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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月


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20/64

20,交渉成立

 ヒュリオスが口を開く前に、俺の口からこぼれた音に三人の視線を感じた。

 ぐっと握る拳に思わず力が入る。


 なぜと問わずとも解るだろう。どこか重い沈黙を感じ視線を下げる俺と同じように、どこか躊躇いがちにヒュリオスが口を開く。


「……奥様。俺は以前はファルダ国にも時折出入りしてましたから、奥様がかの国で『始祖の再来』と言われる程に人々に慕われているのは知っています。その影響力があれば確かに独占も夢じゃない。だが――」

「先王を討った軍人。――君たちはこれを、ロドルス国での考えに基づいてファルダ国での見られ方を想像しているんだろうが、それは外れだ」


 躊躇いも遠慮もない、しかしどこか確信を持っているような声音が迷いなく撃ちだされる。

 それを聞く俺たちは自然と耳を傾け、彼女を見つめる。平然と、堂々と、そんな彼女はまるで貴族の当主――いや。王家の者の風格を漂わせるように、脚を組んだ。


「ファルダ国は獣人の本能なのか、強者に従い、慕う傾向がある。国内最強と言われていた先王を討った相手なら、どう思われるかも分かりやすい。君はかの戦の後にファルダ国に行ったのか?」

「いえ。あれ以降、辺境領での商売がちょっと変わりまして、やりにくくなったんですよ。伝手を辿って情報は集めてますが」

「……なるほど」


 彼女の瞳が僅か細められ、なにかを思案するような様子をみせる。

 しかしそれはすぐに消えて、再びヒュリオスを見る。


「なら、その伝手を使ってファルダ国でのギルベールについて情報を得るといい。そうすれば、君はきっともっと驚くことを知ることができる」

「……それはまた、気になることを」

「どうする?」


 にこりと笑みを浮かべる彼女にヒュリオスも口端を上げる。見つめ合いなのか睨み合いなのか、少しだけ張りつめる空気に口は挟めない。

 交互に視線を向けていると、先に口を開いたのはヒュリオスだった。


「どれだけをそちらに支払えばいいんです?」

「ギルベールが先代から継いだ分だけ」


 その答えに、ヒュリオスがぽかんと間の抜けた顔をした。


 ヒュリオスの商会は俺の父がヒュリオスと共に築いたものであり、商会運営の中に父が名を連ねている。

 この商会は規模も小さく、どこかから支援を受けているわけでもない。辺境領で生まれ、自分たちだけの手腕と金で成り立たせてきたものなのだ。


 そんな小さな商会唯一の支援者が、共同設立者の父ジルベールだった。そして現在、その名前は俺に変わっている。

 父の死後、俺は商会への影響からヒュリオスに切られるだろうと予想していた。しかし平然と、ヒュリオスからきた連絡は「名前変えときます」とだけだった。


「……これまでどおりでいいと?」

「ああ」

「……どうしてです?」

「わたしやギルベールが商売をするわけじゃない。働いているのは君たち商会の者だ。それが当然だろう? こちらの声で発生する利益でも、手数料分か精々一割程度でいい。あとは君が好きに儲けてくれ」

「かあっ――! とんでもねえくらいうまい話だ! 奥様は姫君らしく豪奢に暮らしたくないんですか?」

「つまらないし、そうある必要性が今はない」


 ソファの背もたれに反り、ヒュリオスは笑い声をこぼすとしばし思案するように黙った。もうなにも言わず、彼女はそんな姿をじっと見つめる。


 破格の申し出と言えるだろう。だが、それは独占交易が可能であれば、だ。

 ファルダ国での彼女の影響力やヒュリオスが繋がりを持っていることを使えば、不可能ではないのかもしれない。……だが、そこに混ぜてはいけないものもある。


(俺は、彼女がそう言えるような男ではない)


