばならぬような、そんなことを言ったのか?」

「い、いえっ! 申し訳ございません! 失礼しました!」


 慌てたように走り去っていく背中を微笑んで見送った。

 うんうん、逃げ出したいよな。親だけならともかく国から叱られるかもしれないとなると、そりゃただギルベールを虐めるだけでは済まないから。


「……とんでもないな」

「なにが?」

「頼むからやめてくれ……。ところで、ファルダ国と手紙というのは――」

「ああ、あれは嘘」

「……」


 天を仰いで顔を覆う姿がなんだか見慣れたものになりつつある。

 なんだか納得しがたいな。わたしはそんなにギルベールを苦労させていないつもりなんだが。


「そもそも、わたしが泣きつけばファルダ国が抗議文を出すと思うか?」

「……ない。精々、こっそり様子を見にくるくらいしかできないだろう」

「考える頭の足りない連中だったということだ。……まあ、だからって見逃しはしないけれど」

「やめろ。なにをする気だ」


 咎める目を見返して、わたしは口端を上げた。

 わたしが仕返しでもすると思っているのかもしれないが、ギルベールに嫌味を言う相手にそれをしていてはキリがない。この社交会に出ているほぼ全員にしなくちゃいけない大変な作業になってしまう。


()()()()なにもしない。――君が奴らに虐められ、傷ついた。奴らの名前と顔を忘れないだけだ」

「俺はどうともない。あなたが気にするようなことはない。……なにもしないというのは本当だろうな?」

「ああ、本当だ。今後彼らが余計なことをしなければ」

「……しても放っておいてほしいんだが」

「それは無理だな」


 がくりと項垂れ疲れたように息を吐く様子を見て小さく笑うと、怒っているような目で睨まれてしまう。


 バルコニーに心地よい風が吹く。それを感じて、星空を見上げてから会場の方を向いた。刹那強くなった風がドレスの裾をはためかせる。


「風が強くなってきたな。そろそろ中に――」


 言いかけたギルベールの腕を引き、頭を抱えこむように抱きしめ、すぐさま膝を折った。


 途端――周囲が荒れた。

 バタバタと派手な音をたててドレスが暴れる。せっかく屋敷のメイドたちが整えてくれた髪も大きな尻尾も、会場へ引き寄せられるように煽られる。耳が拾うのは暴風の音だけで、その強さと激しさのせいで耳鳴りがしそうだ。

 風は外から中に吹き込み、突然の暴風に会場内からも悲鳴が聞こえる。どこかで食器が割れる音もしている。観音開きの扉の両端にある垂れ布が飛んでいきそうなほどに煽られる。閉じていた窓は耐えきれなかったんだろう、ガラスが割れる音が聞こえた。


 その風は数秒吹いていたのかどうかだった。

 収まって、やれやれと息を吐く。腕を緩めるとギルベールが顔を上げた。


「大丈夫だった?」

「あ、ああ……。驚いたな」


 ギルベールは少し外を見て、それから会場へ視線を向けた。


 わたしの耳が拾うのはてんやわんやの喧騒だ。「私のドレスが汚れてしまったわ!」「こっちに拭くものを」「こちらは窓が割れましたので離れてください!」「けが人は?」とあちこちから聞こえる声はわたしの耳には煩いほどだ。

 音はバルコニーまで聞こえる。ギルベールもすぐに状況を察したのだろう、立ち上がるとわたしを見た。


「会場は騒がしいからなにかに巻きこまれるかもしれない。ここにいろ。俺は陛下のご様子を見てくる」

「気をつけて」

「ああ。……くれぐれも、動かないように」


 少しだけ迷うような表情を見せても、すぐに会場へと向かっていく。

 その様子を見つめてから、のんびりと喧騒が落ち着くのを待つことにした。






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