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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月


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21,望みなどない

(なにも楽しい用件など持ってきていないんだが……)


 むしろ、かなり不快にさせるだろう用件だ。陛下に会うときはだいたいこういう気持ちなのだが、今日はいつも以上に気まずい。


 そんな俺の胸中など知らぬ陛下は、来い来いと言わんばかりに俺を手招く。

 従わぬわけにはいかないので陛下の前へと進む。俺の少し後ろを続いた陛下の側近はそっと陛下の斜め後ろへと戻った。


「さて。聞こうか、ギルベール」

「はっ。――こちらを」


 俺が差し出した封筒。それを見た陛下の手が封筒を受け取り、封を開けた。中から資料の束を出しそれへ目を通しはじめる。


「先日、辺境領で商売をする商会の知り合いの者から訴えを受けました。辺境領の役所へ提出するのが筋ですが……消されてはたまらない、と」

「……なるほど。複数の商人からの証言、帳簿……調べたのは?」

「……商人たちの人脈というものがこれほど恐ろしいものとは思いませんでした」


 そっと視線を逸らして言うと、「ああ、あれは恐いぞ」と陛下も同意をくださった。そして資料を側近に渡し、その目が今度は俺をまっすぐ見つめる。

 側近もその資料の内容に驚いているようだ。


「手順を省きすぎているのが否めないが、場所が場所なだけ、こうしてこっそり持ってきたわけか」

「後のことは陛下にお任せします」

「分かった。ファルダ国から訴えられては公ものだ」


 心底同意だ。彼女もその可能性を否定しなかった。

 陛下も同じ苦労を想像したのか、やれやれと椅子に背を預けた。


「金で商売機会を与え、手形発行手数料すら一部着服……。王都と辺境領はそれほど獣人への心象が違うか」


 呆れたような、嘆きのような、そんな吐息が陛下からこぼれる。それになんと返せばいいか分からず黙っていることしかできない。

 俺も辺境領で過ごしていた頃は、さして獣人への蔑視に触れることはなかった。貴族社会では彼女が社交の場に出ることになり感じていたが、民の中でそれをはっきり肌で感じたのは先の彼女の一件だ。


 ヒュリオスから話を聞いた彼女は「よし、こうしよう」と前置くとあっさり平然とどうするのかを告げた。


『ヒュリオス殿を連れてちょっと辺境へ行ってくる』

『は……? 待て。それでは夜会に間に合わない』

『問題ない。五日で帰ってくる』

『『……は?』』


 辺境領へは通常十日以上かかる。どうやっても不可能であるのだが、それを実行した。なにをどうやったのかさっぱり分からないが、ヒュリオス曰く……


『……俺、意識ありました?』


 ……とのことだったのだが、彼女は「なかったよ?」と軽く笑っていた。未だに謎は解明していない。


 そうして彼女は、ヒュリオスと辺境領にいる商会の者を使い役人の不正と着服を暴いた……らしい。今朝早くに帰ってきてすぐさまそれを見せられ唖然とさせられた衝撃を俺はきっと忘れない。なにをどうやってこれほどのことがあんな短時間でできたのか理解できない。

 それをこうして直接陛下のもとへ持ってきたわけだ。


『丁寧に手順を踏んでいると王家直轄地での不正が明るみに出て、陛下が困るだろう? こっそりこっそり。ふふふっ』


 と、にこりと爽やかな笑みで言ってくれた。

 ……豪胆すぎる発言を聞いたときには頬が引き攣った。ヒュリオスも俺と同じ反応だった。


 思い出しても頭痛がするのだが、陛下の御前故それを出すことはせず、俺は頭を下げた。


「では、私の用件は以上ですので、これで――……」

「少し世間話に付き合ってくれないか?」

「は……」


 陛下の言葉を拒む権利を、俺は持っていない。

 なので、退室しようとしていた体勢をくるりと戻して背筋を伸ばす。崩さない俺を見て陛下が肩を竦めたように見えた。


「最近は泊まり込みはしないようにしているか?」

「その必要がありませんので。副官を始め、皆よくやってくれています」

「そうか。第九師団はおまえのおかげで腕が上がっていると聞く。今度見せてくれ」

「陛下のお望みとあれば」


 他の師団に比べればそれほどではないと俺は思っている。なにせ師団長である俺がこの有様だ。

 騎士には剣術武術の腕は当然、守護獣の力も無関係ではない。どういう力が扱えるかによって配属にも影響はある。そして、すべての守護獣が戦闘向きであるかというと、そうではない。


