18,辺境からの訪れ人
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夜会まで残り七日となった日。屋敷に二十名程の者たちがやってきた。
かつて辺境領の屋敷で働いてくれていた者の一部、王都へ来ることができた者たち。
セバスを通して声はかけたが、年齢や体力、身内の事情などで断られた者も多い。あれから月日が経ったのだから当然その生活環境も変わっているだろう。そこに無理を言えるわけがない。
こうして来てくれる者がいる。それがどれほどありがたいことか。
そのほとんどの顔を見知っている。久方の再会を喜べば、俺を見て涙ぐむ者もいる。
「坊ちゃま……。本当にご立派に……」
「ええ、ええ。あのときもお傍におりたかったのですが……」
「泣くな。今回こうして来てくれただけで充分だ」
屋敷のエントランス。集まった面々と再会し、俺は涙ぐむ知り合いたちの手を握った。
かつて辺境領にあった屋敷で働いてくれていた者たち。会っていないほんの三年ほどは随分と長かったのだと痛感させられた。
ほとんどは俺も面識ある者だが、中にはそうでない者もいる。
「初めて会う者もいるな。俺がギルベール・ロザロスだ」
「は、初めまして……! 使用人を探していると聞きまして、お役に立てればと思ってきました!」
「なにぶん辺境の町ですから。王都なんて華やかな場所に行く機会があればってことでさ」
「なるほど。そういうことか」
面識ある者は俺の両親ほどの年齢の者もいる。親しく気さくな関係は今も変わらずで、緊張している新人の裏事情を暴露して笑うと、暴露された本人たちは少々青ざめた。
「あああ、あのっ! そういう浮ついたつもりでは、そのっ……」
「気にしなくていい。渡りに船ならば乗ってこそだろう。仕事を覚えるのも大変だろうが、休日には存分に王都を楽しむといい」
「あ、ありがとうございます!」
不純な動機とでも思うのだろうが、なにも悪い気はしない。辺境領はどうしても交通の不便や過疎な地域があるから田舎な場所も多く、だからこそ王都は若い者にとって華やかに映り憧れる場所になるのだろう。
咎めるつもりなどないので軽く笑いながら言うと若い者たちの目が輝く。
頑張れる理由はそれぞれだ。俺ができるのは、その頑張りの後押しでしかない。
「ギルベール。その方々が辺境領の?」
階段を下りてきながら放たれた声に俺たちの視線が向いた。
そこにいるのは、悠然とした一人の獣人。屋敷内でもその特徴を隠すことをしない堂々たる姿に辺境領の者たちが息を呑むのが分かった。
彼女はそのまま俺のもとへ来ると、今回来てくれた面々を見回しひとつ頷いて俺を見る。
「呼びかけに応えてくれた者たちだ。これから仕事を覚えてもらうことになる」
「非常に助かる。ありがとう。これからはこの屋敷でその辣腕を振るってほしい」
「皆。彼女がシルティ姫君だ。無礼は許さないからそのつもりでいてくれ」
「君は堅苦しいな。別に気にしない」
「そうはいかないし線引きは必要だ。あなたはファルダ国王族の生まれ、一国の姫君だ」
「今は姫君じゃなく君の妻だ。……え。まさか妻じゃなかった?」
「そっ――……っ、とにかく!」
「はははっ」
「……」
完全にこれは揶揄われている。よりによって使用人の前で。
見てみろ。離れているハインが青筋を浮かべているし、セバスが笑いを堪えているだろう。
俺はすぐにセバスに指示を出す。皆の働きや行動はこれから次第だ。それもまたセバスやハインにはしっかり見ていてもらうことになる。
辺境領の面々は俺たちのやり取りに唖然とした顔をしながらも、すぐにかつての同僚であるセバスの指示に従い始めた。
俺の傍で彼女が動く。セバスに続いて動く面々の中、唯一動いていない人物のもとへ。
その人物もまた彼女を見る。そして口許を緩めた。
(あれは――……)
彼女の足が止まる。向き合って見つめ合う二人。
彼女の表情は俺からは背になっていて見えない。それに向き合う男が微笑んでいるのは見える。そして、そんな男に向けた彼女の声が聞こえた。
