22,利益よりも情がある
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どこかギスギスとしていた空気が一転、今はとても穏やかな空気に包まれている。そんな屋敷の庭でわたしはお客人とお茶をする。
ここ数日で見慣れた顔のその人は、慣れない様を見せるかと思いきや、すっかり馴染んでいる様子でカップを傾けている。
「はあ……。たまーになら、こういうのもいいですね」
「たまーにね。ふふっ。だけど君はやっぱり商売に走っているのがいいんだろう?」
「それはもちろん」
ふふっと互いに笑い合う。
今日のわたしのお茶の相手はヒュリオスだ。ヒュリオスは昨日王都の公爵邸に戻ってきてからまだここに滞在している。
辺境領へは通常十日はかかるそうだが、わたしのちょっとした後押しで二日で到着。一日でいろいろ調査し、また二日で帰ってきた。
移動期間、ヒュリオスは気絶していた。野宿しているときも気絶したままだった。時折目を覚ますからそのときは足を止めて食事、進み始めるとまた気絶。そんな繰り返しだった。
「奥様。やっぱり教えてくれません? こんな移動手段があるなら商売ももっと広がるんですが」
「気絶してた身じゃ意味ない」
「そうなんですけど…」
少し不満そうだけれど、理解している顔が目の前にある。そんな顔には笑ってしまう。
この方法はヒュリオスにはできない。そもそもにわたしが元から使える魔法であるし、この大陸でそれに近いものを使おうというなら、それは守護獣の力ということになる。
ちらりと視線を下に向ける。ヒュリオスの足元にいるその生き物、猫。
それがヒュリオスの守護獣だ。
そしてヒュリオスの守護獣には、ヒュリオスがやりたがっていることは実現できない。その属性ではない。
ファルダ国には守護獣という存在はいない。シルティもロドルス国に来てから視ることになったそうだ。そして同時に――シルティは隠した。
今のわたしも、そうしているほうがいいと思うからそうしている。
ヒュリオスの守護獣はわたしを見て「みゃあ」と鳴いた。向けていた一瞥を戻し、カップを傾ける。
「君はファルダ国でのわたしをどう聞いている?」
「ファルダ国王家フェンリルの始祖の再来と謳われるほどに強い御力を持っている姫君。国内でもいろいろと問題を解決なさっているとか。とても慈悲深く、お優しく、慎ましい、国一番の獣人」
「一番は先王陛下だろう?」
人好きのする笑みでヒュリオスは笑う。それを見て微笑みを浮かべつつ、内心で情報を整理する。
なるほど。わたしは随分と違うだろう。シルティを知る者からすればかなりの違和感を与えるだろうことは理解できた。
とはいえ、シルティになりきるつもりもない。わたしは、あくまでわたしだ。
「意外でした。いくら敗れたとはいえ、ファルダ国があなたを手放したことは」
「それが一番、犠牲が少なく済んだ」
「お優しいことで。……まあ確かに、二人の犠牲で済みますしね」
サクッとヒュリオスが焼き菓子を口にする。その音をこの優れた耳が拾って、わたしは小さなタルトを手に取った。
「その犠牲をただの犠牲でなくす方法、知ってるかい?」
「……公爵様を幸せにする、ですか?」
「生まれ持ったものによる評価、親からもたらされた評価。――それを全部、ひっくり返すことができるとしたら?」
誰もが産まれながらに手にしている、守護獣という存在。――それをギルベールはもたない。
王を支えるはずだった王弟は、王を害する存在とされた。――今なおその目はギルベールに向いている。
(ギルベールがそう思っている。そこがまずなによりの問題であると、彼自身に分からせないと話にならない)
ヒュリオスの目がじっとわたしを見つめている。探るように、見極めるように。
そんな目もまた好ましい。ヒュリオスは数少ない、ギルベール側の人間だ。
「……本当に、奥様は面白い」
「それは君もだ。君こそ、どうして王弟反逆後に公爵家と縁を切らなかった?」
