19,大胆不敵な商売交渉
場を変え、俺たちはヒュリオスと荷物を客間へ入れた。
ソファに座るのは俺と彼女、目の前にヒュリオス。ハインが離れて控えている。
さして豪奢な物があるでもない簡素な客間。テーブルとソファ、少々の時間を潰せるような本があるだけの場所で、ヒュリオスは「早速…」と鞄をテーブルに置くと、開けて、中身をこちらに見せた。
「奥様に配達を頼まれ、お持ちしました。夜会用のドレスです」
「!」
二つの鞄。その中に収められているのは、数着のドレスとそれに合わせられる装身具が数個。
その中身に俺は驚き、離れて見えているハインも驚いている気配を感じた。ただ唯一、平然としている彼女だけが、俺の隣で持参された品を検分する。
「ふむ……。こちらよりも露出は少ないしシンプルだ。この刺繍はこちらにはない装飾だな」
「ファルダ国は色合いや風味、ロドルス国は質と価値が重視されがちですから。ファルダ国のこの刺繍技術は一級品の価値ですね。これほどの物は見たことがない」
「全くだ。触れればその感触が伝わるのではないかとすら思う、見事な植物や自然のモチーフだ。こちらは花植物、こちらは川か」
「奥様にとっては数年振りの見慣れた品でしょうが、やはり懐かしいですかね?」
「そうだな。着飾るよりもこれがいい」
彼女が鞄から取り出して見ているドレスを俺も見た。
一つは青いドレス。スカート部分は幾枚も生地が重なっているようで、それ全て青色の色味が異なり重なって不思議な色合いとなっている。そして銀や金、薄い青などの糸で川の流れのような刺繍がされており、これが美しくて目を引く。
一つは黒と赤を混ぜたドレス。華やかな場に一見似合わぬ黒と、派手さを与えかねない赤、それを調和させている。銀糸で刺繍されているのは蔓や花。派手にならぬよう控えめに、美しさを損なわないように。
ドレスに宝石などを散りばめることもあるロドルス国のドレスとは違いそういった煌びやかさはないが、品と凛とした美しさを感じさせる。
「後は宝飾品を少々仕入れてきましたが、こちらはどうしますか?」
「ファルダ国から持ってきている物なら合うものがあるとは思うが、持っていない類の物で合いそうなものがあれば買おう」
ドレスを見ていた俺は彼女の言葉に思わず視線を向けた。
彼女が持っていた宝飾品はそのほとんどが失われた。ファルダ国から持ってきていた物もおそらくは……。
(祖国の物ならば、なんとか取り返してやれないだろうか……)
金銭で賠償させたとしても物は戻ってこない。彼女にとって大事な物だろうに。
そう思う俺の前で話が進んでいく。彼女は早々にドレスの購入を決め、宝飾品も数点購入した。しかしそれらは王都でドレス類を買うよりも安く、これまでの金額に比べれば大した額ではなかった。
商売が終わりヒュリオスが鞄を閉じる。それを見計らって、俺は隣に視線を向けた。
「いつヒュリオスに連絡をとっていた? セバスからもそんな話は聞かなかったんだが」
「連絡というほどのものじゃない。ただの配達を頼んだだけだ」
よく分からない。首を捻る俺を見たのか、ヒュリオスが苦笑した。
「いや、俺もびっくりしましたよ。呼ばれてファルダ国に入って早々『これを姫様に届けてください』なんて頼まれると思ってなかったですし、しかもその後さらに『辺境領にいるロザロス公爵邸の元使用人を王都のロザロス公爵邸に送り届けて』なんて言伝までされて。これが奥様からの指示だってんで余計驚きました」
「「は……?」」
ハインもさすがに驚いたようだ。俺はすぐに隣を見るが、隣の彼女は平然としているまま。てきぱきとドレスを畳んでテーブルに置いた。
俺たちの視線に気づいたのか、彼女は大きな耳が生える頭をこてんと傾げる。
「辺境領にはファルダ国の一部商人が出入りしている。辺境領を主に動くヒュリオス殿のことももちろん彼らは把握しているだろうと踏んで確認すれば、ヒュリオス殿が扱う品の中にはファルダ国の物があった。となれば、ファルダ国から貰いたい物を運ぶことができる。ついでに使用人も連れてきてもらおうと思って」
