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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月


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13,失くしもの

 ……なにをしたいのかさっぱり分からない。

 しかし動かねばならないらしい。俺は仕方なく寝室のほうへ進んだ。


 後ろからハインが警戒している空気を感じる。俺は寝室には入らず、その境界線で足を止めた。


 初めて見る彼女の寝室。深い赤色の薄布が垂れる天蓋のベッド。窓辺には机と椅子。ゆったりとできるソファやテーブル。内装はさして手の込んだものではなく、彼女が嫁いでくる前の準備で彼女の好みで替えられるようにとおいてあったそのままな気がする。

 ……派手さもない。どころか物も最低限というような。本当にここが彼女の部屋なのかと違和感すら持つ。


 ふと、俺が今いる居室を振り返った。

 よく見れば寝室とさして変わらない。物は最低限で、壁には書棚があり、壁紙も柔らかなクリーム色。


(宝飾品やドレスを購入するわりに室内には頓着がないのか……)


 視線を改めて寝室へ戻す。そして、彼女がクローゼットからドレスを出していることに気づいた。

 ベッドの上やソファに出されているドレスの数々。それも普段着として着用できるようなものばかりだろうそれを、着るでもないのに出している。


「……なにをなさっているのです?」


 さすがにハインも困惑したのだろう。俺の後ろから胡乱気な問いが出る。

 クローゼットの前に立った彼女はそんな問いを受けて俺たちに視線を向けた。


「クローゼットの中を全部出した」

「は……? これが全部?」

「そう。君が憶えていると言った例のドレスはあるか?」


 言われ、ぐるりと見回す。

 しかしすぐに気づいた。


「あれは夜会用のものだろう? そこには仕舞っていないと思うが?」

「ならそっちにいこう。場所は知ってる?」

「ああ」


 出したドレスをそのままに彼女が居室へと戻ってくる。その姿が視界に入りつつも、視線はドレスに向いた。


(あれほど購入していたのは全て夜会用のものだったのか……)


 さして出席が多いわけでもなかったが、夜会用のドレスを買うことでその不満を晴らしていたのなら納得はできる。

 王族としてファルダ国にいればしなくて済んだ我慢だっただろう。


 居室へ戻ってきた彼女がそのまま部屋を出ようとするのを見て、ハインがその背を呼び止めた。


「お待ちください。先程からなにをされたいのかが分かりません。ギルベール様のお時間を無為に削ることはおやめいただきたい」


 ぴしゃりと窘める声で室内の空気が張りつめる。それを受けて彼女はゆっくり振り向いた。

 人によっては憤るだろうものも、彼女は気にした様子なく平然と受け取る。


「それともまたドレスの購入催促ですか? あれほどギルベール様が程々にと――」

「それだ。従者君」

「くっ……!?」


 ハインが妙なものを見るように驚愕を露にする。俺も驚いた。

 俺たちの驚愕や戸惑いなど知らぬように、彼女は身体ごと振り返った。


「どうやら真面目そうでわたしにもしっかり物言ってくれる従者君がいるなら、わたしのドレスの購入についても管理はしているんじゃないか?」

「それは、もちろん」

「実はね、わたしも記録を取っているんだ」


 そう言うと、彼女はテーブルに置いてあった本を手に取った。ぱらぱらと中を捲って、俺に手渡す。

 それには、日付、購入したドレスや宝飾品の見目や色合い、店や値段などが詳細に記されていた。


「……こんなものを控えていたのか」

「君が管理している分と合わせてくれて構わない。わたしの記録より君の記録のほうがこの屋敷では信頼性がある」

「どういう意味だ」


 彼女の金色の瞳がすっと動いて俺を見る。

 静かな怒りのような、凪いだ水面のような、けれどどこか冷や汗を感じるような、そんな瞳。


「夜会への出席は同じ服ではいけないんだろう?」

「いけない、というわけではないが……家として侮られることにはなる」

「しかも君は少々複雑な立場でありながら家格がある」

「……」

「そんな君の供をするんだ。――ないものは、買うしかないだろう?」


 当然のことだと無邪気な笑みに乗せ放たれた言葉。

 一瞬、理解が追いつかなかった。


(ない物を、買う……? いや、ありえない)


「なにをおっしゃっているんです? あれほどドレスを購入して――」

「それじゃあ行こうか」

「ちょっ……」


 くるりと彼女が背を向ける。ドアノブに手をかけ俺たちを振り返り、浮かべられた笑みを見て、すっと心臓が冷えるような、背筋が伸びるような緊張を抱いた。


(俺は、なにかを見逃している……?)




 ♢




 ドレスや宝飾品は保管部屋がある。高価な物があるので普段は鍵をかけてある。

 俺や彼女が入ることはまずない。俺はこんな保管部屋を必要としないし、彼女もここでドレスを選ぶことはなく、メイドたちがあらかじめ出す候補から選ぶというのが常なのだという。

 山ほどあるドレスから自分が選ぶとなると、候補を出してもらうほうが楽だろう。


 そして今、俺たちはその保管部屋へと来ていた。

 ハインに鍵を取りにいかせたが、彼女から「場所は誰にも言わないように」と念押しされたのでこっそりと動いてきたようだ。彼女もまた保管部屋に行くときには誰にも見つからないよう時に立ち止まりながら進んでいた。


 そうして誰にも見つかることなく着いた俺たちは、保管部屋の鍵を開け、中に入ってすぐに扉を閉めた。


 保管部屋はそれなりの広さがある。入ってすぐは、奥の保管部屋から出したドレスを見やすく掛けられるようになっており、数着を並べて比べられるよう空間がとられている。ここへ出てくる候補たちが眠っているのが続きの隣室にあるドレス保管室。

 その扉を彼女はなんの迷いもなく、開けた。


「「……」」


 少々気まずい気がしながら足を踏み入れ、俺とハインは言葉を失った。

 俺はこの部屋に入ったことはない。しかし、これが妙であるということくらいは分かる。


 簡単には埋まらないだろう部屋の広さ。彼女が来てからの二年間でどれほど埋まっているのが正確なのか俺には分からない空間だが――あまりにもがらんとした室内が目の前に広がっている。

 保管されているのは、社交会への出席数が少ない彼女でもワンシーズンをしのげる程度の着数。それだけ。候補などたてられなくても選べてしまう数しかない。


 合わない。明らかに。

 これまで彼女が購入していたはずの数はどこへいった。そもそもにファルダ国から持ってきていたものもあったはずだ。


「これなら見つけやすい。君が憶えているドレスはあるか?」

「……少し待ってくれ」


 驚いてしまったが、まずは目的を果たそう。

 室内を歩き、ドレスを見ながら、憶えているものを探す。


 こうして見ていれば、これを着ていた気がするというものもいくつか見つけた。しかし、俺が憶えているあのドレスはない。

 そもそもに、その色合いのものが、ない。


「……ない。あれはロドルス国(こちら)へ来て間もなくの……二年前に着ていたものだったはずだ」

「二年前のものは持っていかれたか」

「っ……」


 嫌な予感がした。それはハインも同じようで眉根を寄せて息を呑んでいる。

 そんな俺たちを放って、彼女はドレスと同じように保管されている宝飾品の箱を開けた。なにも言わず見つめ、蓋を閉じる。

 それを見て足が動いた。彼女の隣に立ち、蓋を開ける。


「っ……」


 そこには、ドレスと同じように明らかに数の合わない装身具があった。明らかに数点、置いてあっただろう場所から消えていた。






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