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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月


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14/57

14,見えない壁に遮られ

 鍵をかけた部屋。なくなっているドレスと宝飾品。

 彼女がこれまで俺が注意しても購入をやめなかった、その理由――。


「――……すまない。俺の責任だ」

「責任は行った本人にある。君に求めるものではない」

「だがっ……!」


 ぐっと自分の手に力が入って仕方ない。

 浪費の激しい姫君。そう思っていた。……そう思って注意するだけで、それだけで済ませていた。


「従者君。屋敷の者は勤めが長いのか?」

「……いえ。ジルベール様がご存命であられたときから仕える者がほんの数名で、奥様を迎えることになり雇い入れた者がほとんどです」

「なるほど。そうなると忠心というものはないな。この屋敷なら雇っているのもどうせは王都民だろう?」

「……はい」

「わたしの私物を軽んじるのも納得だ」


 これは昼間の出来事と同じだ。

 彼女が来ると決まったとき、新たに雇い入れた者たちに言った。「丁重に迎え接するように」と。……それさえ守るものではなかったということか。


 つまるところ、俺は主人として見られていないということ。


「っ……」


 どこでも誰もそうなのだ。そんなものはとうに受け入れているし、どうとも思わない。

 だが――許せないと思うこの怒りを、どうすればいい。


 平然と盗みを行い、それを隠して俺に報告はしない。自分たちの罪を彼女の浪費として俺に思わせ、陰で嗤う。


(俺は、俺は……結局なにも見えていない)


 なんて愚かな男だったのか……。

 胸を衝く自責の念と怒りの感情のまま、自然と口から重い声が漏れ出た。


「すぐに全員を尋問する。きちんと賠償も――」

「ギルベール」

「……!」


 ふわりと軽い声が俺を呼ぶ。はっと視線を向けたそこにあるのは、焦りも怒りもなく余裕を滲ませる不敵な目。

 怒りに囚われていた俺の視界が、それを見てクリアになった気がした。


 彼女の白い手が伸びる。その手が俺の頭に触れ、子にするようにぽんぽんっと触れた。じんわりと触れるぬくもりが沁みわたるように熱を生む。


「……!」

「君がそれほど責任を感じる必要はない。それにちょうどいい機会だ。屋敷内を一掃しよう」

「あ、ああ……。ん? 一掃?」

「今のままじゃわたしも君も気分が悪いだろう。王都以外に知り合いや声をかけられる相手はいないか? 一掃してそちらから人を入れたほうがいい」

「へ、辺境になら、いなくもないと思うが……」


 辺境領が父の領地だった頃、あちらの屋敷で仕えてくれた者はいた。父の罪によってあちらの屋敷の者は解雇することになり、執事のセバスと側近のハイン、数人だけがこちらに来てくれた。

 声をかければ、あちらさえよければ来てもらえるよう整えることができるとは思う。少し自信がなくハインを見るが、ハインは俺の内心を支えるように力強く頷いてくれた。


 頭は必死にそれを考える。そうでもしないと、目の前の彼女に視線が向いてしまいそうで、どうにも居心地が悪い気がする。

 そんな俺の気など知らず、彼女は俺とハインに視線を向ける。


「今はまだ知らないふりをする。証拠を揃えて尋問しよう。同時にこっそり辺境の方へ声をかける。それでどうかな?」

「……分かった」

「では、そのように」


 普段は警戒をみせるハインだが今回のことを重く受け止めたのだろう、素直に頷いた。

 それを見た彼女は再び俺を見る。


「確認したいのだけれど、わたしを獣呼ばわりすることは不敬や侮辱として解雇を通告できるかな?」

「当然だ。あなたはこの家の女主人、公爵夫人だ。仕える主人一家への不敬が許されることはない」

「ふむ。ではそちらでも調べようか。やはり快適に過ごせる場所がいいな」


 笑顔がどうにも物騒な気配を漂わせていると感じてしまうのは俺だけだろうか?

 先程までの妙な居心地の悪さなど消え去り眉が寄るのが分かる。


「……あまり派手なことはしないでくれ」

「しないさ。わたしは温厚になると決めたんだ」


 本当だろうか? その笑みを見ているとどうにも信用するのが難しい気がするのは何故だろうか。






 こっそりとドレスの保管部屋を出た俺たちは何食わぬ顔で食堂へ向かい、昨夜のように一緒の夕食を終えた。

 俺はそのままハインとセバスを連れて執務室へ戻る。


 騎士団師団長としての仕事は、機密や情報統制の関係上持ち帰ることはない。しかし、公爵として国の政治的な動きや領地領主の関係性などは把握しておかなければいけないし、そういった会議に参加することもある。

 といっても、反逆者の息子で現王の甥である俺が発言することはそもそもに求められていない。言ったところで睨まれ、次いで出てくるのは「落ちこぼれのくせに」という言葉。なので聞くに徹することにしている。

 それでも陛下は俺に意見を求めることがある。そういうときは大抵「陛下の御心のままに」と告げるか、周囲とさして変わらない当たり障りのない返事で済ませることにしている。政治面に関しては大臣や執政官、軍事面に関しては騎士団長や他の師団長が発言する。俺が出る幕はないのが現実だ。


