第9話 交わる力
轟音とともに、地下の空間が閃光で満たされた。
イオリの声に応じて、ドラゴンを囲む十数体の警備ロボが一斉に光線を放つ。
多重に重ねられた砲撃が、空間の一点へと集中し、凄まじいエネルギーがヴァル=ドラグを包み込む。
「やったか!? いや、やってない!」
「一人で何突っ込んでんの」
爆煙の中から、無傷のドラゴンが姿を現した。
その身を覆っていたのは、宙に描かれた六重の魔法陣。
淡い光が揺らめき、すべての攻撃を無効化している。
「バリア……でもこれは──電子フィールドじゃない。攻撃が効かなくてもハッキングしてしまえば……っ!」
イオリが端末に走らせた指がすぐ止まる。
回線もコードも、すべて通じない。
「何これ? 何か変なのがある!」
イオリのハッキングが、初めて“無力”を突きつけられた瞬間だった。リィナがすぐ横から怒鳴ってくる。
「それ、魔法の障壁よ! 魔力で紡がれた結界! イオリの何かやってるのをあいつは魔法で防いでいるの!!」
「はあ!? 魔法!? それは私の知識じゃ無理だなあ」
イオリが顔をしかめ、それでも何とかしようと端末を操作する。だが、ドラゴンの防御結界はあらゆる指示を受け付けなかった。
「今まで全部、こっちのルールでねじ伏せてきたのに……! こんな事ならリィナに魔法を教わるんだった」
「私が教えるわけないでしょ! それよりまた来るわよ!」
目線を上げると、ドラゴンの口元に光が集まっている。
魔法と科学が融合した極光の奔流が、標的をこちらに定めていた。
「ほら来るっ!」
「わかってるよっ!」
リィナとイオリはそれぞれ別の方向へ回避する。リィナが魔法で、イオリがハッキングしたロボットで攻撃を行うがドラゴンの防御は破れない。
光のビームが地面を焼き裂き、追いかけてくる。
打つ手の見えない状況だが、イオリには一つの手段があった。気が進まない方法だが、一応提案する。
「一つ方法はあるんだけど」
「聞くわ!」
「ここを逃げて地上に戻る。リィナの魔力を見失えばあいつは追ってこないし、暴走が収まれば動きも止まるはず。どう?」
「あんた、私が宝を前にして逃げると思ってるの? それに何より」
「「面白くない!!」」
「分かってるじゃない」
「だよね」
イオリはロボット達を集結させて一点集中を狙う。だが、それでもヴァル=ドラグのバリアは貫けない。
冷や汗を流すイオリの肩に手を置いて今度提案するのはリィナの番だ。
「私にも一つ考えがあるんだけど」
「聞こうじゃない」
「あいつは科学と魔法、両方の力を暴走させた存在……だったら、こっちも合わせて暴走させてみるのよ!」
「はぁ!? 暴走って、リィナそれ本気!? よく分からない物を使ったら結果がどうなるかなんて分からないよ!?」
「本気よ。それに相手だけ複合させて使ってくるなんてムカつくじゃない。こっちにも科学と魔法、両方があるのにさ」
リィナは笑った。
あのとき空から落ちてきた知らない少女の顔ではなかった。
今は、イオリの知った戦う覚悟を持った魔法使いの顔だった。
イオリは、そんな彼女を見つめ、そして――頷いた。
「……よし。やってやろうじゃん、これから未知の合わせ技ってやつを!」
二人は並び立つ。
リィナが空中に魔法陣を展開する。その紋様は青白く輝き、空間に震えるような魔力を満たしていく。
イオリは端末を両手に構え、魔法陣に合わせるようにコードを書き込み、ネットワークに侵入をかける。
「これより魔法陣の構造をリアルタイムスキャン。よく分かんないけど良い感じで接続。魔力の回路と信号干渉を解析……こいつで魔法をブーストするっ!」
リィナの魔力と、イオリの科学が絡み合う。
――コードが、魔法陣の一部に変わっていく。
――魔法のエネルギーが、デジタル信号の中で揺れる。
光と音が共鳴し、まるで新しい言語が生まれるかのようだった。時間が掛かる。だから今度の攻撃はヴァル=ドラグの方が早い。
「……来るわよ!」
「分かってる!」
ドラゴンが再び口を開き、放たれる極光のビーム。イオリはそれを集結させたロボット達で防いだ。
ボロボロになって崩れ落ちていくロボット達。
「ごめんみんな……でも、これで終わらせるからッ!」
イオリの指が駆ける。魔法陣が再構築され、それが銃へと変形する。
リィナの魔力が、その構造に命を与える。
「撃ち込むわよ、イオリ!」
「座標、ロックオン──! ターゲット、ヴァル=ドラグ・コア!」
ふたりの声が重なる。
「ファントム・クラッシュ──リンク起動! 発動せよ、双極創刃ディア・シンクレイヴ!!」
迸る目も眩むほどに眩い魔導式の光線がドラゴンの体を包み込む。
展開するバリアが砕け、装甲がひび割れる。
ヴァル=ドラグが苦しげに咆哮を上げた。
「今よ! このまま押し切れば……!」
「いや、これってちょっとまずい……!」
放たれた科学と魔力の光が、大きく渦巻く螺旋となってドラゴンの心臓部――コアユニットを飲み込んでいく。
爆音とともに、光が地下空間を満たしていき、それは収まる様子を見せず、さらに広がっていく。
「ねえ、イオリ。私もういいと思うんだけど」
「同感だね、リィナ。私もそう思ってさっきからやってるんだけどこれどうやったら収まるんだろう」
「分からないの!?」
「リィナの魔法で何とかしてよ!」
「分からないわよ!」
「じゃあ、もうお手上げだね!」
「お手上げよ!」
二人がそう叫んで両手を振り上げた時だった。
光の奔流が向きを変え、上昇を始めてすぐ上の天井を突き破った。石材、鉄骨、強化ガラス……光は幾重にも重なる天井を一つでは収まらず次々と爆砕していき、そのまま螺旋状の光となって空へと突き抜けていき、そこでやっと消え去った。
……やがて外の風が地の底まで感じられるようになり、すべてが静かになった。
「私何かやっちゃいました?」
「やっちゃいましたね」
二人して呟く静けさの後、やがてぽっかりと開いた穴の向こう側から──甲高い機械音と、規則正しいサイレンの音が聞こえてきた。
《警告。区域D-72にて高エネルギー反応確認。制圧部隊、急行中──》
「来た、警備ロボット……! 私は逃げるけどリィナは宝探しに行く?」
「私だって逃げるわよ! 姿は隠せても人が集まってきたら誤魔化しきれない!」
ドローンはすでに上の穴から入ってきている。イオリはすぐさまそれのセンサーをハッキングして偽装するが人が来るのも時間の問題だろう。
「イオリ! 早く!」
「うん!」
入ってきた場所は崩れて使えなくなっている。リィナは魔導の箒にイオリを乗せると素早く呪文を紡いだ。
二人の身体が淡い魔力の光に包まれ、ふわりと宙に浮かび上がる。
「脱出!」
吹き上がる風と共に、彼女たちは崩壊しかけた地下施設を抜けて、夜空へと飛び出していった。
眼下に広がる都市の灯。喧騒の広場に大きな穴と騒ぐ人々の姿が見えた。
「あれ、私達のせいじゃないわよね?」
「それは明日のニュースで分かるんじゃないかな?」
イオリは念のために端末で痕跡を確認。リィナは素早く箒を飛ばしてその場を去るのだった。