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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月


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24/64

24,あちらさん次第さ

 ♢




「うぅ……」

「奥様しっかり! はい! 背を伸ばしてください!」


 リアンを含め複数のメイドたちに取り囲まれている現状、わたしに為す術はない。

 湯浴みやマッサージと丹念に身体の準備をされ始めたときは何事かと思った。「耳に当たりませんか?」「不快ではないでしょうか?」と聞かれながら銀色の髪をまとめられ、「化粧はしっかり施すのが主流で――」「薄くていい。薄くていい」と少々の攻防を繰り広げながら薄めの化粧を施され、ヒュリオスが届けてくれたドレスに袖を通す。


(社交の準備は大変だな……)


 今後はもっとコンパクトに済むようにしよう。時間は有限だ。


 支度も終わってメイドたちもわたしを見てどこか満足気だ。どうやら合格点は貰えるらしい。

 わたしも鏡の中のわたしを見る。


 銀色の髪は丁寧に梳かれて艶やかに。もともと顔立ちもいいから化粧は薄めにと頼んだけれどやはり正解だった。

 それにドレス。黒と赤を基調に銀糸で繊細かつ緻密な刺繍を施し、派手さを出さずとも目を引くほどに美しく。露出が少ないファルダ国の衣裳は、その国らしくちゃんと尻尾が出せるようになっている。


 ロドルス国の商人の中にはろくな奴がいなかったこともあったらしい。

 シルティの日記によると、「尻尾を出せるようにこうしてほしい」という要望を出したにも関わらず届いた物を見ればそうなっていなかった、なんてこともあったらしい。その都度シルティは自分で細工していたそうだ。

 シルティは一国の姫であるけれど、そういう自分のこともできる人だったようだ。そしてそれはこの身体が憶えている。


 鏡の向こうの自分を見てひとり頷いていると、そっとリアンがやってきた。


「奥様。本当に香水はつけなくてよいのですか? こちらは最近の流行ですけれど……」

「それをつけるのが主流だというのは理解するけれど、鼻が曲がる」

「鼻……。か、会場ではきっと皆さん身につけておられます。大丈夫でしょうか……?」

「うーん。耐えきれそうになかったら外に出る」


 わたしに社交の場の程度は分からない。外にくらい出られるだろう……じゃなきゃ、そっと会場を出て鼻の機能を取り戻さなければいけなくなる。大変だ。


 さて。そろそろ出発の時間だろうから部屋を出て、ギルベールの部屋に向かう。


 窓の外はオレンジ色に染まろうとしている。夜会の始まりは夜だから少し早いけれど、なんでも国王陛下から「大事な話がある」と呼ばれているらしい。それをギルベールが断るはずがない。


 シルティの日記によると、ギルベールと国王陛下の関係は悪いことはないらしい。あくまで社交の場でシルティが見てきた限りは、だが。

 日記から国王の人柄は読み取れなかった。さすがにシルティも国王と親しいほどの距離はなかったらしい。シルティの社交はあくまで貴族婦人たちとのものだ。それも仕方がない。


 ギルベールの書斎まで来ると、セバスが扉を開けてくれた。


「旦那様。奥様がいらっしゃいました」

「ああ。少し待ってくれ。この書類だけ終わらせる」

「気にせず仕事してくれ」


 ギルベールの傍にいるハインはわたしを見て少し驚いた顔をするけれど、ギルベールは顔を上げない。

 わたしに視線を向けることなく手と目を動かし十数秒、ペンを置いたギルベールがふっと息を吐いて顔を上げた。


「待たせてすまな――」

「さして待ってない」


 顔を上げて、言葉が切れた。

 驚いた顔をして、けれどすぐにそれを消して立ち上がると、わたしのほうへやってくる。


「……それは、ヒュリオスが持ってきたドレスだな。そのネックレスは……?」

「せっかく君とダンスを踊るんだ。初めてのときと似たものでどうかなと。これはファルダ国から持ってきた物。ファルダ国から持ってきた装身具の類は自分で保管してあったんだ。全部無事」

