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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月


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2,把握すべき状況

 ふむ…と僅かな思案の後、わたしは部屋から出るために扉を開けた。

 扉を開けた先に広がるのはどうやら居室らしい空間。今いた場所は寝室かと理解しながら、すぐに別の扉を開ける。


 今度こそ外に出た。といっても廊下だ。

 部屋を出てそこを歩きながら周囲を確認する。


 天井には等間隔で照明が下げられている。扉にも柱にも繊細な彫刻がなされている優雅な屋敷のようだ。それもかなりの資産を持つか身分ある者の所有だろうと思われる。

 だけど少し違和感を覚えた。


(見てくれはかなりいい屋敷だが、その割に絵も花もない。財を示すような物がないな)


 示しているのは屋敷そのものだけだ。わたしがいた部屋も物は最低限だった。

 少し気になりつつも、考えるべきことに思考を戻す。


(ふむ……。厄介だな)


 わたしがわたしでないとするなら、なにかしらの事象に巻きこまれたという推測もできた。けれど生憎と、そうではないと頭が理解している。


(わたしはちゃんと死んだはず……)


 好きに生きて。一人で過ごして。――好きに死んだ。そのはずだ。間違いない。記憶力はいいのだ。

 いやたしかに、来世ってあるのかなあ、なんてふと思いついて、死ぬついでに確認できないかな、なんていろいろ魔法術式を考えたりはしたけれど。


 まさか、成功した……? だとしたらそれはそれで嬉しい発見だ、ちょっとにんまりしてしまう――…いやいや違う違う。そうじゃなくて。


 頭を振りつつ歩きながら、どうにも床を擦っている尻尾が気になってしまった。足を止めて振り返り、尻尾を見る。


(これはどうにか動かすとか……)


 身体のどの筋肉を動かせばいいのか、残念なことに過去に尻尾をもった経験がないから分からないが、筋肉の動きはある程度把握しているからここかと試してみる。数度の行為でコツがつかめた。

 尻尾を床から少し上げて、もう一度歩き始める。


 少し歩いていくと人影が見えた。


(……ん?)


 視界に入ったその後ろ姿にちょっと違和感を覚える。その一つは、わたしにあるような耳や尻尾がないこと。

 もう一つが気になりつつもそれについては口を噤み、その人に声をかけることにした。


「少々失礼しても?」

「……あっ」


 振り返って見えたのは、まだ子どもらしい顔立ちの少女。その服装は白と黒のお仕着せで、わたしの記憶からなんとなく読み取れるものもある。


(とはいえ、あまり縁はないな…)


 わたしの記憶上縁の薄い場所にいるようだ。諸々の原因と周囲環境についてはまた情報を集めよう。


 思考の片隅でそんなことを考えつつも、目の前であわあわとする少女に怪訝と首を捻る。少し身体が強張っているように見える。

 緊張させてしまっているかな。そういう立場にあるということか。さてさてどうしようか……。


 少女が手に持っているシーツが入っている籠を指し示し、緊張させないよう続けた。


「仕事中にごめんね。邪魔ではなかった?」

「とっ、ととっとんでもありません大丈夫です! 奥様こそお身体は大丈夫ですか?」

「問題なくすっかり元気だよ」


 ふむふむ。なるほど。ぱらぱら読んだ日記とも相違なし。


「今日は洗濯にはいい天気だ。屋敷も広くて洗濯は量も多くて大変だろう?」

「え、あ……はいっ。でも大丈夫です! 皆さんでちゃんと手分けしています! 晴れ続きでよく乾くので!」

「それはよかった」


 屋敷の内装と窓から見える風景からそれなりの広さは把握できたけれど、どうやら間違いないようだ。使用人も大勢いるのかな。

 日記から把握できたある程度とも、これは相違なし。


「あ、あの、奥様……」

「うん?」

「その――…」


 こてんと首を傾げる少女の目がわたしを見たけれど、わたしの視線は別の場所へ動いた。

 廊下の曲がり角。そちらから聞こえる音。これは声かな……。


 わたしの視線に少女も言葉を切って同じ方を見る。けれどどこか怪訝としているまま交互に視線を動かす。


 ……ああ。そうか。聞こえてないのか。どうやらこの耳は音がよく聞こえるらしい。

 飾りではないということが分かって、わたしは曲がり角を見つめる。


「で、あの獣どうなのよ?」

「熱は引いたらしいわよ。あとは目が覚めるのを待つだけだって」

「なあんだ、治っちゃったの。薬も効かないし駄目かもって話だったからちょっと期待してたのに」

「旦那様がお可哀想よ。あれのためにあっちへこっちへ医者探して奔走させられて」

「本当よ。いっそのこと、ねえ?」


 くすくすとした笑みと軽蔑の混じる声音。よく聞こえる聞こえる。


(本人たちは潜めているつもりかもしれないけれど……。つまり、この耳についてはさほど知らないということか)


