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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月


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23/64

23,だからこれからが楽しみだ

 今のわたしにとって切り離せない人間は二人。シルティとギルベールだ。

 今はわたしという存在が表に出ているとはいえ、本来の主であるシルティ。そして、複雑な立場でありながら夫婦という関係となったギルベール。

 最初から縛られている覚醒だった。だけど、その上で、わたしは決めた。


 これを捨てることはしない。このままで、前とは違う力を持って、違うやり方で、生きていく。

『シルティ』というわたしの前があるなら、それを無視はしない。


(シルティは――……)


 高熱で苦しんでいたという彼女は、なにを思っていたのだろうか――……。

 だから。だからわたしは、日記を読んで、その上で今、こうしている。


「……公爵様を、恨んでいますか?」

「いや。先王のことはファルダ国とやり取りしていた君も知っているだろう? それに勝ったんだ。すごいだろう」

「いやまあ、知ってはいますけど……そう簡単にいくものかなあと、まあ、はい……」

「死んだら死んだ。生きている人間は生きていくだけだ」

「そうなんですけど……。家族関係希薄でした?」

「いや? そんなことはないと思うよ」


 シルティの日記には家族のことも書いてあった。思い出がたくさん、日々の些細な出来事がたくさん。

 記憶は薄れる。そうさせないかのようにシルティは些細なことも書き記していた。


 だからわたしは、記憶はなくても知ることができた。……もちろん、それも全てではないけれど。


(まあ、わたしからすれば希薄か……)


 わたしにとっては他人の家族だ。父はあくまでファルダ国先王で、母はファルダ国王妃。そういう立場の人という認識が強い。


(もう少し情のあるふうに見えるようにしないといけないか……)


 これからの振る舞いに気をつけよう。そう決めたとき、耳が音が拾った。

 それに振り返れば、ハインを後ろにやってくるギルベールの姿が見えた。


「おかえり」

「ああ……」


 僅か眉を動かす反応を見つめ、わたしは小さく笑った。

 最近のギルベールは、慣れないのかこういう反応を見せるから面白い。


 帰ってきたギルベールは椅子に座り、リアンが紅茶を注いだカップを前に置く。それに口をつけてからわたしとヒュリオスを見た。


「どうだった? 陛下の反応は」

「受け取ってくださった。おそらく近いうちに手を打つだろう」

「ってことは、俺はそろそろお暇ですね。状況はまたお知らせします」

「頼む」


 今後が見えてきたヒュリオスも少し安心したのか、伸びをする。それを見てから一度視線を下げたギルベールはわたしを見た。

 もうすぐ日が落ちる。室内へ戻ろうと促すかと思えば、その口が少しの躊躇いの後に開かれた。


「……辺境領での不正、分かっていたのか?」

「いや?」

「……は?」

「いやいや! じゃあなんであんなあっさり辺境領行くこと決めて一日で調べがついたんです!?」


 ヒュリオスが驚愕から身を乗り出してくるし、ギルベールも唖然とした顔をしている。

 そろってそんな反応をしなくてもいいだろうに。いくらわたしでもなんでもお見通しというわけではないんだから。


「当然、正式な規則に基づいて商売を規制している場合も考えていたし、それなら手は出せなかった。だけど今の役人は王都から行った者が多いとなると、獣人とよき付き合いをする者を快く思わないだろうから、それくらいしてそうだなっと」