「そうか……」

「ダンスが楽しみか?」


 ほっとしたような顔をしていたのにギルベールの顔が歪んでしまった。それを見て思わず笑ってしまう。


 シルティがロドルス国に来て初めてギルベールと踊ったダンス。どういうものになったのかは日記から知っているけれど、ギルベールにとっても苦々しいものだろう。無理もない。

 それでもすぐにそんな表情を消して、わたしを見る。


「……踊るのか?」

「嫌?」

「そうじゃない。……あなたに、嫌な思いをさせる」

「ギルベール。わたしは二度も同じことはしない。次笑うのはわたしだ」

「……頼むから、大人しくしていてくれ」


 心配そうな顔をしていたのに突然真剣な顔をする。一体なにを想像したのかな?

 その表情を見ているとどうしても笑ってしまうけれど、ギルベールはそんなわたしを見て大きくため息を吐いた。


「行くか」

「ふふっ。楽しみだ」

「……。その言葉遣いは会場ではしないほうがいい」

「そうだな……。では変えるようにする」


 少しだけ眉間に皺を寄せたギルベールの言葉に頷く。

 シルティ自身ならば問題もなかっただろうけれど、生憎とどうしていたかが分からないわたしだ。日記の内容を頭に入れつつ対処していくしかない。


 まあ事実、貴族婦人はこんな言葉遣いではないだろう。そういう流れをつくりでもしない限りそういうものはない。

 別につくりたいわけではないし、まあ変えておくとしよう。


 書斎を出て歩き出すギルベールにわたしも続く。使用人たちに見送られ、わたしとギルベールは馬車に乗って王城へと出発した。


 馬車はその作りによって乗り心地も変わるものだけれど、公爵家のそれは悪くない。座面も適度に柔らかく、内部もゆったりしている。外見に豪奢さはなくも質素すぎることもない。

 とはいえ、おそらく他の公爵家に比べれば質素なものなのだろう。わたしは一切これに困らないけれど。


 公爵邸から王城までさほど時間がかかるわけではない。到着すればさて何があるやら楽しみだ。


「陛下に会うことになっているが、大人しく、余計なことはしないように」

「もちろん。君と陛下のよき関係を崩すようなことはしない」

「……以前はかなり攻めていたと思うが」


 ぼそりと言うけれどこの耳はしかと聞いている。

 斜め前に座るギルベールは小さく息を吐いて窓の外を見ている。そんな横顔を見て、せっかくの馬車内だから、ここでしかできないことを聞くことにする。


「君は、陛下をどう思っている?」

「生涯をかけ忠を尽くす。俺にはそれくらいしかできない」

「君から見て、陛下との関係はよいものか?」

「……俺のことで、余計な気を遣わせているなら申し訳ないと思う」


 なるほど。

 ギルベールの周りの者たちがどういう反応をしているのか、それは日記から感じている。シルティも陛下とギルベールの関係が悪いと、周りの貴族と同じだと、そうは思っていないようだった。


(ギルベールと適度に距離を保っているなら王として当然だろうけれど、近づこうとしているなら、ギルベールへの牽制か、身内の情か、何か考えがあってのことか)


 ギルベールにとっては、陛下は忠を尽くして仕え続ける相手だろう。たとえ、手ひどく切り捨てられるとしても。

 ギルベールは解っていて仕えるだろうし、それを拒まない。そのつもりなら陛下の狙いは思い通りになっている。


(しかしそれは困る)


 わたしは、それを見逃すつもりはない。

 かといって、陛下と敵対してしまうとギルベールの立場上よくない。


 悩んでしまうわたしを見たのか、ギルベールが半眼を向けてきた。


「大人しく。くれぐれも大人しく、しているように」

「もちろん。陛下次第で」

「なにも安心できない!」

「簡単な話だろう。陛下が君に敵対しなければわたしも動く必要がない」

「あなたが敵対しなければ俺は幸せだ!」


 うーん…。幸せにさせたいギルベールの要望はなるべく聞き入れるつもりであるけれど、なんとも難しい調整が必要らしい。

 真剣に悩むわたしの前で、ギルベールはすでに頭に手をあてて項垂れていた。


「……帰りたい」

「こら。わたしとの約束を反故するな」






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