 これもまた日記との相違なし。

 ひとつずつ確認できることであの内容が事実であるという確証がもてる。お喋りな口はありがたいものだ。


 そう思っていると、曲がり角から三人の人物が姿を見せた。

 少女と同じお仕着せを身につけ、屋敷の使用人だろうことが一目で分かる。


 そんな三人はわたしに気づいて一瞬驚いた顔をしつつ、すぐに使用人らしくそっと頭を下げて微笑んだ。


「奥様。お呼びくださればすぐにお部屋にお伺いしましたのに」

「そのような格好で出歩かれるほど急ぎのご用でしたか?」


 口許が歪んでいる。耳と同じでこの目もまたよく見える。

 三人を前にわたしは笑みを湛えつつ口端を上げた。


「お屋敷で動物でも飼い始めたのかな?」

「は? ……いえ、そのようなことはございませんが…?」

「おや。でも動物が熱を出して大変だったらしいじゃないか。旦那様も随分とその動物を大事にしているのかな。医者を探してあっちへこっちへとは。わたしが倒れているときにそんなことがあったとは、お助けできずに申し訳ない」

「「「!?」」」


 三人はおそらく後輩なのだろう少女を睨んでいるけれど、全くもって筋違いというものだ。

 睨まれた少女はびくりとしつつ身を縮める。


「その動物は……死んだのかな? あとで旦那様に聞いてみよう。動物は好きなんだ」

「あ、あの……」

「わたしの耳は、飾りじゃないよ?」

「「「っ!」」」


 三人のうちの一人が恐る恐るというように口を開きかけた。微笑みのまま視線を向けると、言葉が続かないようで口を閉ざしてしまう。

 三人は視線を彷徨わせ、少女は居心地悪いように身を縮める。沈黙で圧迫するようにわたしもなにも言わずにいたけれど、耳が音を拾った。


「そこでなにをしている」


 若い男の声。聞こえたことで三人がまた少し怯えるように顔色を悪くさせる。

 それを認めてから、わたしも振り返った。


 泰然とこちらへ歩んでくる、黒髪の青年。歳の頃はおそらく二十歳くらい、きちりとしつつも動きを妨げない制服のような服と、腰に佩いた一本の剣。端正で精悍な容貌はその姿を堂々と見せつけるけれど、どこか冷淡な瞳が近づきがたい空気を醸し出す。

 その姿を見つめ、そっと目を細めた。その態度。空気。口調。――おそらく間違いない。


(この人がこの屋敷の主……。ギルベール・ロザロス)


 堂々とした姿と、後ろに従者らしい男性を従える様子から察する。

 じっと見つめるわたしの視線にその人は僅か眉を動かして、どこか緊張しているような戸惑っているような目をそっと逸らした。


 わたしが相手を見ていると、相手の視線もさりげなくわたしを観察しているのが分かった。

 わたしの前に立ち数秒黙って観察し合う……というより、どこか睨み合うような目でお互いに相手を見る。


「……体調はもういいのか?」

「問題なく」

「……よく、あの状態からこうして歩いているな」

「まだ体は痛いけれど動く分には問題ない」

「……」


 ギルベールの目がわたしを見ているけれど、どこか訝しむように眉が寄っている。


 ……ふむ。やはり口調なり態度なりを変えたほうがいいだろうか。けれど生憎とこの身体の本当の主になりきるのは無理だろう。なにせ記憶がない。

 今はわたしであるからこそわたしのままでいるつもりだ。違和感を持たれても仕方がない。高熱の影響だとしておこう、それがいい。


 自分で納得できる言い訳を見つけてわたしが内心で満足していると、ギルベールの目はさっきまでとは違いまっすぐとしたものになって、メイドたちに向いた。






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