17,もう一度
その足で向かうのはギルベールの仕事部屋だ。部屋に入ってすぐに椅子に身を投げ出し息を吐く疲れた様子をわたしはソファに座って眺める。
「……馘首の上、それぞれの家に賠償請求を出す。それでいいんだな?」
「それでいい」
本人たちに書面は渡さない。その罪はしっかり伝えるつもりだ。そのほうがちゃんと賠償してくれる可能性がある。
まあ、商会なんかの者だと直接謝罪だのそれにかこつけた交渉なんかを持ってくる可能性もあるけれど、一切敷地に入れるなとすでに伝達済みだ。
公爵家には数少ないが騎士もいる。今回の事に関して騎士に処罰対象者はいなかった。
理由は単純だ。騎士として雇ってもらいたいと願った者は、その多くがギルベールへの憧れが強かったり守護獣の力が弱いからと騎士団入団試験に落ちた者であり、かつての戦の英雄ギルベールに対しての忠心と尊敬が強かった。
馘首した使用人たちは窃盗と不敬罪に相当することを行っていた。素晴らしいことにだれもがどちらの罪状も持っていた。
窃盗に関しては当然賠償請求を出す。不敬については容赦なく屋敷から叩き出す。そういう処罰を下した。
盗まれたわたしの私物はすでに売られていた。金に換えて自分のための消費に回していたらしい。
とはいえ、金に換えるにはそれができる店に行かなければいけない。そこらの宝飾店で買い取りはしてくれない。そして買い取ってくれる類の店は、それが盗品でないかという可能性をちゃんと考えている。場合によっては手配書が回るし引き取りはしてくれないが、生憎とわたしの場合はそうではなかったから品はもうない。
リアンに一店ずつ聞き込んでもらって掴むことができた。そこからの証言は非常に役立った。
獣人を嫌う使用人たちだ。盗んだ品を使うわけがない。
椅子に座っていたギルベールは何を思ったのか立ち上がるとわたしの向かい側にやってきて、頭を下げた。
「我が屋敷の者がすまなかった。謝罪で許されることではないが、あの者たちを雇っていた責任は俺にある」
「下の責任を上が負うのなら、どこまで責任が上に上にいくのか。実際に下の責任を負う上の者がどれほどいて、下に責任を押し付ける者も一定数いるということを、君は理解しているんじゃないか?」
「……」
「君の誠意は受け取るけれど謝罪は受け取らない。君の謝罪はこれじゃないはずだし、これは求めてもない」
「! それは――…」
「それでもというなら、二つ頼みを聞いてほしいな」
はっと顔を上げたギルベールはその表情を歪めた。今にも足を引きそうな、聞きたくなさそうな顔だ。
見ていてとても面白くて笑うとさらにその表情が歪んでしまう。ソファに座っても渋々というように間を開けて、ギルベールは思案の末に答えを出した。
「……内容次第だ」
「一つは、今度の夜会で君の仕事仲間を紹介してほしい。同じ師団長格や上官、部下に至るまで」
「それは構わないが……今更もう一度必要か?」
「忘れた」
「忘れた!?」
愕然とした表情を向けられるけれど、堂々と言い切ってやるつもりだから問題ない。
ギルベールも「まあ、関わることもなかったからな…」と納得してくれた様子。それでよし。
「もう一つは?」
「夜会でダンスを踊ろう」
「……」
「君は不服がすぐに顔に出て分かりやすい」
軽く笑うと表情が歪む。それは見ていて面白い。
ギルベールがそういう顔をする理由は分かる。なにせ一度それをして失態を見せている状態だ。
だからこそ、それを払拭させなければいけない。いつまでもダンスが踊れないままではいけない。
「だが、あなたは……」
「罰が欲しいんだろう? ならそれでいいじゃないか」
納得できないという顔が目の前にある。それをじっと見返していると扉がノックされ、リアンがそそっと紅茶を運んできてくれた。
黙ってそれを受け取るギルベールの表情がひどく不服気だけれど、わたしは「ありがとう」と受け取って口に含む。