 とはいえ、それは王城での話。ここは俺の屋敷だ。


 彼女は知らないふりをとおすとした。その上で手を打つと。

 今回の事は内容が彼女に関することなので彼女の気が済むようにさせるつもりであるが、俺もまたできることをしなければいけない。


 そのため、セバスにだけは事を伝えた。辺境領から同行してくれたセバスは獣人への忌避もなく、彼女のことも女主人として丁寧に節度を保って接している。この屋敷では数少ない信頼できる人物であり、セバスに伝えることは彼女も賛成してくれた。

 ハインも同じ。辺境領で過ごしていた幼少期の幼馴染で、その縁で今も俺に仕えてくれている。


「――……そのようなことが。嘆かわしいことです」


 ドレスや宝飾品の管理はそのほとんどをメイドたちが担っていた。おそらくメイド長はあちら側でセバスにも知られないようにしていたんだろう。

 セバスには俺がいろいろと用を頼むこともあったし、俺や彼女のスケジュールも管理してくれている。そのうえで屋敷の一切を預かっていたので非常に忙しい身だ。


 普段は温和なセバスもさすがに顔をしかめている。その隣でさらに深く不快を見せるのがハインだ。


「……彼女は、いつから気づいていたんだろうな」

「早くに気づいていればとうにギルベール様やセバス殿に言っているはずですから、最近ではないでしょうか?」


 普段入ることもないドレス保管部屋に入ったのか。気に入っていたドレスを確認にでもいったのか。きっかけがなにかは分からない。


「しかし、奥様の装飾品の購入がそういった理由からのものであるとすれば、これまでの購入もそういうことになりましょう。早くに気づいていたのやもしれません」

「その場合早くに言ってくるのでは?」


 目の前で二人が首を傾げながら話している。

 それを聞いて、なぜか頭を殴られたような気がした。


 昼間の出来事。屋敷で雇っている大半の王都民。この屋敷がある王都という場所。


(彼女にとって、敵ばかりということじゃないか……?)


 そうならば仮に早く気づいていたとしても誰にも言わなかったのも頷ける。

 彼女が俺に言ったのも、使用人の目がない状況と、俺が屋敷の主だからだろう。


 信頼できない者ばかりの中、彼女は周囲で起こることになにも言えなかったのではないだろうか?

 もし……もしそうなら、そんな中に彼女を置いていたということだ。彼女とのやり取りの大半はメイドを挟んでいた。


 それが歪められていたとしたら……?


『わたしは最初から、君と一緒でも構わなかったよ』


 あの言葉が、当初からの彼女の言葉であったとしたら……?


 屋敷の者たちに不届き者などいない。そう思っていたからこんな事態を想定していなかった。

 彼女は平穏無事だと、そう思っていた。


 口許を覆って項垂れる。そんな俺を見たハインが心配そうに声をかけてきた。


「ギルベール様。どうされましたか? ご気分が優れないなら医者を呼びますが?」

「……問題ない」


 自分に吐き気がする。


 彼女の数々の振る舞いは大勢の人が目にしているものであり、事実だ。しかし今、俺の頭の半分が「本当にそうなのか?」と囁いてくる。


 本当に、ファルダ国で貴族令嬢をはしたなく全力疾走させて笑い者にしたのか?

 想い合っていた男女を引き裂いたのか?

 メイドには怒鳴り散らしてきつく当たっていたのか?


 ロドルス国でも泣いて座り込む令嬢を見下ろして高笑いをしていたのか?

 茶会の最中には突然とある貴族の婦人にいちゃもんをつけたのか?


 ナイフとフォークの使い方さえ知らないと聞いていたが、夜会や晩餐会に参加したときにはどうだった?


「……セバス。おまえから見て、彼女はどういう人だ?」


 声が震えないように気をつけて執事に問う。いまだに視線を上げられない俺の問いに、セバスは普段どおりの穏やかな声音で答えた。


「慎ましく、お優しい御方であろうとお見受けいたします。ずっとお屋敷の中で過ごされる中で不満のひとつも出さず、数少ない商人が屋敷へ来ても、いえ……普段屋敷内を歩くときでさえ尻尾と耳を隠して身を小さくしていらした。リアンに聞いたところ、昼間には町まで歩いて疲れただろうと飲み物を買ってくれようとしたとか。獣人が外に出るという危険をご理解の上で、いざとなれば離れるよう告げたとも。店を出ていけと言われても怒ることもなく、言われたとおりにしたとも聞きました」

「……散々悪女だと言われている人物です。大人しい振りをしているだけかもしれません」

「そうですな。ですが……私には、今堂々となされている奥様が、そのままのお姿であるように思えてなりません」


 セバスはきっと、俺よりも彼女のことを知っている。普段の彼女の様子も、ただ報告させていた俺よりも実際に見ているだろう。

 ハインも同じだ。だがハインは警戒が強い。おそらく俺と同じように思っている部分がある。


(見なければ。俺が、この目で)


 だから今度は顔を上げる。視界に映るセバスとハインに俺はまっすぐ視線を向ける。二人も俺を見て表情を引き締めた。


「セバス。ハイン。至急、極秘に屋敷の使用人全員の人事考査を行え。関係者及び、彼女へ不敬な態度をとる者は切り捨てる。不足するだろう人員は辺境領から入れたい。伝手を使って連絡をとってくれ」

「「承知しました」」






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