「今後もあまり泊まり込みせず、屋敷へ帰るようにな。夫人も待っているだろう」

「……そういたします」


 今も彼女とは夕食を共にしている。あれ以来慣れたもので食事中の会話も増えた。屋敷を一掃してからは食堂に張りつめるような空気も、刺すような視線もない。

 それだけでこれほど変わるのかと少し驚いたほどだ。


(とはいえ、べつに俺の帰宅を待っているような人ではないだろう……)


 出迎えをするでもない。見送るでもない。

 顔を合わせて言葉を交わす。それくらいのもの。


 しかしそう考え、ふと思う。


(彼女との会話が随分と増えた……。「おかえり」も「いってらっしゃい」もさらりと言ってくる)


 すれ違っても言葉を交わさない。そんなことは以前ならば平然とあった日常の一部。

 だが今、それは薄れている。


 そしてそれに、決して不快ではないものを抱いている。困り果てて頭痛を覚えることもあるが、胸の内にそれは生じない。


「あれから夫人はどうしている?」

「時折外出し、屋敷内でも静かに過ごしております」

「そうか。――で、彼女はこれから何をするか、言っていたか?」


 にこにこと楽しみに思うような陛下の表情に、俺は刹那返す言葉に迷った。

 言うには言っていた。しかしそれを俺の口から言うのはどうにも……。そもそもに彼女がなにを思ってあんなことを言ったのかも分からないし、まだ聞けていない。


『ギルベールを幸せにするために奮闘中なんだ』


(なぜそんなことになった……。なぜ、俺なんかのことを……)


 恨みがない。怒りがない。――だから幸せにしようと? そんな考えにどうやって至るのかさっぱり分からない。


(そもそも、俺は今でも充分幸せ――…かどうかなんて考えたこともなかったな……。それにあの流れで考えると、俺を幸せにするために辺境領の交易を独占すると……。なぜそうなる?)


 彼女の考えが解らない。考えすぎれば沼にはまりそうだ。


「……」

「ふむ……。今度の夜会で聞いてみよう」


 答えづらいと顔に出ていたのか、陛下が俺を見て顎を擦りながら結論を出した。そしてすぐ、その表情を和らげる。


「ギルベール。私は、今のおまえを見て少しほっとしている」

「……?」

「おまえは自分に無頓着だ。もっと自分を大事にしろ。そして、おまえを大事にしてくれる者がいることをちゃんと見ろ」

「……陛下や、副官、気にかけてくれる他師団長や団員にはいつも感謝しております」

「それもそうなのだろうがな」


 肩を竦める陛下に俺は怪訝と首を捻る。


 第九師団の面々には感謝している。思うことあればなんでも言ってくれればいいと思っているし、脱退願いもなるべく聞き入れるつもりだ。ガードナーも俺を支えてくれる。感謝しかない。

 陛下とて、反逆者となった弟の息子である俺を気にかけてくれている。それがどういう心境からのものなのかは分からないが、どういうものでも俺は構わない。

 屋敷の中には不心得者がいたが、今はその影も消えて全体の姿も空気も変わった。今仕えてくれている者たちは獣人への心も仕事姿勢も文句なく、不名誉な主にも仕えてくれる感謝が大きい。

 俺は、これだけの人たちに囲まれている。それがいかに充分なものであるか、この身に余るものであるか、理解しているつもりだ。


 それよりも遥かに多い声が厳然たる事実である。それだけだ。


「夫人との関係がどこか変わったような様子も、私はいいことだと思っているぞ」

「……いい、のでしょうか?」

「いいだろう?」


 陛下が笑みを浮かべている。そうであるとどこか確信しているように。

 だが、俺には分からない。


(後悔などない。だから、忘れることはしない)


 ただ、あまりにも変わった彼女にどう接していいのか、時折分からなくなる。


「……彼女がそれでいいと思いそうしているのなら、私から言うことはありません」


 そう答えると、陛下は困ったように眉を下げた。






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