商人ならばまずその選択を取っただろうし、少なくともわたしならそうした。
ヒュリオスの商会はジルベールと共同設立したもので、ジルベールの名前があった。それは組織的なものであり、辺境やさほど豊かでない地なら頓着はされなかったかもしれない。けれど、大きな場所や、大きな商談ではそうもいかなかったはずだ。
商会として、多大な損害を出している可能性が高い。
ただでさえ小さな商会には、痛みの大きいものを。
わたしの目の前で、ヒュリオスはやれやれと肩を竦めた。
「坊ちゃんだけじゃ心配でしょう」
「情で商売はできない」
「容赦ないですね……」
少し頬を引き攣らせるヒュリオスの傍で、リアンが空になったカップに紅茶を注ぐ。注がれた紅茶の水面を見つめ、なにかを思い出すようにヒュリオスはぼそりと語り出した。
「色々見て回って故郷に帰ってきて、商売をしようってときにジルベール様に出会いました。あの方は……獣人だとか関係なく、よき隣人として、よき関係を築いていこうとなさっておられた。そんなあの方を尊敬してますし、領主としてよき人だと思っています。商会のことも……。あの方が表に出て繋いでくれた関係や道も辺境じゃ多いんですよ」
「……」
「俺は商人です。金を儲け、動かすには、信用が大事です。じゃなきゃ、商売はできない」
複雑だろうに悔いなくすっきりと上げる口角を見て、わたしも同じように口角が上がった。
残されたギルベールに多くを背負わせた父ジルベール。さて、その人はどういう人で、どういうつもりで反意を抱いたのか。
――少し興味がわいてきた。
(興味はあるけれど、ギルベールを幸せにするのが優先だ)
「ヒュリオス殿。今後も辺境領に限らずなにかあれば連絡をしてほしい」
「了解です」
ヒュリオスの手を借りられれば、王都を動けないわたしでも各地の情報を得ることができる。
今のヒュリオスの商会はまだ小さなものだ。だけどきっと、そう遠くなく商会は大きくなっていくだろう。そのためにはファルダ国との交易が重要になってくるが、活発にさせる一助にわたしがならなければいけない。
ヒュリオスだけになんとかしろというのは、あまりにも無責任だ。
「可能なだけ、現在のファルダ国の状況も仕入れてほしい。うまく乗れれば貴族邸か王城に食らいつける可能性もあるから、期待しておこう」
「なかなかプレッシャーかけてきますね……」
ふふっと笑ってヒュリオスを見つめると、頬を引き攣らせて視線を逸らす。そんな反応がとても面白い。
ヒュリオスは気分を変えるように紅茶を口にし、ほっと息を吐く。わたしも同じように紅茶を飲み、少しの静かな時間に身を預ける。
そろそろ日が落ちる時間だ。ギルベールも帰ってくるだろう。彼がうまく国王に話を通すことができれば、ヒュリオスも辺境に帰ることができる。
終わりを察したのか、ヒュリオスは真面目な顔をしてわたしを見た。
「奥様。一つ、お伺いしてよろしいですか?」
「ああ」
「では、失礼ながら――……公爵様を幸せにするというのは、復讐心からのものですか?」
落とされた言葉。下がっているリアンの耳にも入ったのか、視線がこちらに向くのを感じる。
わたしは反応を出さずにヒュリオスへ視線を向けた。
ヒュリオスはじっと、逸らすことなくわたしを見ている。その目はとても真剣で、どこか心配そうに。
ヒュリオスはおそらく幼い頃のギルベールとも交流があったのだろう。だから、今もそうして心配している。
父を失ったギルベールの、父代わりのように。親友のように。
だから、無礼承知で真っ正直に、真正面。――実に好ましい。
「時間をかけていたぶる趣味はない。機を見て潰すし、それなら後々に使える形にすれば有益だ」
「それはそれでまあ……」
「かといって、愛ではない。それを抱く程に彼のことを知らないし、あちらも同じだろう。――形は違えど、君と同じ、情だ」
「……」
本心を探るようにヒュリオスの目がわたしを見る。わたしはただ口端を上げてそれを受け取った。