「ドレスはいつ?」
「この国に来る前、来てから。どちらと言えば信じやすい?」
「……」
当然に、来る前、だろう。
彼女の輿入れ時にファルダ国で注文、それを後に届けてもらうようにしていた。それがちょうどヒュリオスという共通の商人の知り合いのおかげでこうして運ばれた。
彼女はファルダ国とは装飾の違うロドルス国のドレスがどれほどの製作日数を要するかは知らなかったが、ファルダ国のドレス製作日数は知っていた。それから考え、完成はそろそろだと見当をつけていたのだろう。この刺繍だ。数や他の注文と合わせてもこれほどかかってもおかしくない。
「使用人に関しては、セバスが送った手紙に加えて辺境領の商会にも出していたんだな? 彼らをこちらへ送るようにと」
「そのほうが時間も短縮できる」
読めた経緯に俺は息を吐いた。
いろいろとこちらの予想を超えているが、やってくれたことは感謝もある。
ヒュリオスが「ふうん」と息をもらした。
「奥様は面白い人ですね。ファルダ国じゃいろいろ話は聞きましたけど、思っていた人物像とはまた違う」
「ロドルス国に来ていろいろ思うところがあって、少し変わったのかな」
「へえ。それは……公爵様もあって?」
「ははっ。それは大きい。なにせわたしは今、ギルベールを幸せにするために奮闘中なんだ」
「「は……?」」
「ははっ! そりゃ面白い!」
自分の膝をばしばし叩くヒュリオスなど目にも入らず、俺は唖然と隣を見た。
どこか楽し気に、にこにこと、笑みを浮かべている獣人。くるりとその白銀の毛に包まれた大きな尻尾が動いた。
「……おい。待ってくれ。それはいったい――…」
「それでそれで? そのためにどうするおつもりで?」
「いや待てヒュリオス――」
「手始めに。――ヒュリオス殿。ファルダ国との交易、ロザロス公爵家と独占しないか?」
「「「は……?」」」
不敵と強欲を合わせて放たれた言葉に、今度は三人の声が重なった。それを聞いても言い放った本人はにこやかに微笑んでいる。
(どういう……。いや、もう、どこからなにを言えばいいのか……)
言いたいことはおそらくいろいろあるのだ。なにから言えばいいのかさっぱり分からないが。
呑み込むのに時間がかかったのは俺だけではないのだろう。しばし、部屋に沈黙が落ちた。
ヒュリオスは額に手をあてながらも彼女を見つめ、ハインは今にも詰め寄りそうなほどに怒りを抱いているのが感じ取れるが、俺はなにも言えない。
「えー……どういうことでしょう?」
「意味はそのままだ。もともと辺境領でしか行われていない商売だ。だけれど今後、わたしという存在が広めればもっと内部にも食い込むことができる」
「そうなればこっちの商売に敵が増える。それを消そうって魂胆で? ですが、広められます?」
「王都では難しい。だが、国は広い」
ヒュリオスの目つきが変わった。真剣に、彼女との交渉を始める様子に俺は口を挟むことなどできず、ハインも憤りを消した。
「なるほど。国の西側はルタンダル国に似て珍しがるって人が多いですしね。ですが、独占とはまた大きく出る」
「できる」
「根拠は?」
「ファルダ国民はロドルス国王都を信用しない。わたしも一度ひどい目に遭った。それを伝えてしまえばどうなるかは分かりやすいだろう?」
……俺にも想像できて顔をしかめた。
あれを彼女が祖国に訴えれば、我が国の姫を侮辱するのかと怒りを買い、相手にされなくなる可能性が高い。
だが、その危険性が低いのが辺境領だ。もともとファルダ国の商人たちと築き上げた信頼があれば、敵は減る。
「それに、商売相手の君の商会はロザロス公爵家とも繋がっている。その公爵がわたしの夫であり、かつての戦の敵将であったと知れば、信用と合わせて自然と品は君のもとへ流れる流れが築ける」
「……それは、無理だ」




