33,友好
社交界には三つの派閥があるらしい。中身は単純だ。
フィリーシア妃殿下を囲む妃殿下の派閥。サルヴァン公爵夫人を囲む派閥。そして――もう一つの公爵家の派閥。
「とても素敵なダンスでしたわ。それにそのご衣裳もとっても素敵。王都での扱いの予定はあるのかしら?」
「王都での扱いは難しく……。今後少しずつでもそういったことが行っていけるようになることを願っております」
「そうね。とても優れた技術だわ」
少し残念そうに、けれど未来を夢見るように頬に手をあてる婦人の周りで、令嬢たちもどこかしゅんと眉を下げている。
サルヴァン公爵夫人たちにとっては、これはどこまでいっても獣の品だ。だけどそう思わない者もいる。
「ありがとうございます。そう言っていただけること、嬉しく思います」
「優れた品に賛辞を贈るのは当然のことですよ。ダンスだって、陛下がああおっしゃるのももっともでした」
「あ、あのっ、公爵夫人っ。その……よろしければ、あのダンスを教えていただけないでしょうか?」
勇気を振り絞るように願い出てきた令嬢。その周りでは同じような目をする令嬢たちがいる。
その様子に笑みを浮かべた。
「ええ。もちろん」
「ありがとうございます!」
ぱっと明るく、嬉しそうな顔をしてくれるならよいことだ。
令嬢たちは明るいその表情のまま中心たる婦人を見る。
「ティルズバーン公爵夫人もいかがですか?」
「まあまあ。わたしに踊れるかしら? もうこんな歳だし」
そう言って和やかに笑う婦人。一団の中心人物――ティルズバーン公爵夫人。
令嬢たちの両親世代くらいの見た目。ほんわかとした空気は静かな貫禄、落ち着きは経験と年季からくるものかもしれない。
周りにいるのは同じ空気をまとう令嬢や婦人たち。シルティの日記によると、社交の場では時折声をかけてくれる者たちらしい。かといって、肩入れはしない。
シルティの立場を考えれば当然だ。それに、社交界での派閥はおそらく、さまざまなところに影響が出るのだろう。
(うーん。そういったところもこれから知っていかないと)
派閥に興味はない。けれど、これからギルベールを幸せにするためには必要になる。
その場合、サルヴァン公爵夫人の派閥は論外。妃殿下は悪くは扱わないだろうけれど、陛下とギルベールの関係上どれくらいできるか不安が残る。
「ティルズバーン公爵夫人も是非。他国の文化に触れるのもまた一つの楽しみになると思います」
「そう? では私もお願いしようかしら」
「若輩ながら務めさせていただきます」
「そんなに畏まらなくていいのよ」
鷹揚な夫人に感謝して軽く下げた頭を上げる。
……これはやりすぎか。なんと難しい匙加減。
少々悩んでいると、ティルズバーン公爵夫人の傍にいる令嬢たちがどこか心配するような表情を浮かべて傍へやってきた。
「ロザロス夫人。その……先程は大丈夫でしたか?」
「? なんのことでしょう?」
「えっ……えっと、サルヴァン公爵夫人の……」
「ああ…。あれなら問題ありません。いずれ痛い目をみますよと忠告しましたがどうにも聞く耳持ってもらえなかったようで……別にいいですけど」
それに、せっかく親切に「わたしの夫を馬鹿にするなら潰すぞ」と言ってあげようと思ったのに。聞く必要はないとされたから、まあ遠慮なくやるときもあるだろう。そのときはそのときだ。
心配してくれたようだから問題ないと言ったわたしを、なぜかその令嬢だけでなく一団の全員がぽかんとした顔で見る。
ティルズバーン公爵夫人でさえ驚いたように目を瞬かせている。
「……忠告を?」
「ええ」
「彼女たちに……?」
「ええ」
「その……いずれ痛い目というのは……?」
問われ、首を傾げた。けれどすぐに思い当たる。
ティルズバーン公爵夫人たちが知るのはシルティ本人だ。それを見たからこそ心配してくれたんだろう。
