第6話 静かに流れるカフェの時間
リィナの来訪から新しいお客さんが店内に入ってくることはなく、流れるBGMと時計の針の音だけが空間を満たしていた。
イオリはいつものように端末を弄り、リィナはそんな向かいの席に座っている顔をじっと見ていた。ふとイオリが操作の手を止めて尋ねる。
「……で? 調べ物の方は、進んでいるの?」
そう聞かれたリィナは、ため息を吐いてから、ふてくされたように言った。
「言うわけがないでしょう。私はあんたの敵なのよ」
「……だろうね。でも、協力して欲しい事があったら協力するよ」
「それはあんたが楽しむために?」
「もちろん」
「くっ……!」
ムッとするリィナだったが、こっちにも聞きたい事があるのだと態度を落ち着けて改めて尋ねた。
「あんたとナナカってどんな関係? お弁当を届けさせたりしてるみたいだけど」
「それって君の仕事に必要な事?」
「必要よ!」
リィナはつい机をドン! と叩いてしまって、怒られやしないかとカウンターにいるナナカの方を振り返ったが、彼女はイオリのせいなのは分かっているようで相手にしていなかった。
リィナは改めて短くイオリを睨んで続ける。
「……で?」
「ナナカとはもう古くからの腐れ縁でお弁当をもらうようになったきっかけは……もう忘れてしまったな」
「忘れた……?」
「家の付き合いとかそういうのだったと思う。気になるならナナカに聞いたら?」
「うーん……」
リィナはしばし考え、
「ナナカさーーん!」
彼女を呼んだ。イオリとしてはそれほどの話題とは思わなかったので結構驚いていた。
「え? 待って? これ本当にリィナの仕事に関係あるの?」
「あんたには関係ない」
リィナは不機嫌そうに一言で切り捨て、やってきたナナカに改めて尋ねた。
「なんでこいつと付き合ってるの?」
「親から頼まれてるのよ。面倒を見てくれって。ほら、イオリっていつも変な事やってるでしょ?」
「変なことはしていない……」
そんなイオリでも知っている当たり障りのない答え。だが、続くリィナの質問はまたしてもイオリを驚かせる物だった。
「ナナカさんって、もしかして…………魔法って使えます?」
「魔法?」
「ちょ、リィナさん……?」
イオリはまさか彼女からナナカにその話題を振るとは思わなかった。ナナカは一瞬きょとんとしたが、すぐに理解したような笑みを浮かべて答えた。
「ええ、使えるわよ」
「「ええ!? 使えるの!?」」
「よーく、見ててね」
自分から聞いておいて驚くリィナ。古くから付き合っているイオリも彼女の思わぬ一面に驚いていた。
二人の注目を集める中、ナナカはテーブルの上にあるコーヒーに手をかざすと……魔法の呪文を唱えた。
「おいしくなーれ、萌え萌えビーム!」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………」
「……あの、魔法……」
何も起こらず店内を雰囲気のあるBGMが流れる中、やっとリィナが口を開く。ナナカは感極まったようにお盆を抱きしめて叫んだ。
「うるっっっさいわねっ!! 私だってお店を繁盛させようといろいろ考えてるのよ!!」
「私が怒られた!?」
「あーあ、二人に通じないんじゃまだまだ研鑽が必要かあー……」
ナナカは肩を落としてすごすごとカウンターに戻っていった。イオリは見送って、
「次に来る時はサンドイッチも注文してやろう」
そう小さく呟くのだった。
雰囲気の良いBGMの流れるカフェの静かな時間は過ぎていき……
二人の座るテーブルのカップの中身はとっくに冷めていた。
(こいつ、本当にコーヒー一杯で粘るのね……)
それはナナカから見ればリィナも同じなのだが……お客さんが来ないので彼女が苦情を言いに来る事は無かった。
リィナはスプーンでカップの底をカラカラと鳴らしながら、そろそろ本題に踏み込む決意を固める。
「……ねえ。イオリ」
「ん?」
イオリは端末の画面からふと目を上げて、気のない返事を返す。
「この都市の中で、“何かがありそうな場所”って、思い当たるところはある?」
一瞬だけ、イオリの手が止まった。
「……つまり、君の目的に関係しそうな場所ってこと?」
「……まあ、そんなとこ」
リィナは言葉を濁しながらも、真剣だった。手を借りるのは癪だがこれが分かれば任務の大きな前進となるのだ。
イオリは腕を組み、しばし考え込む。
「私は手伝いはすると言ったけど、答えを代わりに出すとは言ってない。それじゃ、私が楽しめないから」
「ぐっ! 手伝うって言ったのに!」
「だから手伝いはする。どこか調べて欲しい場所を言って。一か所だけ調べてあげる」
「いい性格してる。考えてやろうじゃない!」
静かなカフェの静かな時間。リィナは銘一杯考えた。
怪しいのは都市中央のセントラルタワーの奥だが、そんな安直な答えではつまらなそうにホイホイッとキーボードを叩くイオリの姿が今から目に浮かぶ。
だから、リィナの出した結論は……
「強力な守護者のいる場所よ。宝って言うのは狂暴なモンスターのいるダンジョンの奥にあるって相場が決まっているわ」
「じゃあ、これかな?」
リィナとしてはいじわるを言ったつもりだったのだが、イオリはいとも簡単に軽くキーボードを叩いてしまう。
すると店内に流れる雰囲気の良いBGMが止まって、勝手にテレビのモニター画面が付いた。
気づいたナナカが文句を言いかけるが、ニュースの映像を見てその口を止める。
店内にニュースの音声が流れ始めた。
「繰り返します。先ほど未明、学園都市の地下構造帯・第17層にて、正体不明の“狂暴化”現象を起こした大型モンスターが出現し……」
「現場は封鎖され、都市警備隊が対応中ですが、詳細は未だ不明。関係者によれば、“人の手によるものではない力”の可能性が……」
リィナの目がテレビに釘付けになる。
「……この都市ってモンスターが出るの!?」
「人がロボットに乗って暴れるってニュースはたまにあるんだけど、こういうのは初めてだな。気になるんだけど、私はリィナの答えが待ちたいなあ……」
イオリはちらちらと様子を伺ってくる。何を期待しているのかは明らかだった。
「分かったわよ。私が調べてくるわ!」
リィナは立ち上がると、スカートの裾を翻して颯爽と店を出ていった。
イオリも冷めたコーヒーを最後まで飲んでから遅れて立ち上がる。
心配したナナカが声を掛けてくる。
「ちょっと、イオリ! リィナちゃんをどこにやったの? 危ない場所に行こうとしてるんじゃないでしょうね」
「大丈夫だよ。私は危ない場所には首を突っ込まないって決めてるんだ。潰さないよ、リィナもこの店も」
「言い方ァーーー!」
イオリは騒ぐナナカに二人分のコーヒー代を払い、店を出る。
外に出るとリィナの姿はすでになかった。だが、行った場所は分かるので慌てたりはしない。
「さて、リィナの出す答えを見に行こうかな」
イオリはVRゴーグルを顔に掛けると適当な乗り物をハッキングして、リィナの目指した場所へと向かっていった。
ナナカの見る窓の外では、都市のネオンが夜を照らし始めていた。