第7話 潜入する少女達
リィナは夜の風を感じながら、静かに空を翔けていた。
街のネオンが下に広がり、光と影が交錯する近未来都市の上空。
魔力をまとったマントが風にたなびき、彼女の姿を包み込むようにして溶けていく。
「ふふ……さすがに、あの時みたいにドローンにぶつかるのは勘弁だわ」
初めてイオリに会った時の二の轍は踏まないように空を飛ぶ物には注意する。とは言っても車もまだ道路を走る時代では気を付ける物はそうはなかったが。
「文明が発展しても人はまだ地上に暮らしている物なのね」
マントの魔法には気配遮断と視界迷彩を重ねている。
都市の監視網もこのリィナの高度な隠密魔法までは感知できない。そのほとんどが地上に向いているのならなおさらだ。
空中を滑るように移動しながら、リィナは都市の南部、立ち入り禁止区域のビル群へと目を向けた。
「あれね。騒ぎの元、地下第17層への入り口――」
その場所には一般人達を区域外に避難させて装甲スーツに身を包んだ都市警備隊の兵士たちが集まっていた。彼らは地下への入り口周辺を厳重に監視していた。
聞くまでもなくあそこが現場なのが分かる。それに何か僅かな異質な揺らぎを感じる。
彼らは騒ぎに対応しきれていないのか、警備はどこか混乱気味。指示が飛び交い、通信機からは焦燥の色がにじむ。
「ごちゃごちゃしてる分、こっちには好都合ね。目立たないように……っと」
リィナは警備隊の死角を突きながら、ふわりと降下。
ビルの陰で地上ギリギリの高さで滑り込むように姿勢を低くし、瞬時に音も立てずに飛び込んで封鎖線をくぐる。
警備兵は何か風が吹いたとしか感じなかったようだ。僅かな違和感もすぐに通信の騒がしい音声がかき消していった。
リィナは飛行を続けながら地下の通路を突き進む。途中にある閉じられた防災シャッターは高セキュリティ仕様。だが、それも関係なかった。
「《開け、ドアー!》」
魔法陣が浮かび上がり、扉が軋んだ音を立ててひとりでに開く。
「ここのドアって、対魔法結界が施されていないから楽だわ。こんなに緩くていいのかしら」
リィナは他人事のように心配して、すぐ目的地へと意識を集中して飛行したまま奥へと突き進む。
地上で僅かに感じた違和感が奥へと行くほど強くなっていく。まるでリィナの魔法に向こうでも反応をしているような、この科学の世界にあって魔法の世界にあるような懐かしい感覚を肌に感じる。廊下の途中でリィナは魔導の箒を止める。
地下へ続く螺旋階段。冷たい空気と、不穏な気配。
「……モンスター? 守護者? 何がいるとしても私は退かないわ。鍵があるなら、ここに違いない」
リィナは杖を軽く振り、指先から小さな光を放つ。
それが彼女の行く手を照らし出し、暗い通路を先導する。
「宝を見つけて、あの天才ハッカーにドヤ顔してやるの。……さすがのあいつでも驚くでしょ?」
小さく笑いながら、リィナは奥へ、さらに奥へと進んでいった。
その先に待つものが、どんな危険であれ、彼女の決意は揺るがない。
リィナが地下を魔法で突き進んでいるその頃、もう一人の少女が別のルートから地下への入り口を目指していた。
鏡ヶ原イオリ。学園都市では一部で知られる天才少女にして、コンピューターの申し子。
彼女は静かに、立ち入り禁止区域の高架ビルの裏手にある非常通路から、監視の目を避けて潜んでいた。
目の前の広場には、重装備の警備兵が数人。
彼らは周囲を警戒しながら、地下区画への入り口を厳重に守っている。
「ふむ、数も装備もそこそこ。正面突破は論外、いくら私でもコンピューターは誤魔化せても人の目までは誤魔化せない。リィナはもう潜入したかな?」
VRゴーグルを付けて空を伺う。魔法で隠蔽されては完璧には捉えられないが、周囲に僅かな揺らぎや空気の流れの不自然も無いならすでに突入したと見るべきだろう。
「私もさっさと突入するか。リィナの活躍を見逃すわけにはいかないからね。あそこらへんを混乱させてっと」
イオリは取り出したタブレット端末に指を走らせ、都市インフラの制御網へと静かに侵入する。
街の監視ロボットの一体が、遠くでルーチン巡回をしていた。それにアクセスし、プログラムを書き換える。
「プロトコル解除、行動パターン変更、ターゲット誤認。よし……っと」
数秒後──
ロボットが突如として激しいアラーム音を上げ、派手なダンスを開始する。
火花が散り、警報が鳴り、通行人達が驚いたり写真を撮ったりしている。警備隊の通報音声が拡散する。
「緊急事態だ! あのロボが暴走してる!」
「近くの住民を避難させろ! 応援を求む!」
警備兵たちが慌てて現場に走り出す。
──今だ。
イオリはハッキングしたスケボーを蹴って地面を滑るように移動し、封鎖された入り口の前まで素早く到達する。
そこには警備のロボットが数体いたが、イオリにとっては好都合だった。
「ちょうどいい、借りていこう。ローカルアクセス、制御権奪取……うん、よし。あんたたち、こっち来て」
無機質に灯した目の光を変えて小型ロボットたちが、イオリの前に整列する。まるで忠実な従者のように。
「よし、みんなでリィナの応援に行くよ。場合によっては戦闘になるから備えておいて」
言っている間にも端末を操作してゲートのセキュリティを突破。
暗く、冷たい地下への通路が、口を開けていた。
「さて、リィナは何を見に行ったのか。私達も見に行くよ」
そして彼女は、ロボたちを引き連れ、静かに闇の中へと消えていった。