リアンはそのまま壁際に控えた。リアンの一連の行動の間ギルベールが口を開くことはなく、眉間には皺が寄っている。なかなか深くなってるぞ。
数分に及ぶのではないかと思う沈黙の後、ギルベールは「…分かった」と了承を出してくれた。わたしはそれに笑みを返しておいた。
♢
翌日。公爵邸はすぐに静かな場所に様変わりした。
半数以上とさよならしたわけで、残った人員は五十人ほど。広大な屋敷を維持していく上では少ない人数だ。人員補充についてはセバスが辺境領の元使用人たちに連絡を取り、良い返事をもらえた者がいるとのことだ。助かる。
そんな人材はすでにこちらに向かっていて、半月後の夜会までには間に合う様子。
わたしは自分のことにさして人の手は借りない。だから最低限の人数で構わないのだけれど、掃除や手入れと行き届かせる必要もある。
「部屋の掃除は毎日でなくても問題ない。屋敷全体を七つの区画に分け、一日もしくは二日に一区画で回す。洗濯範囲も同様に。荷物の運搬作業なら騎士に手伝ってもらえばいい。あれもいい鍛錬だ」
「承知いたしました。行き届かなくなるところが増えてしまい、申し訳ございません」
「謝罪の必要はない。現状でできることをしてもらえれば、してもらう身としては充分だ」
解雇されたメイドたちとは違い、屋敷に残った者たちはわたしに忌避感がない。王都育ちの面々でもこういう人はいるものだ。
言ってしまえば、獣人だろうがなんとも思っていないのだ。それでいいと思う。
セバスとハインの人事考査の結果、ギルベールとわたしは新しいメイド長を任命した。残った使用人たちの持ち場もなるべく動かさず、考査結果と加味して仕事を追加できる者には仕事を与える。当然その分の給金も増やす。
問題が起こればその都度対処はするとして、わたしはわたしでやるべきことがある。
さて。出かけよう。
そう決めて自室ですぐに着替えると、部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼します」
許可を出せばそそっと入ってくるのはリアンだ。リアンは下働きから昇格してメイドに、さらに必要時のわたしの手助けも仕事に入った。半分メイドで半分侍女だが、わたしはまだ自分の専属侍女を置くつもりはない。
この部屋に出入りするこの光景もこれから増えるだろう。そう思って見ているとリアンがわたしを見て愕然とした表情を浮かべた。
「お、お着替えはお手伝いしますって言ったじゃないですか……! またお一人で……!」
「手が要るほどじゃない」
尻尾をするりと布地の重なりから出し、軽く整える。
リアンにはこれまでも外出に同行してもらっている。わたしの準備の手伝いに来てくれるのだけれど、手伝いが必要であるような着替えはない。だからいつも勝手に済ませてしまうのだけれど、どうにもリアンにとっては喜べるものではないらしい。
(貴族というのも面倒だ)
その型にはまるつもりはないから好きにやるけれど。
リアンがあわあわとやってきてせっせと仕事をしようとするのを微笑ましく見つめ、準備が整ってからセバスに一声かけてから外に出た。
「さて。今日は馬車にしよう」
「分かりました」
移動手段は時によってばらばらだ。徒歩であったり馬車であったり、わたしとリアンの体力づくりのためにどちらも使ったり。
今日はちゃんと向かう場所があるから馬車を使う。リアンが伝えに走ると、さして間を置かずに馬に引かれた馬車がやってきた。
御者君が一人。何度か馬車を使う中で顔見知った公爵家の使用人。馬車には余計な装飾も家紋もなく、公爵家の物にしては簡素ではあるけれど、実に使いやすい。
御者君はわたしの前で恭しく頭を下げる。
「どちらまで参りましょうか?」
「まずは図書館に」
「「承知いたしました」」
御者君とリアンが声を揃え、わたしは馬車に乗りこんで屋敷を出発した。