それは不用だ。そしてティルズバーン公爵夫人たちは、わたしの進む道など知らない。
「簡単なことです。王都を獣人が訪れる、ファルダ国の品が入る、そうして国の中に交じるものが増えれば増えるほど、人の見方も変わっていく。辺境領に近づくようなもの。そうなったとき置いていかれるのはああいう手合いだというだけです」
王都の者たちにとってはあまりにも遠すぎる。いや、考えたこともない未来だろう。
だけど、わたしはわたしの道のためにそれを遠いものにするつもりはない。
驚いた顔をする令嬢たちの中、ティルズバーン公爵夫人と婦人たちはどこかまっすぐな、真剣な目でわたしを見る。
「……そう、為すつもりなのね?」
「それが両国のためでしょう?」
他国の王族が嫁ぐ、婿入りする。そういう場合に主とされる目的は互いの友好、交易の確立、国同士の懸け橋、もしくは、人質。
敗戦国からきたシルティは人質という使い道がある。だけどそれなら王子の元、もしくは陛下の側室にでも迎えてしまえばてっとり早いのに、そうしなかった。
しかも相手として選んだ男が男だ。よりによってファルダ国と通じた父親をもつ息子に、ファルダ国の姫を与えては同じ事が起きる危険がある。
(だから陛下はギルベールを選んだのか……)
あくまで可能性だ。しかし、そうならばわたしの表向きの振る舞いも決めやすい。
ティルズバーン公爵夫人はじっとわたしを見て、次には口許を笑みにかえた。
「そう。少し風が強まりそうね。なにかご協力できることがあれば、いつでもいらして」
「ありがとうございます。まずは皆さまにダンスをご教授することくらいでしょうか?」
「ふふっ。皆も楽しみみたい」
少しだけ空気が変わった気がした。悪くない、明るいほうに。
令嬢たちもふっと表情を和らげている。
「なら、後日我が家の屋敷でいかがかしら? お茶会と合わせて」
「よろしいのですか!」
「ええ、もちろん。皆さまで一度に習ったほうがロザロス夫人に何度も足を運ばせる必要もないでしょう。いかが?」
「お心遣いに感謝いたします。わたしはそれで問題ありません」
「――失礼」
笑顔で頷き返したとき、声音の硬い男性の声が聞こえた。聞き慣れたそれを間違えることはない。
ティルズバーン公爵夫人や令嬢たち、そしてわたしの視線が向く先にいるのは、わたしの夫、ギルベール。
なんだか表情が硬いな。それに少し眉間に皺が寄っている。なんだか言いたそうな表情だけれど、さてなんだろう。
「ロザロス公爵。お久しぶりです」
「お久しぶりです。ティルズバーン公爵夫人。それに皆さま方。手が離せぬ間妻の話し相手をしてくださり、感謝します」
「お気になさらず。こちらからお声がけしたのですし、とても楽しかったですよ」
「そうですか。……なら、よかった」
「ご心配なさらずとも。大丈夫でしたよ」
少し見せた不安そうな表情から察するティルズバーン公爵夫人は笑顔で頷いてみせる。ギルベールもどこかほっとしたような顔をした。
(君はわたしをなんだと思っているんだ。まったく……。にしても、同立場の公爵の妻相手とはいえ、少々下手に見えるのはその立場のせいか)
爵位とは、その人個人が持っているものであり、家族や家が持っているものではない。家督の相続もあくまで個人から個人への継承であり、爵位という家を相続するわけではない。
とはいえ、身内の爵位というものは影響力がある。家族は必然的に爵位に守られ、立場によっては不敬だと言って相手を罰することもできる。
(要は、その人の中身次第だな)
あるものをどう使うかはその人次第。使い方というのは大事なものだ。
「少々、妻を借りても?」
「ふふっ。お迎えにいらしたのに留めるだなんて致しませんわ。では夫人。また後日」
「はい」
礼をしてすぐギルベールの腕に手を添え、歩き出す。周りの視線なんて気にならず、むしろ、隣にある存在感に心地良さを感じる。
こういうのも悪くない。