 ファルダ国の死生観について知った。しかしだからといって、民全員がそうであるとは言えないはずだ。

 例えば、先王の妃は? 先王に忠を尽くしていた臣下は? 考えるほどにキリがなく浮かんでくる。


 視線の下がる俺の前で、ヒュリオスが動いた。


「確証、あるんですね?」

「確かめるといい。君もきっと分かる」

「――いいでしょう。お受けします」

「本気か?」


 思わず問うた俺にヒュリオスは視線を寄越し、微笑んだ。

 小さくとも商会を預かるヒュリオスがそうも簡単に判断してしまうことが意外でもあるが、迷いが見えないことに驚かされる。


「こっちに損害が少ないですからね。乗らずとしても関係を切るでもないし、乗れば儲け話。奥様の言う根拠がどういうものか気になりました」

「それは、まあ……」

「それに、利益に関しても非常にいい話です」


 なるほど。商人らしい。

 だから彼女もこんな話を提示したのだろうか。例え俺がファルダ国で、俺たちが思うような思われ方をしていないとしても、どちらにしても民に慕われているらしい彼女がいればそれだけで利益は出せるはずだ。


「うちはまだまだ小さな商会です。非常に魅力的なお話、ありがとうございます」

「動くのは君たちだ。堂々と独占できるよう名前は貸すが、成果はきっちり頼むよ」

「ご期待に沿えるよう尽力しましょう。ですが……今の辺境領での商売は難しいですね…」

「具体的には?」

「王家直轄地になってから上役人も王都からの人たちに変わったんです。王都から来たとなれば獣人との商売を快く思わない。ファルダ国から入ってくる品が生活の中にあると知れば受け付けない。おかげで他領や王都から取り寄せる流れになってます」


 俺が辺境領に居た頃、町には獣人の姿があった。辺境領の民にとって獣人の商人は見慣れた光景だった。

 彼らの売り物、彼らから買う物、俺も父に連れられよく見ていた。


 だがそれも、辺境領で育った者の姿。王都で育った者にとっては違う。


「辺境領の商人たちもファルダ国の商人たちも、困っているだろうな……」

「そりゃもう。全面禁止にはされてませんけど、先代公爵様が獣人との関係を良好にと商売もやりやすくしてくれていた反動か……困ったものです」


 商売用の手形すら今の役所は易々と発行せず、それも商売の度に願わねばならないらしい。

 父の頃も手形はあった。申請は必要であったが有効期間を設けていたし、積み荷のリストと改めを行い、問題がなければ即日発行が可能なこともあった。

 しかし今、なにかと粗探しをされるようで、通りたがる者も随分と減ったらしい。


「ふうん」


 事を聞いた彼女が、気のないそんな音をこぼす。

 どうしてかそれに視線が向くと、彼女は不敵な笑みを浮かべた。


「よし。ならこうしよう」




 ♢




 夜会まで残り二日となった日。

 俺は騎士団での仕事の合間、出勤早々願い出ていた陛下への謁見が叶い、急いで陛下の執務室へ向かった。


 重厚な扉の傍に立つ衛兵は俺を見てきちりと背筋を伸ばして礼をする。そして扉をノックし、俺の来訪を告げた。


 陛下のお傍には常に侍従か側近が控えている。執務室への来客はまず用件を告げ、そして陛下に取り次いでいただくという流れがある。

 予想通り、陛下の側近が開いた扉の向こうに見えた。


「ロザロス公爵ですね。お待ちしていました。どうぞ」

「失礼いたします」


 陛下に謁見を願い出たとき、俺は「緊急にお伝えしたいことがある」とだけ言っておいた。だからなのか、用件を聞かれることもなく中へと通された。


 充分な広さのある執務室。天井には、この時間は不要だが夜には部屋の隅まで明るく照らすシャンデリアが吊られ、大きな窓からは柔らかな陽射しが入り、室内を明るく照らしながらぬくもりを与えてくれる。足元の絨毯は俺の足音を消してしまう。

 広い部屋なのに、どこか緊張感が漂う。奥に座るその人の目がこちらを見ているからかもしれない。


 泰然と執務机を前に座る、ロドルス国国王陛下であるキーフディクト・グランジオン陛下。

 俺にとっては伯父でもある御方だが、幼い頃から離れていた俺にとって、この方は陛下である以外の誰でもない。……父の死後にこうして王都で暮らすようになってからは、時折王宮に呼ばれたり、お忍び外出の護衛に呼び出されたりするので、少し距離感に戸惑うのが正直なところである。


 扉を抜けてまず、俺は陛下に礼をした。


「国王陛下にご挨拶申し上げます。本日はお時間をいただき、感謝いたします」

「堅苦しいのはいい。おまえから用件というのはないからな、楽しみに待っていた」


 そう言ってにこにこと笑みを浮かべる陛下に、俺は非常に気まずい思いを抱いた。






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