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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月


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15/59

15,よくある光景

 ♢




 それから数日が経過した。あれから彼女は度々町へ出かけている。

 食事はあれから自然と食堂で共にしている。そのときに彼女は「今日は出かける」と教えてくれる。言われるたびにまた町で何か起こらないだろうかと少々不安にはなるが、駄目だと言っても聞くとも思えないので送り出している。


 セバスに聞くところによると、彼女は屋敷で雇用している使用人全員の名簿に目を通し、個人情報や後見人まで頭に入れようとしているらしい。そういうことをすることには少々驚いたが、現在の状況から納得もしている。

 さらに公爵家の現状と辺境領でのことも聞かれるそうだ。……本当に彼女の行動はよく分からない。


 今朝も彼女は町へ出ていった。供はリアンにさせるそうだ。

 ……今日も問題なく帰ってきてくれ。頼むから。


 考えて思わずため息が出た。


「師団長。どうかされましたか? さきほどから珍しくため息を吐いておられますが?」

「……すまない。切り替える」


 王城敷地内にある騎士団棟。そこにある第九師団室にいるのは、師団長である俺と、副師団長であるガードナー。

 ガードナーは俺の父ほどに年上だ。元はこの第九師団団長であったが、俺が入ったことで今は副師団長という立場になっている。


 俺が中央にこうして勤めることになった経緯から、激しく拒絶されることを想定していた。だが、ガードナーはそんな素振りも見せずに頭を下げ、俺に師団長の椅子を譲った。

 立場上は団員たちを指揮する者としてありつつも、そうでないときにはやはり距離を取ったほうがいいだろうかと考えもした。だが俺の心配をよそに、ガードナーも第九師団の団員たちも快く迎えてくれた。もちろん、逆もあるが。


「そういえば最近、巡回担当の師団からこんな話が出回っています。時折町に獣人が出る、と」

「……」

「師団長。顔が歪んでます。……やはり奥様でしたか」


 そう言って肩を竦めているだろう副官に俺はため息を返した。


 王都に獣人の出入りなどまずない。いればそれが誰なのか、貴族社会に通じる者ならすぐに理解する。

 民は彼女にとって敵も同然だ。……騎士ですら、味方とは言い切れない。俺が出くわしたのは本当に偶然でタイミングがよかっただけだ。


「問題が起きているなどというような話は?」

「いえ。ありません。奥様は平然となされ、市民は少々遠巻きにしつつ、という様子だそうです。奥様からお聞きには?」

「問題は起こっていないとは聞いている」


 俺からも巡回担当師団に話を聞きにいくようにしたほうがいいだろうか? しかし、あまりやりすぎると公私混同と思われいい顔をされないどころか、彼女を屋敷から出すなとでも言われかねない。

 ……言っても聞かないだろうなと、なんとなくそう思えてしまうのはなぜだろうか。


「巡回担当師団にはそれとなく話を聞き、奥様に何事かなかったか把握するようにいたします」

「……すまない。助かる」

「いえ。私がお役に立てることがありましたら、なんでもおっしゃってください」

「……俺なんかのためにそこまでしなくていい」


 ガードナーは優秀だ。師団全体のこともよく見ている。

 辺境領での経験はあれど、俺は騎士団内ではまだまだ新人といってもいい年数しか勤めていない身だ。微妙な俺をいつも支えてくれることには感謝しかない。


 騎士団内で俺という存在がいい顔をされないのは父のこともあるが、俺が『落ちこぼれ』であるからだ。

 騎士は守護獣の力を用いて戦うのが主流であり、火や風などの属性の強さによっては重宝されることも少なくない。しかし、俺にあるのは剣の腕だけ。


「いえ。師団長のためにできることはやらせてください」

「……やりたいなら止めるつもりはない」


 自分がどう思われているかは解っているつもりだ。だが、第九師団の中にはこういう者もいて、それは少しだけ、どうすればいいのか分からなくなるときがある。


 ガードナーは「はい」とどこか嬉しそうな声音で頷くと仕事に戻る。俺も同じように書類仕事を片付ける。

 団内のことでいくつか情報を交わしていたとき、扉がノックされがちゃりと開いた。


「ボルダッツ師団長ではありませんか。どうされましたか?」


 すぐさまガードナーが立ち上がり、俺の前へずんずんと歩み寄ってくるその人の前に立った。

 第三師団団長であるボルダッツ殿はあまり騎士らしくない恰幅のいい体躯をしている。師団長という立場なので実力はあるのだろうが、就任年数の浅い俺は他師団のことは出動出撃記録に記されている程度のことしか知らない、各師団長の実力実践能力もあまり知らない。

 師団同士の訓練ではそういうことを知れるのだが、第三師団と合同訓練を行ったことはない。


 他師団や他師団長に関しては元師団長であるガードナーがいろいろと教えてくれる。それを踏まえて俺が自分の肌で感じるには、他師団長はあまり俺を快く思っていない者が多いだろうということだ。

 師団長会議において度々そういうものは感じる。王城での会議に似ているものだ。


 やってきたボルダッツ殿の視線が俺からガードナーへ移り、ふんっと鼻を鳴らす。


「今度の夜会警備に関しての書類だ。きちんと目を通しておくように。君の部下が失態を重ねようが構わないが、他の者の足を引っ張ってもらっては困るのでな」

「そのようなことなきよう努めます」


 俺の返事でガードナーがボルダッツ殿から資料を受け取る。ガードナーの手が資料を掴んだがボルダッツ殿がそれを放さず、ガードナーがにこりと笑みを浮かべてボルダッツ殿を見る。