「初めまして。スワダント商会、商人ヒュリオス」
「ロザロス公爵夫人シルティ様。お呼びくださり光栄です」
ロザロス公爵家が唯一繋がりを残す商会。父が辺境領を賜った後、辺境領で得た繋がりでヒュリオスと築いた商会。
その長が、ここにいる。
年齢は三十代後半から四十代前半というところ。肌は日に焼けた健康的な褐色。年齢の割に随分と若く見える容貌と人当たりのいい笑みが印象的だ。
俺も会うのは随分と久方だ。辺境領を出てからは会っていない。
ヒュリオスは商売のため常に動き回っている。それだけ多忙でもある。
挨拶を交わす二人の傍へいくと、俺を見たその目が柔らかく細められた。
「坊ちゃん――……失礼。公爵様もお久しぶりです」
「……あなたにそう呼ばれるのは慣れないな」
「ははっ。俺も慣れねえや」
砕けた空気に俺も懐かしさを抱いた。
ヒュリオスは仕事で色んなところを行き来しているので、たまに辺境領に来たときには色んな話をせがんだこともあった。砕けた空気はすぐに親しみを抱いたものだ。
「にしても。さっきのは面白かった。お二人が婚姻とはどうなるかと思ったが、案外うまくやっていけてるみたいで安心です」
「どこを見てそう言える?」
「全部」
「その目を洗ってこい」
「わたしは嬉しいな。周囲にはそう見せられているということだ」
「ほお……。こりゃ奥様のほうが上手だったか…」
感心している様子のヒュリオスとにこりと笑顔を浮かべる彼女を見て、俺はため息を吐くしかない。……なぜ俺の周囲はこうなんだ。
頭痛を覚えるが、それを吹き飛ばすようにずかずかとやってくる足音に俺たちの視線が向いた。
「あなたという人は! 使用人の前で主人たるギルベール様を揶揄うとは何事ですか! いくら奥方とはいえしてはならぬことくらい理解できていると思っていたんですがそれさえ間違いでしたか!?」
「ははっ。従者君は今日も怒りっぽい」
「あなたのせいですから!」
「屋敷の空気は主次第。そうだろう?」
「それは理解します。しますがっ! それによってギルベール様が侮られるような言動は控えるようにと――」
「辺境からの、幼い頃からの付き合いだろう? 緊張している者も何名かいたようだし、馴染むにはちょうどいい」
こてんと首を傾げる彼女にハインがぐっと言葉に詰まった。
先程のやり取りは、例えば、王都で新たな使用人を雇う場合や見も知らぬ者を雇うなどの場合には不適切だろう。
しかし、今回入れたのはかつて仕えてくれていた者たちで顔見知り。しかも辺境領という王都からも遠い場所で、獣人という存在を唯一国内で受け入れている地。国の中心や貴族や王家という関わりが薄いからこそ、彼女を娶る際に人手が要るとなったときに俺は手を借りられなかったのだから。
土地の違い。しかしそれを、彼女はさきほどのやり取りで薄めた。
肩の荷を下ろしていいと、あれにはそういう気さくさもあったのだろう。
……だからといって「よくやった」とは言えないのだが。
「ははっ! こりゃ面白い奥様だ」
「どうもありがとう。それでヒュリオス殿。頼んでいた物は?」
「お持ちしました。早速御覧になりますか?」
「そうしよう」
「待て。頼んでいた物とはなんだ? ヒュリオスは商会の馬車で彼らを連れてきてくれたのではなかったのか?」
ヒュリオスと彼女が進める話に思わず口を挟むと、二人の目が俺を見た。
片や読めない目に、片やきょとんとした目に。そんな反応に俺が怪訝とするしかない。
「……奥様。言ってない?」
「ないな。君が間に合うかどうか分からなかったから」
「にしては、俺を見てもほっとしてもなかったですけどねえ」
なんと言っていいか分からないというように笑うヒュリオスに彼女は平然としている。……初対面でよく打ち解けているな。
少々むっとしたものを感じていると、ヒュリオスが後ろに置いてあるいくつかの荷物を示した。
「奥様のお荷物の配達と彼らの送り。両方をしにきたんです」
「荷物……?」
ヒュリオスの後ろにあるのは二つほどの四角い鞄。それに何かが入っているのだろうが、俺にはさっぱり分からず首を傾げた。