「なんつー重いこと軽く考えてるんですか……」

「仮に正式なものでも商売がしにくくなると死活問題だから、商人たちの署名を集めて訴えを起こそうかなとか」

「ならなくてよかったです……。そんな勝ち目のない――」

「無論、こっちの要望を通りやすくさせて」

「なんか怖いんですけど……!」


 ヒュリオスが恐れ慄いて身を引く。ギルベールも頬を引き攣らせている。非常に心外だ。

 交渉に材料は必須だ。それが必要となるともっと調査日数が必要になって、夜会までに帰ってくることも難しくなっただろう。そうなると何度か行き来する必要も出てくる。

 そうなると少々面倒だったから助かった。


「お、奥様……。公爵様を幸せにするんですよね? 嘘じゃないですよね?」

「さっき言っただろう。わたしは嘘は言わない」

「ならいいんですけど……。いえ。とんでもない言葉がいろいろ出てくるように思えて俺はどうにも――」

「手段はいくつもあるものだ」

「やっぱり怖いです!」


 そうだろうか? わたしは目的遂行のために行動するだけなんだが。

 なにも積極的に悪いことをしようというわけではない。できるならそういうことはあまりしたくないし、全うな方法でギルベールも堂々とできるものでありたい。


 ヒュリオスが冷や汗を流していると、ギルベールが躊躇いがちに口を開いた。


「その、聞きたいんだが……」

「うん?」

「……俺を、幸せにする、というのは……本気か?」

「もちろん」

「……なぜ、そんなことをする。そんな必要がどこにある。なんのつもりで……っ、俺は――」


 堰切れそうになる言葉が、ぐっと噛んだ唇の奥の奥に消えた。


 そんな様子をギルベールの後ろでハインも見つめている。そしてその目はわたしを見る。怒りのようにも、戸惑いのようにもとれる、その眼差し。

 ハインはきっとギルベールの孤独な苦しみを傍で見ていたんだろう。そしてきっと彼なりに言葉を尽くした。彼は真面目でギルベール想いだ。何度怒りに拳を震わせただろう。


「夫婦だから」


 瞠られた目がわたしを見る。黒い瞳が丸くなって、驚くその表情はどこか幼く見えて、無意識に口許が綻ぶ。


「君も幸せになってくれないと。君は自分からそれを掴みにいかないだろう?」


 言葉なくわたしを見るギルベールの後ろでハインも驚いていたのに、すぐに大きく首を縦に振る。それもまたおかしくて笑ってしまう。


 夫婦だとか、結婚だとか。あいにくとわたしは前世からそれに縁はない。ずっと自由に過ごしていた。生きていた。

 ――だから、こういうものは、今が初めてだ。


(あまり感じたことがなくて…。わたしも初めてだ。だから、合っているのかなんて分からない)


 だけど、これが今のものなら、それを拒む理由もない。

 すでに結婚した身であったのなら、目の前の夫をしかとこの目に映そう。どういう人なのか、どう考える人なのか――愛せる、人なのか。


(わたしは、ギルベールを愛する日が来るだろうか……)


 分からない。だけどそれも、面白い。


「――……俺を……夫と思って、言うのか?」

「そうだろう?」

「……この二年間のことがあっても?」

「そうだ」

「……夫らしいことなどなにもしていない」

「そうだな」


 事実を言っているのだろうけれどそれを当人の口から聞くとは少しおかしい。思わず小さく笑ってしまう。

 ぐっと唇を噛むのが見えた。ぎゅっと眉根が寄っていて、納得できないような、苦しんでいるような、そんな内心が感じ取れる。


 ギルベールは困った人だ。だからこの二年間があった。

 そしてそれは――シルティも同じ。


 伸ばした手をそっと、ギルベールの頬にそえる。


「!」

「ギルベール。わたしと君は夫婦になってまだ二年だ。これからのほうが長い。始めるのも気づくのも、大事なのはその後だ」


 黒い瞳が瞠られてわたしを見つめる。そんな瞳に微笑みを返す。

 けれど、ふいと視線が逸らされてしまって、わたしもそっと手を離す。


「わたしは、やると決めたらやりきる性分だ。安心しろ。使えるものはなんでも使って、周りの奴らの目ん玉剥かせて、なるべく君の要望を聞き入れつつ、君を幸せにしよう」

「……。……? それのどこに安心できる要素がある!?」

「それが妻の務めというものだ」

「違う! それはファルダ国の夫婦像か!?」


 複雑そうな内心を抱えていたとは思えないほどに、がばりと勢いよく応えてくれる。

 それに笑っているとますますギルベールは頭を抱えだす。ハインも顔を手で覆って天を仰ぎ、ヒュリオスも頬が引き攣っている。


「頼むから、大人しくしていてくれ……」

「さあ。どうだろう」

「……まさか、辺境での交易以外に何か考えているわけではないだろうな?」

「ふふふふっ」

「頭が痛い……」

「それはいけない。早く休んだほうがいい」

「誰のせいだとっ……!」


 ギルベールが拳を震わせている。怒りが湧き起こって仕方ないという様子だけど、そんな正直な彼は面白くて、声を上げて笑った。






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