「君ほど優秀な人物がこの男の下で埋もれるなどもったいない。私はいつでも歓迎するぞ?」

「ははは。お気遣いに感謝を。ボルダッツ師団長」


 ガードナーが乾いた笑みを浮かべ、ボルダッツ殿はにやりと口端を上げている。両者がにこにことしている様子に俺が交互に視線を向けていると、ボルダッツ殿が資料から手を離し「では」と部屋を出ていった。

 途端になぜか部屋の空気が軽くなった気がする。俺に背を向けていたガードナーは俺を振り向き、資料を手渡してくれる。普段ならそれで自席へ戻るガードナーは、机を挟んで立ったまま告げた。


「私はギルベール師団長についていきますから」

「……したいようにすればいい」


 まっすぐな目で言われるのはあまり慣れない。辺境領ではそんなことを言われても平然とできていたのに。


 俺のせいで部下たちに肩身の狭い思いをさせるのは申し訳ないので、好きにしてくれればいいと思っている。他師団との軋轢や立場を考え、異動願いを出してくる者も止めるつもりはない。だから俺がまとめる第九師団は人手が少ない。

 それでも頑張ってくれていることにはいつも感謝している。


 ボルダッツ殿のようなことはなにも彼だけではないし、俺の前で団員を引き抜こうとされたことも一度や二度ではない。

 我が第九師団は俺のせいで他師団よりも遥かに立場が下だ。共通認識としてそれがあり、それでも残っている者だけが第九師団団員を名乗る。


 ガードナーは自席へ戻り仕事を再開させる。しかしすぐに俺を見た。


「その夜会は師団長も参加されるのですか?」

「ああ。王家の主催だから断るわけにはいかないんだ」

「では、奥様が町へ出ていることが貴族にどれほど知られているか、それとなく探ってみましょう」

「それは俺のほうでやるから師団のほうを頼む。さすがに業務外だろう」

「……では、なにか御力になれることがあれば、いつでも」

「ああ。そのときは頼らせてもらう。……もうすぐ鍛錬の時間だな。早く終わらせよう」


 ガードナーもすぐさま手を動かし始める。それを見て俺も書類に向き直り、しかしふと手がとまった。


(今度の夜会、彼女はドレスをどうするつもりなんだ……?)


 あれだけ数の減っていたドレスだ。夜会までに仕立てることは可能なのだろうか? 急ぎどこかの服飾店に依頼したほうがいいのではないだろうか?

 帰宅してから確認をとってみようと決め、俺は仕事へと意識を切り替えた。




 ♢




「『考えがないわけじゃないからそれ次第。間に合わないなら持っているものからどうにかするしかない。ところで、ドレスの仕立てというのは通常どれくらい要するものなんだ?』 ――……とのことです」

「……」


 屋敷へ帰ってからセバスを介して彼女に懸念を問えばそんな答えが返ってきた。

 彼女の部屋に向かう姿をメイドに見られると少々面倒とのことで、一件が落ち着くまでは急や必要性がない限りはセバスやハインを介するようにと言われている。セバスはこれまでも彼女と言葉を交わしていた人物なので、今もそうあってもメイドも不思議には思わない。


 俺の言伝を運んでくれたセバスは穏やかな表情のまま彼女の言葉をそのまま俺に伝えてくれ、俺は思わず頭に手をあてた。


「……知らぬふりを通している今、時期からしてそろそろ俺に購入を求めるだろうと思われているだろうから、それに乗るかとも思ったんだが…」

「そうはなさらないおつもりのようです」

「ということは、夜会までに解決させるつもりか……。夜会までに考査は進みそうか?」

「あと一月ありますので、問題なく」

「そうか。……急がせてすまない」

「とんでもございません。これもまた旦那様と奥様のため、当然の務めにございます」


 そう言って頭を下げるセバスに、俺のほうが頭のあがらない想いだ。屋敷でも、騎士団でも、こういう者たちがいることにどれほど助けられているか。


「今日、彼女は?」

「はい。リアンとともに町へお出になりました。問題はなく、リアンが奥様の指示を受けて何やら調べものをしたようです」

「リアンも彼女の言葉を聞いてよく動いてくれる。屋敷が落ち着いたらなにか……昇格か、特別手当を出してやってくれ」

「承知いたしました」


 王都にもいるのだ。獣人に忌避なく接する者は。

 それをリアンが証明してくれている。不心得な使用人との違いは、やはりその心なのだろう。


 彼女は町へ出ていろいろと調べているようだが、王都民の中でそれがすんなり通るわけがない。リアンの存在は大きく、かつ、リアンもまた危険に晒されている。

 彼女がそれに気づいていないはずがない。それでもリアン以外を動かすことができない。……動き辛いものだ。


 夜会までおよそ一月半。人事考査を一月後に終わらせてしかるべき処罰を下す。そんなことをしていれば夜会の準備も忙しくなる。

 それでも、やるしかない。


 考えて息を吐き、俺はセバスから経過報告を聞くことにした。






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